39話
セルディアンは執務室に入るなり、すでに控えていたカリスへ声を掛けた。
「令嬢の兄君の行方は?」
「未だ、掴めておりません」
嫌味のひとつでも飛んでくるかと思ったが、セルディアンは何も言わず、机に向かうと一通の手紙を書き始めた。
思わず拍子抜けしたカリスは、主の横顔を窺う。
最近、刺々しさが薄れたとは感じていたが――今日は特に、どこか様子が違う。
「……機嫌がよろしいようですね」
思ったままが、するりと口をついて出た。
セルディアンは筆を走らせたまま、低く笑う。
「そうか? いつもと変わらないと思うが」
その声音には、確かに柔らかさがあった。
その笑みを見て、カリスの脳裏に自然と浮かぶ、アナイスの姿。
彼女が来てから変わった、邸の空気。
増えたノエランの笑顔。
そして何より――セルディアン自身の変化。
(……契約書、破り捨てておこうか)
この平穏を守るため、カリスはそんな事を考えていた。
ほんの少しだけ、本気を交えて。
カリスが物思いに沈んでいる間に、セルディアンは書き終えた手紙を手に取り、バルコニーへと続く扉を開けた。
その視線が、ふと一点で止まる。
そこには――主の姿を欠いた鳥小屋がひとつ。
「……デインが居ないな」
デイン。
公爵家が急伝を送る際に用いる、伝書鳥のハヤブサの名だ。
振り返って問われ、カリスは淡々と答える。
「庭におります」
「庭?」
「はい。……アナイス様のフクロウと、一緒に」
その返答に、セルディアンは笑う。
「なるほど。人たらしなのは、ペットも同じか」
カリスの脳裏に、今朝目にした光景が浮かんだ。
豪奢な止まり木の上で、フクロウに寄り添うハヤブサの姿。
(……どちらかと言えば、フクロウに弱い、主に似たのだと思いますが)
その言葉を飲み込み、今度こそカリスは無言を貫いたのだった。




