44話
アナイスは、数人のメイドに囲まれながら、夜会の準備を進めていた。
先日仕立てたドレスに身を包み、ネックレスとイヤリングを身に着ける。
最後に髪をアップスタイルにまとめ上げられると、室内に感嘆のため息が漏れた。
「コレットさんの見立て通りですね。とてもお似合いです、アナイス様」
リセが目を輝かせてそう言う。
促されるまま、アナイスは鏡を覗き込んだ。
薄紫から濃紺へと移ろうグラデーション。
スカートの裾には繊細なレースがふんだんにあしらわれ、ドレス全体には小さな宝石が散りばめられている。
まるで星空を閉じ込めたかのような、美しい一着だった。
――だが。
身体のラインを強調するそのデザインに、思わず頬が熱くなる。
それでも、メイドたちの誇らしげな表情に背中を押され、アナイスはそっと背筋を伸ばした。
そのとき、控えめなノック音が響き、セルディアンが入室してくる。
「令嬢、準備は――」
言葉の途中で、セルディアンの動きが止まった。
一瞬、視線がアナイスに縫い留められる。
わずかに見開かれた瞳は、彼自身も自覚していないほど強く、彼女を捉えていた。
「……公爵様?」
不思議そうに声をかけられ、セルディアンははっと我に返る。
「……準備が整ったようだな。出発するぞ」
ひとつ咳払いをし、視線を逸らしてそう告げる。
その様子に、メイドたちは顔を見合わせ、くすくすと笑った。
理由が分からないまま首を傾げつつ、アナイスはセルディアンのもとへ歩み寄った。
差し出された腕を取り、並んで歩きながら、そっと彼の姿を盗み見る。
同じ色合いで仕立てられた礼服。
胸元には、アナイスのネックレスと揃いの意匠のブローチが輝いている。
揃いの装いだと気づいた瞬間、胸の奥がきゅっと熱くなった。
やがて、馬車はマディラー伯爵家に到着する。
セルディアンにエスコートされて降り立ったアナイスは、目の前に広がる華やかな光景に息を呑んだ。
商団をいくつも抱えるマディラー老伯爵は顔が広く、彼の主催する夜会には常に多くの貴族が集う。
今宵も例外ではなかった。
一歩間違えれば呑み込まれそうな空気に、アナイスは無意識にセルディアンの腕に絡めた手に力を込める。
その様子に、セルディアンは低く笑った。
「行くぞ」
短い一言に促され、アナイスは一歩、前へと踏み出す。
背筋を伸ばし、視線を上げて。
セルディアンの隣に立つに相応しいように。
そして――セリオン侯爵家の名に、恥じぬように。




