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フクロウ令嬢と狼公爵  作者: おはよう


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20話



午後

アナイスはノエランとともに温室にいた。


「アナイス様! 見てください! このお花、おひげの生えたおじさんみたいです!」


ノエランはパンジーを指さし、楽しそうに笑った。

アナイスもつられて微笑む。


「黄色いパンジーには、“つつましい幸せ”という花言葉があるんですよ」


「はな……ことば?」


「はい。お花にはそれぞれ意味が込められているんです」


「意味……」


ノエランはぽつりとつぶやき、なにか思いつめたようにアナイスの手を引いた。

驚きつつ、アナイスは彼に導かれるまま歩く。


辿りついたのは、温室の奥。

白いアイリスが咲き誇る、小さな花壇だった。


「この……この花は? この花言葉は、なんですか?」


その声は震え、どこか縋りつくようだった。


アナイスはそっと膝をつき、ノエランの目線に合わせて答えた。


「白いアイリス……“あなたを、大切にします”」


その瞬間、ノエランの瞳から大粒の涙があふれた。


「こ、この花……お、叔父上が……僕が生まれた日に、贈ってくれたんです……」


“叔父上”。


最近、セルディアンはアナイスの提案を受け、以前よりノエランと時間を共にするようになった。

まだぎこちなさは残るが、確かに距離は縮まっている。

けれど――ノエランの心の奥には、まだ“壁”があるように見えた。


アナイスは静かに尋ねる。


「ノエラン様は……どうして公爵様のことを“叔父上”と呼ばれるのですか?」


ノエランは涙を拭い、苦しげに言葉を絞り出した。


「ぼ、僕は……叔父上にとって、邪魔な存在だから……」


それを聞き、アナイスの胸が痛む。

ルヴァルティエ家の人々がそんな心ないことを言うとは思えない。

恐らく、公爵家を妬む人々の悪意を耳にしたのだろう。


「そ、それに……」


ノエランはさらに顔を歪める。


「“お父様”って呼んだら……本当のお父さんが、悲しむかもしれないから……」


ノエランの優しさが切なくて、アナイスはそっと微笑んだ。


「ノエラン様。私にはウィルという師匠がいます」


ノエランが少し驚いたように顔を上げる。


「その人は、ガサツですし、何度言っても髭を剃りませんし……いつも私をからかってばかりです」


アナイスは小さく肩をすくめた。


「でも、私は彼を父のように慕っています。

一人きりだった私に、生きる術を教えてくれて…愛情を教えてくれた人だからです」


ノエランはじっと耳を傾けている。


「お父様が二人いても良いではありませんか。

それは、ノエラン様がたくさんの人に愛されている証。

ノエラン様がたくさんの人を愛している証なんですから。」


その言葉に、ノエランは再び涙をあふれさせ、アナイスにしがみついた。


アナイスはそっとその頭を撫でながら続けた。


「公爵様は不器用ですが……誰よりもノエラン様を大切に思っておられますよ」


「ねえ、公爵様?」


柔らかく微笑み、アナイスが後ろを振り返ると――


そこには、いつからか立っていたセルディアンの姿があった。


セルディアンは静かに歩み寄り、ノエランの前で膝をつく。

そして、そっと抱きしめた。


「……呼び方なんて、何でも良いんだ。」


その声は低く、けれど深い愛情がにじんでいた。


「……おとう……さま……」


泣きじゃくりながらつぶやいたノエランに、セルディアンは短く、けれど確かに応えた。


「ああ」


ふたりの姿を見守っていたアナイスはそっとその場を後にし、温室の入口へ向かう。

その横で見守る使用人たちが、目を潤ませているのが見えた。


アナイスの胸にも、温かなものが広がっていた。


(……お兄様と、ウィルは元気かしら)


そう思いながら、アナイスは静かに客室への廊下を歩いていった。



………


夕方。アナイスの客室の扉が控えめにノックされた。

「はい?」と答えると、扉の向こうにはセルディアンが立っていた。


「どうぞ、中へ」


アナイスが促すと、セルディアンは静かに部屋へ入ってくる。


「ノエラン様は?」


「泣きつかれて眠った」


短い返事。しかし彼の肩口には、小さな涙の跡が残っていた。


その様子を見て、アナイスの胸に温かなものが灯る。こんな時間まで寄り添っていたのだと分かり、自然と微笑みがこぼれた。


セルディアンは、そんな微笑みに気恥ずかしさを覚えたのか、ひとつ咳払いをする。


「君に……礼を言いに来た」


「そんな、大したことはしてません。ただ話しをしただけです」


「いや、君のおかげだ。私だけでは、ノエランとまともに向き合うことすらできなかった」


伏せられた彼の目に、アナイスは静かに首を振る。


「もちろん言葉も大切ですが……いちばん大切なのは、相手をどう想っているか、ですよ」


その言葉に、セルディアンの視線がまっすぐ向けられる。


アナイスは少し照れ隠しに、指を立てて意地悪く笑った。


「公爵様は“冷酷無慈悲”なんて言われてますけど、ノエラン様を大切にしてるのはバレバレでしたからね!」


その瞬間、セルディアンは堪えきれずに笑い声を上げた。


「ははは! “冷酷無慈悲”の私にそんなことを言えるのは、君くらいだろうな」


二人の笑い声が、暖かく部屋に広がった。


「それと……」

笑いが収まった頃、セルディアンが改めて口を開く。


「宣誓式だが、来週に決まった。当日は神殿を開放して一般公開する」


「その方が、宣伝効果がありますね」


アナイスが頷くと、セルディアンは一度言葉を切り――そして静かに続けた。


「それで……君の“父親”を招待してはどうだろうか?」


セルディアンの気遣いに、アナイスは驚く。

“父親”――ウィルの事だと気付いた。


「ありがとうございます……。フクロウに頼んで、便りを送ってみます」


「ああ」


ふと彼は、バルコニーへ視線を向けた。


「君の“友人”も、休める場所が必要だろう」


彼の言う友人――シロフクロウのルチェ。

隠していた訳では無いが、何度か訪れているのを知っているのだろう。


「庭に止まり木を作らせておく」


セルディアンの言葉はどれも、いつになくアナイスを気遣っていた。それに気づくたび、胸の奥がじんわりと温かくなる。


「……ありがとうございます、公爵様。今度、私の友人を紹介させてください」


アナイスが柔らかく微笑むと、セルディアンは一瞬、動きを止めた。


「……以上だ」


なぜか少し慌てたようにそう告げ、セルディアンはくるりと背を向けて部屋を出ていく。


扉が閉じる。

一人残されたアナイスは――


セルディアンの耳が真っ赤になっていたことに、気づかなかった



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