幕間Ⅹ
ルヴァルティエ公爵邸の敷地内、その外れ。
鬱蒼と茂る木々に紛れるように建てられた、石造りの建物があった。
その扉を開けば、螺旋階段が地下へと続いている。
カリスは入り口に備えられたランタンを手に取り、セルディアンの後に続いた。
階段を降りきると、ずらりと並ぶ鉄格子が視界に入る。
そこは、ルヴァルティエ家の地下牢だった。
セルディアンは薄暗い通路を迷いなく進み、最奥の牢の前で足を止める。
中には、一人の男が椅子に縛り付けられ、項垂れていた。
カリスが静かに錠を外す。
セルディアンは男の目前に立つと、おもむろに足を上げ、男の座る椅子を蹴り上げた。
椅子が大きく軋み、男は驚いたように顔を上げる。
その口には、声を塞ぐように縄がきつく掛けられていた。
セルディアンは手袋を嵌め、懐から小袋を取り出すと、男の目の前に突き出す。
「見覚えがあるだろう?」
問いかけに、男は否定するように首を振り、視線を逸らした。
その様子に、セルディアンは薄く笑う様に口元を歪めると、ためらいなく拳を振り抜いた。
男の顎に衝撃が走り、目を見開いたまま、くぐもった呻き声を上げる。
「あまり、時間をかけたくないんだ」
セルディアンは再び小袋を男に見せつける。
「見覚えが、あるだろう?」
言い聞かせるように問いかけるが、男は再び首を振った。
だが、その動きは明らかに弱々しい。
セルディアンは小さく溜息を吐くと、今度は反対側の頬に拳を叩き込む。
男の口端から血が流れ落ちる。
それを気に留めることもなく、セルディアンは二発、三発と拳を振り下ろした。
何発目かのあと、拳が再び振り上げられると、男は激しく首を振る。
――もう、やめてくれと懇願するように。
「喋る気になったか?」
問いに、男は必死に首を縦に振った。
セルディアンは背後に控えるカリスへ視線を送る。
それを受け、カリスは懐からナイフを取り出し、男へと近づいた。
薄暗がりの中、鈍く光る刃先を目にした男は、怯えたように目を見開く。
男の反応には目もくれず、カリスは口に噛まされていた縄へ刃を入れると、音もなく切られた縄が床へと落ちた。
「話してもらおうか?」
セルディアンが不遜にそう告げると、男は項垂れ、ぽつりぽつりと語り始めた。
もともと男は、カースヴェルの命により、薬の製造と研究を行っていたという。
作られた薬は、カースヴェルと繋がる貴族が裏で運営する賭博場や飲み屋などを通じて、密かに取引されていた。
それを手にする者が増えるにつれ、より強く酩酊させ、より高い依存性を持つ薬が求められるようになる。
そうして改良を重ねた末に生まれたのが――レサルギアだった。
レサルギアの強い催眠効果に目をつけたカースヴェルは、ある“実験”を命じる。
いわゆる“問題児”を抱え、頭を悩ませている親のもとを訪ね、甘い言葉で取り入り、その薬を“問題児”に服用させる。
そして、どれほどの効果が現れるのか――どの程度、人の命令に従うようになるのかを観察した。
結果、強い副作用により、知らぬ内に被験者となった“問題児”たちは皆、廃人同然となった。
だが、違法薬物を我が子に与えたという罪。
そして、薬が途切れれば現れる激しい渇望症状。
その二つが親たちの口を固く閉ざし、この事実が表に出ることはなかった。
黙って話を聞いていたカリスは、知らず拳を握りしめていた。
吐き気を催すほどの身勝手さ。
カースヴェルも、この男も、そして親たちも――
怒りを覚えずにはいられなかった。
「……ひとつ、疑問がある」
セルディアンは薄く笑い、男の座る椅子に足を掛けた。
「そんな大それたことを、蛇一匹の力だけで成し遂げられるとは思えない」
確認するように視線を向けると、男の顔は一気に青ざめ、歯の奥をガチガチと鳴らした。
その反応だけで、セルディアンは確信する。
裏で糸を引く存在。
そしてそれは――皇宮の内にいる。
一通り話を聞き終えたセルディアンは、カリスと共に屋敷へ戻った。
「……どうされるおつもりで?」
先程までの怒りを胸の奥へ押し込み、カリスはいつもの冷静さで問いかける。
セルディアンは薄く笑った。
「今は、蛇を潰すことが先決だ。……蛇に付けられた糸を、切り離すとしよう」
意味ありげに口角を上げる主の横顔に、カリスはそっと息を吐いた。
不意に、蛇の頭へ噛みつく黒い狼の姿が、脳裏に浮かんだのだった。
カリスと別れたセルディアンは、自然とアナイスの部屋へと足を向けていた。
しかし、ふと袖口に付いた赤に気付き、舌打ちをする。
男を殴った際に付いたものだろう。
この姿でアナイスに会うのは、さすがに気が引けたセルディアンは足を止める。
――“血塗られた狼”と呼ばれる自分が、こんな小さな染みひとつを気にするとは。
一人、苦笑を漏らすと、踵を返して来た道を戻った。
何故か、いつもより廊下が暗く感じられる。
それを気の所為だと言い聞かせながら。




