幕間Ⅺ
それは、ある暖かな春の日のこと。
少年は、少女に手を引かれ、庭をあちこち歩き回っていた。
「ねぇ、このおじさんみたいなはなのなまえは?」
「えっと……これは、パンジー、かな」
少女が指さす花と、手にした図鑑の絵を見比べて答える。
すると少女は満足そうに頷き、また少年の腕を引いて次の花へ駆けていく。
「これは?」
「ちょ、ちょっと待って……!」
落としかけた図鑑を抱え直し、慌てて頁をめくる。
答えれば、また次へ。さらに次へ。
そんなやり取りを幾度も繰り返すうちに、いつの間にか辺りは茜色に染まっていた。
「あの、ちょうちょみたいなはなは?」
少女が指差したのは、植木鉢に咲く一輪の白い花。
「えっと……」
少年は図鑑を忙しなくめくる。
「――アイリス」
花の名を口にした瞬間、少女の瞳がぱっと輝いた。
「わたしのなまえに、そっくり!」
夕日に透ける銀の髪。
光を集めたような笑顔。
その瞬間、少年の胸の奥で、何かが弾ける音がした。
“君の名前は?”
そう尋ねようと唇を開きかけた、その時――
遠くから少女を呼ぶ声が響く。
「はぁーい」
少女は明るく返事をすると、ひらりと身を翻し、駆けていった。
少年は、遠ざかっていくその背中を、ただ見つめていることしかできなかった。
結局、名前を聞けなかった。
そっと図鑑に視線を落とす。
白いアイリス。
その花言葉は――
あなたを、大切にします。
少年は、その頁に指先で触れた。
まるで、秘密をしまい込むように




