40話
セルディアンは、したためた手紙をカリスへと差し出した。
「ジュリアスのところへ」
「畏まりました」
――ジュリアス・インペリオス。
皇帝と前皇后の間に生まれた皇子であり、帝国の正統な血を引く存在。
セルディアンとは、アカデミー時代の同窓でもある。
聡明にして視野は広く、前皇后が存命の頃には、誰もが次代の賢帝になると疑わなかった。
だが、現皇后との間に皇子が生まれると、ジュリアスは早々に後継者争いから身を引いた。
現在は帝国行政院に籍を置き、実務に従事している。
帝国行政院――それは内政の中枢。
税制、法制度、官僚機構に至るまで、帝国の根幹を担う組織だ。
――しかし。
水面下では、なお彼を次期皇帝に推す家門は少なくない。
手紙の内容を問うように視線を向けるカリスに、セルディアンは口角を上げた。
「十五年前、セリオン侯爵令息と騎士団が他国へ渡った際の渡航記録は、うちには残っていないからな」
一拍置き、どこか愉しげに続ける。
「……暇を持て余している皇子に、一仕事してもらおう」
カリスは手紙を懐に仕舞いながら、脳裏に若き皇子の姿を思い浮かべた。
常に書類に追われ、帝国中を駆け回る――
どう考えても「暇」とは程遠い、その姿を。
(……まったく。我が主は、人使いが荒い)
その内心を見透かしたかのように、セルディアンは低く笑った。
「心配するな。あいつも、お前と同じで仕事が好きだ」
「……私は、仕事が好きだと申し上げた覚えはございませんが」
小さくそう呟き、カリスは執務室を後にする。
背後から聞こえてくるセルディアンの笑い声は、聞こえなかったことにした。
カリスは、手紙を託すため庭へと降り立った。
止まり木の上では、相変わらずハヤブサのデインと、フクロウのルチェが寄り添っている。
「デイン。仕事だ」
そう声をかけながら、そっと手を伸ばし、足に着けられた革筒へと手紙を納める。
だが――
二羽の間を隔てるように差し入れたその手を、デインが鋭く突いた。
じとり、と向けられる視線。
その眼差しが、我が主のそれと重なって見えるのは、きっと気のせいではない。
「……やれやれ」
小さく息を吐いた、そのときだった。
まるで慰めるかのように、ルチェがふわりと首を伸ばし、カリスの手に頭を寄せる。
柔らかな羽毛が、指先を包み込んだ。
思わず、カリスの動きが止まる。
(……まったく)
胸中で、静かに言葉を落とす。
(フクロウは、恐ろしい)
そう思わずには、いられなかった。




