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フクロウ令嬢と狼公爵  作者: おはよう


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63話


「いつまでそうしているつもりだ?」


クラヴィスの背上から、セルディアンが前に座るアナイスへ声をかけるが、返事はない。



アナイスはクラヴィスとひと通り親睦を深めた後、その背に乗ろうとした。


しかし、あまりに大きな体躯に足が届かず、結局セルディアンに抱き上げられる形で鞍へと収まったのだ。


最初はその高さに目を輝かせていたものの――

いざ歩き出すと、話は別だった。


想像以上の高さに怖じ気づき、クラヴィスの首にしがみついたまま、ひと言も発せず、身動きも取れない。


クラヴィスが一歩踏み出すたび、アナイスの背が小さく揺れる。


セルディアンは手綱を軽く引き、止まる合図を送った。


黒馬は静かに足を止める。


「ほら」


そう言って、セルディアンはアナイスの腰に手を回し、そっと身体を起こさせた。


「きゃっ……!」


小さな悲鳴とともに、アナイスはぎゅっと目を閉じる。


セルディアンはそのまま、彼女を支えるように胸元へ引き寄せた。


「目を開けてみろ」


耳元で低く囁かれ、掠めた吐息に、思わず目を開く。


「……高い、です」


恐る恐る視線を落としかけて、再び固まる。


「下を見るな」


俯きかけた顎に指を添え、前を向かせる。

アナイスはそろりと目を開き、ゆっくりと息を吐いた。


背中に伝わるセルディアンの温もりが、少しずつ恐怖を溶かしていく。


「……公爵様は、いつもこんな景色を駆けているんですね」


感心したように呟くと、セルディアンは小さく笑った。


「君も慣れる」


そう言って、軽く踵で合図を送ると、クラヴィスは再び歩みを進めた。


「君には、ダンスと乗馬のレッスンが必要だな」


「……小さな馬にしてください」


弱々しい抗議に、頭上から愉快そうな笑い声が降ってきた。



やがて、アナイスがようやく揺れに慣れ始めた頃。


――ガサ、と叢が鳴った。


クラヴィスがぴたりと足を止める。


空気が変わる。


セルディアンの視線が、音のした方へ鋭く向けられた。


「……君は、魔獣を見たことは?」


低く問われ、アナイスは小さく息を呑む。


「……ありません」



――魔獣。

それは、通常の獣とは異なる存在。

理性を欠き、異様なまでに凶暴で攻撃的な性質を持つ存在。


普段は国境沿いの森や山脈の奥深くに潜んでいるが、冬になると動きが活発になるという。


どこから来たのか。

なぜ存在するのか。

それを知る者はいない。


ただひとつ確かなのは――

建国よりも前。

人がこの大陸で営みを始めるよりも前から在る、災であるということ。


建国時、人と魔獣の戦いが頻発していた。

その名残りにより、帝国の狩猟大会では、魔獣を狩るのが伝統だった。




ルヴァルティエ公爵領のこの森にも、魔獣は存在する。


それでも人的被害が出ていないのは、公爵家が抱える“精鋭”たちの働きゆえだ。


こうして“狩猟場”として貴族の遊興に供される程度には、管理されている。



セルディアンは、叢の奥で蠢く影へ銃口を向けると、一寸の迷いもなく、引き金を引いた。


乾いた銃声が森に響く。

潰れたような悲鳴。

次の瞬間、“それ”は力を失い、地に崩れ落ちた。


「君はこのままで」


短く告げると、セルディアンは軽やかに馬上から降りる。


クラヴィスの手綱をアナイスに預け、茂みへと足を進めた。


セルディアンが視線を落とすと、そこに横たわっていたのは――小犬ほどもある巨大な蜘蛛だった。


紫に濁った腹部が、なおも痙攣するように蠢いている。


「毒紫蜘蛛か」


低く呟き、セルディアンはその紫色の腹へ銃口を向けると、躊躇なく引き金を引く。


乾いた音とともに、蜘蛛はびくりと跳ね――今度こそ完全に動きを止めた。


後を追ってきたランスが、手慣れた様子で死骸を袋へと収める。

その表情には、わずかな憂いが浮かんでいた。


「……公爵領の魔獣に慣れていない方々が、怪我をなさらなければよいのですが」


魔獣は土地ごとに性質が異なる。

なかでもルヴァルティエ公爵領に現れるものは、ひときわ凶暴だった。

それを知らぬ者が、遊興の延長のつもりで森に入れば―ー


「向こうが勝手に来たんだ。我々の知ったことではない」


セルディアンは肩を竦め、薄く笑う。

その声音に情けはない。


己の力量も測らず、遊興気分で足を踏み入れた結果がどうなろうと――責任を負う義理はない。


細く吊り上がった口元には、わずかな愉悦さえ滲んでいた。


貴族たちが己の過信を思い知る様を、どこかで期待しているかのように。



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