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フクロウ令嬢と狼公爵  作者: おはよう


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64話


セルディアンとランスが、アナイスのもとへ戻ってきた。


縋るように手綱を握りしめるその姿に、セルディアンの口元がわずかに緩む。


「君の怯える姿は新鮮だな」


「……誂わないでください」


頬を染めながらも、アナイスは手綱を握る手の力を緩められない。


「フクロウの弱点が高所とは、意外だった」


なおも愉しげに言われ、アナイスはじろりと視線を向けるが、セルディアンは気にする素振りも見せず笑うだけだった。


「ほら」


両手を広げ、受け止める姿勢を見せる。


一瞬の躊躇。


それでも意を決し、アナイスは彼の胸へと身を預けた。


しっかりと抱き留められ、そのまま軽々と地へ降ろされる。

まるで子どものような扱いに、頬がさらに赤く染まった。


「……ありがとうございます」


アナイスは恥ずかしさを誤魔化すように視線を逸らし礼を述べると、セルディアンは低く笑い、ランスへ目配せした。


合図を受けたランスは、わずかに眉を寄せながら小振りの銃を差し出す。


「そんな顔をするな」


「……銃を構える令嬢は、いらっしゃいませんよ」


苦言にも似た声音。

だがセルディアンは平然と返す。


「剣を構える令嬢だって、いなかっただろう?」


その言葉に、ランスの脳裏へ鮮やかに浮かぶのは

陽光の下、美しく剣を振るうアナイスの姿。


目の前の令嬢は、茶を飲み、穏やかに談笑するだけの存在ではない。



「君の銃だ」


「私の、銃……」


差し出されたそれを受け取った瞬間、アナイスの瞳が輝いた。


「君には、宝石より武器を与えた方が喜ばれるらしいな」


これまでどれほどドレスや宝飾品を贈っても、こんな顔は見せなかった。

銃を手に、無邪気に笑うアナイスの様子にセルディアンは苦笑いを漏らした。



「構えてみろ」


「はい」


アナイスは小さく頷き、見様見真似で銃を構えると、セルディアンはその背後に立ち覆うように腕を添えた。


「肘は伸ばしすぎるな。……肩の力を抜け」


耳元で落ちる低い声。

言われるまま、姿勢を整えていく。


「後は、狙って撃つだけだ」


「はい」


一呼吸。

指に、ゆっくりと力を込めると、乾いた銃声が森に響いた。

弾が掠めた木肌から、白い煙がふわりと立ちのぼる。


「公爵様、見ましたか? 当たりました!」


反動で痺れる手を見つめ、支えるように立つセルディアンを振り向く。


「掠めた、の間違いだが……まあ、悪くない」


アナイスは嬉しそうに頷くと、再び構え直す。


今度は指示を待たない。

最初に教えられた通りの姿勢を、正確になぞる。


それを見つめ、セルディアンは薄く笑った。


細く息を吐き、引き金を引く。

二度目の銃声。


次の瞬間、狙った木の中央へ、弾丸が吸い込まれていった。


風が吹く。

狩装に身を包み、銃を手に凛と立つアナイスの姿。


揺れる髪の隙間からのぞく横顔は、気高く、鮮烈で、ランスは思わず息を呑んだ。


騎士でさえ扱いに苦戦する銃を、彼女は二発目で的確に捉えたのだ。


(確かに……ただの令嬢にはしておけないな)


ランスがそう思い、かすかに苦笑を零した――その時だった。


「おやおや。仲睦まじく銃の練習とは、微笑ましいことですな」


声に、三人が振り向くと、騎士を従えた一人の貴族が立っていた。


アナイスとセルディアンを眺めるその目には、あからさまな嘲りが滲んでいる。


公爵に対してこの態度が取れるのは、皇帝の後ろ盾でもあるのだろう。


「私も見習って、腕を磨かねばなりませんな。……誤って狼を撃ってしまっては大事だ」


わざとらしく笑いながら、過度に装飾の施された銃を構えると、その銃口がゆっくりとランスへ向けられた。


ランスは無表情のまま、微動だにしない。


その反応が気に食わなかったのか、男は歩み寄り、銃口をこめかみに押し付けるが、それでもランスの表情は揺るがなかった。


公爵家の騎士を愚弄するその姿に、アナイスの胸に怒りが灯る。


思わず一歩踏み出そうとした瞬間、セルディアンの手が静かに制した。


見上げると、彼は薄く笑っている。

その目は、氷のように冷えていた。


セルディアンはゆらりと動くと、男の背後に控える騎士へ銃口を向け、迷いなく引き金を引いた。


乾いた銃声。


「ぎゃあっ!」


弾は騎士の足元すれすれに着弾する。

腰を抜かし、情けない悲鳴を上げる騎士。

周囲にいた他の騎士たちは、逃げるように距離を取った。


セルディアンは楽しむように銃を構え直す。


一発。

二発。


どれもが騎士の身体に触れる寸前の地面を正確に撃ち抜く。


殺さない。

だが、逃げ場も与えない。


やがて、カチリと弾切れの音が響いた。


セルディアンはにやりと笑い、青ざめた貴族へ視線を向ける。


「あの木を狙ったつもりだったんだが……どうも銃の扱いに慣れていなくてな」


顎で、震える騎士の脇に立つ木を示すと、騎士は我先にと逃げ去った。


銃口をランスへ向けたまま、呆然と立ち尽くす男。


セルディアンはゆっくりと歩み寄る。

男の手にある銃を掴むと、迷いなくその銃口を自らの額へ押し当てた。


「どうせ狙うなら――」


薄く笑う。


「ここを狙え。」


その瞬間、男は弾かれたように身を引き、次の刹那には踵を返していた。


威勢など跡形もない。

騎士を置き去りにし、無様に森の奥へと消えていった。


「……まったく。立派なのは口だけか」


セルディアンは呆れたように鼻で笑い、その背を見送った。


「ランス卿、大丈夫ですか?」


アナイスはランスの元へ真っ先に駆け寄ると、こめかみに触れていた銃口の跡をハンカチでそっと拭った。


「ア、アナイス様、私は問題ございませんので……!」


ランスは慌てて一歩退く。

その向こうに見えるのは――

明らかに不機嫌なセルディアンの姿。

先ほど男へ向けたものとは違う、冷えた視線。


(ここで甘んじれば、次に銃口を向けられるのは私だな)


ランスの背中に冷たいものが流れた瞬間、素早く一礼し、一定の距離を取って控えの姿勢へと戻った。


「……私の心配はしないのか?」


不服そうな声にアナイスは振り向き、思わず苦笑する。


「公爵様は、大丈夫でしたか?」


そう言って、彼の額へそっと手を伸ばす。

先ほど自ら銃口を当てた場所を、優しく撫でた。


「……ふん」


不満げに視線を逸らすセルディアン。

だが、その耳がうっすらと赤く染まっていることを――


後方で控えるランスは、はっきりと目にしていたのだった。



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