37話
アナイスは、差し込む朝の光にまぶたを震わせ、ゆっくりと目を開けた。
見慣れない天井が視界に入り、思わず首をかしげる。
上体を起こし、ぼんやりと部屋を見渡していると――昨夜の出来事が次々と脳裏に蘇り、ようやく理解が追いついた。
「こ、公爵様の部屋で……寝てしまったの?!」
羞恥が一気にこみ上げ、アナイスは慌てて布団の中に逃げ込む。
ふと、セルディアンはどこで寝たんだろう?と疑問が浮かび、そろりと頭だけ出してもう一度部屋を見渡すと、ソファの上に毛布が無造作に置かれていた。
脳裏に浮かんだのは、ソファに縮こまって眠るセルディアンの姿。
真面目に想像してしまい、余計に申し訳なさが募る。
「穴があったら入りたい……」
頭を抱えたその時――ふと寝具からシトラスのような爽やかな香りがした。
その香りの主を悟った瞬間、アナイスはバッと飛び起きた。
そこへ、ノックの音に続いて扉が開く。
「なんだ、もう起きたのか」
声のした方へ勢いよく振り向くと、きっちりと身支度を整えたセルディアンが立っていた。
「~~~~っ!!」
羞恥と動揺が限界突破し、アナイスは再び布団に潜り込む。
(どうしようどうしようどうしよう!!)
どんな顔をして会えばいいのかわからず、胸の中で叫び続けるアナイス。
その様子に、セルディアンはくくっと喉で笑った。
彼はベッドのそばに来ると腰を下ろし、アナイスの被っている寝具をそっとめくった。
「おはよう」
のぞいたアナイスの顔は真っ赤で、涙目になっていた。
何度も布団の中にもぐったせいで、髪はぼさぼさだ。
「……おはよう、ございます……」
蚊の鳴くような声に、セルディアンは小さく笑い、アナイスの髪を優しく指で整えた。
その手つきに、アナイスの胸がトクンと跳ねる。
アナイスはそろりと起き上がり、「ご迷惑をおかけしました……」と呟きベッドを出ようとする。
だがセルディアンが軽く腕をとって引き留め、ベッドの中に戻す。
「またそんな格好でうろつくつもりか?」
はだけかけていたガウンを、まるで自然な動作で整えてくれる。
そのひとつひとつが優しく甘く、アナイスの心臓はひっくり返る様に震えた。
セルディアンは何事もないようにアナイスの手を取ると、緩んだ包帯を解き始めた。
いつの間にか、傍らには薬品箱が置かれている。
「あ、あの……リセにやってもらいますから……!」
逃げ腰の声を完全に無視し、セルディアンはガーゼに薬液を染み込ませていく。
(……なんで公爵様が……)
疑問よりも、ただ恥ずかしさが勝り手を引っ込めようとする。
「逃げるな」
苦笑混じりに言いながら、傷口へそっとガーゼを当てると――
「ふんぬ……」
アナイスの、妙な声が漏れ出た。
セルディアンは吹き出しそうになるのをこらえきれず、つい笑ってしまう。
距離が近づくたび胸が高鳴る。
どうしてだという問いは、頭の奥深くへ押し込んだ。
今はただ――
恨めしそうに見上げてくるアナイスの表情を、見ていたい、そう思った。




