18話
アナイスが滞在する客室には、次々と今日買い求めた品々が運び込まれていた。
そのひとつひとつを開けては「きゃー!」と歓声を上げるメイドたちを横目に、アナイスは静かに息をつく。
宝石店を出たあとは靴屋へ、次に鞄屋、そして普段着られる服やハンカチを求めて洋裁店へ――。
買い物行脚は、夜の帳が下りるころまで続いた。
その先々で“仲睦まじい恋人”を演じさせられたアナイスは、心身ともにすっかり疲れ果てていた。
リセが淹れてくれたお茶を口にしながら、アナイスは今日の出来事を反芻する。
(それにしても……公爵様は女性の扱いに慣れているのね)
冷酷無慈悲と噂されているが、あれだけの容姿だ。
これまで多くの女性と関係があってもおかしくない。
おかしくはない、のだが……なんだか面白くない。
(きっと、私の経験が浅いせいで、振り回されているからね。)
逆に自分が彼を振り回すところを想像してみたが、すぐに無理だと悟ってやめた。
そんなアナイスに、リセが目を輝かせながら話しかける。
「私、こんなにたくさんのプレゼント、見たことがありません! 突然ご婚約されたと聞いて驚きましたが……旦那様はアナイス様にぞっこんですね!」
リセの言葉に、苦笑いしか返せないアナイス。
(疑わずに受け入れてくれて有難いけれど、胸が痛いわ。)
こうして“開封の儀”は、夜更けまで続いたのだった。
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セルディアンの自室。
カリスから仕事の報告を受け、ノエランと二人で夕食を終えた後のことだった。
着替えながら、セルディアンは食卓での出来事を思い返していた。
――数刻前、食堂。
アナイスは疲れたとのことで、夕食の席には現れず、セルディアンとノエランの二人きりとなった。
いつも通り、ぎこちない空気が流れている。
そんな中、ノエランが小さく手を動かしながら口を開いた。
「叔父上……アナイス様とお出かけされたと聞きました」
セルディアンは『自分も行きたかった』とでも言うのかと思ったが、ノエランは遠慮がちに、しかしどこか期待を込めて尋ねた。
「叔父上は、どんな花束を贈ったのですか?」
「……花束?」
怪訝に眉をひそめるセルディアンに、ノエランは慌てて言葉を重ねる。
「あの、レディをお誘いする時は……花束を贈るのが紳士のマナーだと……」
(なるほど、吹き込んだのはあいつか)
セルディアンは部屋の隅で控えている老執事バルナールをちらりと睨んだ。
だが、バルナールは長年の経験で慣れたもので、まるで気にせず、いつもの穏やかな笑みを浮かべている。
セルディアンは小さく咳払いをし、静かに言った。
「……急に決まった外出だったから、用意していない」
ノエランは肩を落とし、「そうですか……」と呟いた。
そんなノエランの様子に、セルディアンは思い直すように口を開く。
「後で用意しよう。…どんな花がいいと思う?」
ノエランの顔がパッと明るくなった。
「アナイス様は、淡い色のお花が好きだとおっしゃってました!」
嬉しそうなその笑顔に、セルディアンはふと目を細めた。
――現在。
ノエランがあんな風に笑ったのは、いつ以来だろう。
いつも緊張しているノエランの姿を見るたび、セルディアンは「距離を置いた方がいい」と思っていた。
だが本当は、どう接していいのか分からず、避けていただけなのかもしれない。
『ノエラン様と過ごす時間を、もっと増やしていただきたいのです。』
アナイスの真っ直ぐな言葉を思い出す。
今日のノエランの表情を見れば、その“お願い”が決して的外れではなかったと認めざるを得なかった。
アナイス・セリオン。
初めて会ったときはか弱い非力な少女の様に見えたが、誇りと信念を持っていた。
次に会ったときはこちらを試すようなしたたかさを見せた。
ノエランといるときは慈母のようで――そして、今日の彼女は……。
セルディアンは思わず口元を緩めた。
そんな主人の様子を見て、バルナールは穏やかな笑みを深める。
「旦那様、今日は楽しいお時間を過ごされたようで、ようございました」
その声音は、当主に仕える執事のそれというより、幼い頃から見守ってきた“坊ちゃん”に向けるものだった。
居心地の悪さを紛らわせるようにセルディアンは咳払いをし、
「明日の朝、令嬢に花束を届けてくれ。……それと、これを閉まっておけ」
ひとつの箱を差し出した。
箱の中には、薄紫の石をあしらったカフスが収められている。
中身を確かめたバルナールは、さらに微笑を深くし、
「すぐ取り出せるところに閉まっておきましょう」
と軽く頭を下げた。
「余計なことを言っていないで、仕事に戻れ」
セルディアンに追い出されながらも、バルナールは満足げだった。
――その耳がわずかに赤く染まっているのを、見逃さなかったからだ




