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フクロウ令嬢と狼公爵  作者: おはよう


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59話


アナイスは、静かにセルディアンの話に耳を傾けていた。


ウィルが探し出した医師。

そこから告げられた、残酷な事実。


脳裏に浮かぶのは、ミランダ嬢の姿。

胸の奥に湧き上がるのは、怒りと、悲しみ。

堪えきれず、アナイスは俯いた。



やがて話が終わり、室内に沈黙が落ちる。

重たい静寂のなか、アナイスはぽつりと零した。


「……ひどい」


――やはり、聞かせるべきではなかったか。


アナイスの震える指先を見つめながら、セルディアンはわずかに後悔する。


だが、そのとき。


アナイスはゆっくりと顔を上げ、真っ直ぐにセルディアンを見つめた。


「それで?」


その瞳には、怒りと悲しみ、そして――覚悟が宿っている。


その眼差しに、セルディアンは薄く笑った。


(……この令嬢を侮っていたな)


「蛇を繋ぐ、皇室の“糸”を断ち切る」


「その“糸”とは?」


「“医者”だ」


セルディアンの口元に、自信を含んだ笑みが浮かぶ。


「蛇に金はある。だが、そう簡単に医者を抱き込めるとは思えない」


「まして、新薬を生み出せる技術を持つ者なら――なおさら、ですね」


アナイスの言葉に、セルディアンは小さく頷く。


人の精神に干渉する薬を調合するとなれば、相応以上の知識と技術が必要だ。

それは、正式な医師資格を持つ者にしか許されていない。


この帝国では、資格なき者が医師を名乗ることはできない。


数代前の皇帝の治世――

医療と称した怪しげな呪術が横行した時代があった。


不治の病が治る。

失われた四肢が再生する。

果ては、死者が蘇る――。


そんな甘言で金を巻き上げる者たち。

だが、奇跡が起きたという確かな記録は、ひとつとして残っていない。


事態を憂いた当時の有力貴族たちは、正しい医療を広めるため、医療を学問として体系化した。


そして、一定の知識と技術を備えた者にのみ、医師資格を与える制度を整えたのだ。


それを、現在管理しているのは――


「……皇室」


呟いた瞬間、アナイスの唇から乾いた笑いがこぼれた。

軽蔑を含んだ、冷たい響きだった。


帝国民を守るために築かれた制度が、

誰かの悪意に利用されているなど――。


無意識に強く握り締めた手を、セルディアンがそっと撫でる。


指先から伝わる温もりに、アナイスはゆっくりと息を吐いた。


「あの医者が表に出れば、皇室はカースヴェルを見捨てるだろう」


「なら、裁判そのものがなくなるのでは?」


格下のカースヴェルが、ルヴァルティエを相手にノエランの親権を巡って訴えを起こせた。

その裏には、皇室の力添えがあったと踏んでいる。


その後ろ盾が消えれば、裁判自体が立ち消えになる可能性は高い。


首を傾げたアナイスに、セルディアンはにやりと口元を歪めた。


「せっかく公衆の面前に招待されたんだ。……使わない手はないだろう?」


帝国唯一の公爵家、ルヴァルティエの裁判。

貴族はもちろん、平民に至るまで注目する大舞台。

その場でカースヴェルの悪事を白日の下に晒せば――


「……蛇は、潰れる」


アナイスの低い声に、セルディアンは愉快そうに目を細めた。


「狼に歯向かった罪は、償ってもらわないとな」


その瞳は、獲物を見据える捕食者のそれだった。

逃げ場など、どこにもない。



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