31話
セルディアンは、アナイスが手にしていた二枚のデザイン画を覗き込んだ。
「公爵様は、どちらが良いと思いますか?」
意見を求めるアナイスに、セルディアンは考える間もなく答える。
「気に入ったなら、すべて買えばいい」
その即答に、アナイスはじとりとした目を向ける。
「公爵様、そういう“とりあえず全部買っておけ”精神、良くないと思いますよ」
「気に入ったんだろう?何が悪い」
「なんでもかんでも買ってしまっては、使い切れません。使わないものを買うのは、とっても“もったいない”です」
そんなアナイスに、セルディアンは不満そうに眉を寄せる。
「……小言を言うところまで、親譲りか」
セルディアンの一言にアナイスは目を瞬かせた後、なにかを思い出したようにくすりと笑った。
「ふふ。知ってますか? ノエラン様と公爵様も、そっくりですよ」
セルディアンは意外そうにアナイスを見る。
冷酷と噂される自分と、いつも笑顔のノエランが似ているとは思えなかった。
アナイスは指先で自分の顎を撫でる真似をしながら言う。
「何か考えている時、公爵様はこうしますが、ノエラン様も同じ仕草をするんです」
「そうなのか?」
「はい。ノエラン様はお菓子を前にすると、よくそうしてます」
「……菓子、か」
自分の思索が“菓子の前で悩むノエラン”と同列に扱われている気がして、セルディアンは微妙な表情になる。
さらにアナイスは追い討ちをかけるように笑った。
「それから、グリンピースが嫌いなところも、そっくりですよね?」
(……バレていたのか)
セルディアンはわずかに肩を揺らし、気まずそうに咳払いする。
「私は……ちゃんと、食べている」
その姿は叱られた子供のようで、アナイスはたまらず笑いをこぼした。
その一連のやり取りを見守っていたメイドたちは、主の変化に驚きを隠せずにいた。
かつては鋭さで満ち、近づくだけで息を呑んだ“黒き狼”の空気が、今はどこか柔らかい。
アナイスが屋敷に来てからというもの、邸は春の木漏れ日のような温かさに満ちている。
(アナイス様が末永くここに居てくださるよう、私たちがしっかり支えなくては)
メイドたちは互いに目を合わせ、小さく力強く頷き合った。
当の本人たちはその視線に気づくこともなく、再びデザイン画を見比べていた。
「うーん……やっぱり、どちらも素敵」
アナイスは苦悩する。
すかさず「では両方」と言いかけたセルディアンは、ぎりぎりのところで言葉を飲み込み、
「……ゆっくり悩め」
とだけ告げた。
そんな中、セルディアンの視線が一枚のデザイン画で止まる。
それは他のものとは趣向が異なる、マーメイドラインのドレス。
足元にはたっぷりとレースがあしらわれ、柔らかい曲線が美しい。
最近はリボンやフリルが沢山ついた派手なドレスが主流だ。
そんな中、他とは違うデザインのドレスで現れれば更に話題になるだろう。
だが、単純にーーー
「君に似合いそうだ」
それは思わず漏れた本音だった。
真っ先に反応したのはコレットだった。
「そうなんです!! ふんわりしたドレスもお似合いですが、アナイス様はスタイルが良いので、こういうラインも絶対にお似合いで……!」
先ほどまでの控えめさはどこへやら、コレットは勢いよく語り出し、
「そして!!」
と、鞄から一枚のデザイン画を取り出す。
そこには男性用の礼服のデザインが描かれていた。
「同じ色の生地を使って、公爵様にこの礼服を着ていただければ、帝国一!いいえ、大陸一の完璧な!カップルです!!礼服のここの刺繍がドレスと揃いになっていて、刺繍糸はアナイス様の髪色を思わせる銀色の糸を使う事で、公爵様のアナイス様に対する独占よ…ゴホン、愛情深さを表現しております!」
興奮で早口になっていくコレットに、アナイスとセルディアンは視線を交わし、苦笑いをこぼした。
「落ち着いてください」
アナイスに窘められ、コレットははっと我に返る。
「も、申し訳ありません……」
その姿を見守りつつ、アナイスはセルディアンが選んだドレスのデザインを手に取った。
身体のラインが出るデザイン。
着たことがなく、正直に言えば少し恥ずかしい。
だが、コレットの熱弁、そして――
『君に似合いそうだ』
耳に残るセルディアンの声が背中を押した。
「……これにします」
アナイスはほんのり頬を染めながら、デザイン画を差し出す。
セルディアンはわずかに目を細め、
「なら、この礼服も一緒に仕立ててくれ」
とコレットに告げた。
コレットは飛び上がるように勢いよく立ち上がる。
「か、かしこまりました!!」
さらにセルディアンは、アナイスが最初に悩んでいた二枚を指し示す。
「それと、この二着も仕立ててくれ」
アナイスは思わず「公爵様!」と抗議しかけたが、
「“とりあえず”ではない。……君に似合うと思ったからだ」
そう言われては、何も言えなかった。
アナイスは熱を帯びる頬を手で押さえながら、そっと視線を落とす。
「……ありがとうございます」
その声は、少し震えていた。




