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フクロウ令嬢と狼公爵  作者: おはよう


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29話


昼下がり。

ウィルの訪問を受け、アナイスとセルディアン、そしてカリスは応接室に集まっていた。


ここまで来るのも一苦労だった。


怪我が深刻でないと分かったリセは、アナイスの手を見て半ば泣きながら心配し、「アナイス様は絶対に動いてはダメです!」と、ベッドから出ることすら許さない勢いで世話を焼いていたのだ。


手を怪我しただけで何故寝かされるのか──という疑問すら挟めないほどの過保護ぶりに、アナイスはただただ頭を抱えるしかなかった。


救いは、メイド長のエーナが折を見てリセを説得してくれたことだ。

あれがなければ、数日は本当にベッド生活だったかもしれない。



そんなことを思い返していたアナイスの手元へ、ウィルの鋭い視線が落ちた。


「……アナ。その手はどうした?」


「久しぶりに剣を握ったら、少し擦りむいただけよ」


笑顔で答えるアナイスに、ウィルは納得していない顔でセルディアンを睨む。


「嫁入り前の娘に怪我を負わせるとは……どういうつもりだ?」


セルディアンは肩をすくめ、当然とばかりに答える。


「嫁入り先は決まっているだろう?」


「ま・だ・よ・め・い・り・ま・え・だ!!」


ウィルが噛みつくように声を荒げると、アナイスは困ったように笑った。


「ウィルが剣を教えてくれた時の方が、もっと酷い怪我をしてたじゃない。それに、また剣術を習うことにしたの。このくらいの怪我で騒いでいられないわ」


アナイスの言葉に暫く納得できないような表情をしていたが、ウィルは両手を上げ、降参の姿勢を見せる。


「はぁ……剣を使うのは賛成だがな。怪我をさせたくない親心も分かってくれ」


「うん、気を付ける」


アナイスが笑うと、ウィルの険しかった表情が少し和らいだ。


ウィルは姿勢を正し、話題を切り替えるように机の上に数枚の紙を置いた。


「さて──本題に入ろう。カースヴェル家絡みで、ベルベ商会を探っていたんだが」


カリスとセルディアンに紙を渡し、アナイスもセルディアン越しにその紙を覗き込む。


そこには詳細な取引日と金額が並んでいた。

ベルベ商会の帳簿の写し。


「ベルベ商会がゴーストなのは間違いない。だが帳簿にある日に、荷を積んだ馬車が実際に動いている」


「ゴースト……つまり実体のない商会なのに、取引は実際に行われていた……?」


カリスが目を細め、帳簿を追う。


「ああ。伯爵を捕まえた後の金の流れは、恐らく慌てたカースヴェルが“外に出せない金”を洗うためのものだ。だが、そこに書かれている取引日時に通行許可証が発行されている」


「営利目的の通行許可証は高額ですからね……偽装だけに使うには不自然な数ですね。」


カリスは指で日数を数え、顎に手をあてる。


「架空の商会を使わないと成立しない取引……か」


セルディアンは顎を撫でながら低く呟く。


「何が取引されていたかは?」


カリスは問うが、ウィルは首を横に振ることで答える。


「うーん…」


アナイスは帳簿の取引日を目で追いながら、胸の奥に小さな違和感を覚える。


「……なにか、引っかかる」


記憶をひっくり返すように数度読み返してみるが、その正体に届かない。


「ダメだわ……全然分からない」


深く息を吐き、ソファにもたれかかった。


重い空気の中、カリスが帳簿を置きながら言う。


「カースヴェルがゴーストの商会を運営していた、それだけでは……ノエラン様に関する裁判は不利ですね」


その言葉に、セルディアンは嫌そうに眉をひそめる。


「皇室が味方しているからな」


「皇室が庇いきれないほどの証拠を見つけないと」


アナイスはノエランの笑顔を思い浮かべ、拳を握りしめた。


後ろ暗い家に取られるなんて絶対に許せない──。


「裁判まで、時間はどれほどだ?」


ウィルが問う。


「うちの優秀な補佐官が時間稼ぎしている」


セルディアンはわざとらしくカリスを見る。


「……長くても一ヶ月が限度です」


カリスは眉間に皺を寄せながら答えた。


「いざとなったら、騎士団を連れて蛇の巣に乗り込むさ」


セルディアンはアナイスの手を軽く取る。


「まずは、我々にしかできないことをしなければ」


その余裕のある声音が、焦りかけていたアナイスを不思議と落ち着かせた。


「はいはいはい。親の前で手を出すな」


ウィルが紙をバサバサ振ってセルディアンの手を払いのける。


そんなやりとりを気にもとめず、カリスは手帳を取り出した。


「丁度、来週マディラー伯爵家の夜会に招かれています。お二人で参加されるのがよろしいかと」


「マディラー老伯か。帝都からの客人も多いだろう。……好都合だな」


セルディアンはゆっくりとアナイスを見る。


「取りあえず──君にしかできないことを、してもらおうか?」


企みを含んだ微笑と共に。



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