43話
「アナイス様、お疲れ様でした」
「ランス卿、ありがとうございます」
手合わせを終え、アナイスは額に浮かんだ汗を拭いながら、浅くなった呼吸を整えた。
「……驚きました」
同じように汗を拭きながら、ランスは目を輝かせる。
「アナイス様の剣術は、師匠との手合わせを思い出しました」
そう話すランスは、在りし日を思い出し、懐かしそうに微笑んだ。
「ランス卿の剣筋は、……とても、厄介でした」
くすりと笑いながら思い返す。
ランスの剣は受け流しにくく、そのうえこちらの剣先を軽々といなす。
幼い頃、父から剣を教わっていたときと同じ悔しさを感じた。
(現役の騎士と比べるのは失礼だけれど……私は、まだまだね)
「公爵様に立ち向かうのは、一筋縄ではいきませんから」
肩をすくめて言うランスに、アナイスは吹き出した。
「確かに……公爵様相手だと、正攻法では敵わなそうです」
ふと、そんなセルディアンとも手合わせをしてみたいと思う。
それが騎士の家系に生まれた性なのだろうと、アナイスは微笑んだ。
「……なんだ? 二人揃って私の悪口か?」
不意にかかった声に、アナイスとランスは同時に振り向く。
そこに立っていたのは、木刀を手にしたセルディアンとノエランだった。
なぜか二人揃って、むすっと不満げな表情をしている。
ランスは反射的に一歩下がり、騎士の礼を取る。
その顔は完全に「やらかした」と語っていた。
ひとつ咳払いをして、アナイスは澄ました声で答える。
「悪口なんて、人聞きが悪いですよ。公爵様の強さのお話をしていただけです」
「……どうだかな」
ふん、とそっぽを向くセルディアンに苦笑し、アナイスはノエランへ視線を移した。
「ノエラン様も、お稽古ですか?」
「……アナイス様と、お稽古、したかった……」
そう言って、こちらもぷいと顔を背ける。
どうやら、“一緒にやろう”と声を掛けなかったことに拗ねているらしい。
どう収拾をつけるべきかと悩むが――
並んで立つ二人の姿があまりにもそっくりで、アナイスは耐えきれず笑ってしまった。
その様子に、セルディアンはひとつ息を吐き、ノエランの頭を撫でる。
「ノエラン。令嬢に手合わせしてもらえ」
「……いいんですか?!」
一瞬で機嫌が直るその様子に、アナイスは苦笑しながら手を差し出した。
「お手合わせ、してください」
「はい!」
飛び跳ねるように手を握られ、アナイスは思わず目を細める。
そして――
「ランス。お前の相手は、私だ」
「…………かしこまりました」
まるで死刑宣告を受けたかのような絶望の表情で連れて行かれるランスに、
アナイスは心の中でそっと手を合わせることしかできなかった。
なお、その後セルディアンから解放されたランスが、数日間まったく使い物にならなかったことは――
語り継がれる逸話のひとつとなったらしい。




