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フクロウ令嬢と狼公爵  作者: おはよう


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17話


アナイスとセルディアンを乗せた馬車は、目的地へと辿り着いた。


北方ルヴァルティエ公爵領の中心都市――領都ヴァルネリア。

その繁栄は帝都にも劣らない。


街路には豪奢な馬車が行き交い、石畳の通りには高級店が建ち並ぶ。

領外の貴族たちがわざわざ訪れ、買い物を楽しむ光景も珍しくない。


アナイスは周囲を見渡し、その壮麗な街並みに思わず息を呑んだ。


「……凄い」


感嘆の言葉がこぼれる。

セルディアンはそんなアナイスの反応にわずかに口角を上げ、彼女の前へと腕を差し出した。


「行こう」


アナイスは頷き、その腕にそっと手を添える。

二人は見るからに格式高い仕立てサロンの扉をくぐった。


「いらっしゃいませ、公爵閣下。本日はどのようなご要件で?」


出迎えたのは、年を重ねてもなお美しさを保つ円熟の淑女。

マダム・ロザリア――ルヴァルティエ公爵家御用達のデザイナーだ。


公爵の名が響いた瞬間、店内の空気が一変する。

居合わせた貴族たちの視線が、一斉に二人へと注がれた。


「公爵様が直接お見えになるなんて……」


「あの公爵様が、女性をエスコートしている……?」


「あの方はいったい……?」


外野のざわめきを感じ取りながら、セルディアンは満足げに微笑み、アナイスの腰に手を回した。

そのまま軽く抱き寄せるようにして言う。


「私の婚約者に、贈り物をしたくてね。」


アナイスは不意を突かれたように身を固くする。

けれど、彼の意図を悟り、セルディアンの腕に身を寄せ照れたように、はにかんでみせた。

まるで、彼から贈られる愛情に喜ぶ恋人のように。


周囲のざわめきが一層大きくなる。


「ドレス一式と、宣誓式用のドレス、そして礼服を特注したい」


セルディアンの言葉に、マダム・ロザリアは一瞬だけ目を見開いた。

だがすぐににっこりと微笑み、貴婦人らしい優雅な所作で頷く。


「まぁ……宣誓式ですの? なんてロマンチック。どうぞ、お部屋へご案内いたしますわ」


案内を受け、アナイスは静かに階段を上る。

だが背中には、店内にいる誰もが注ぐ好奇と羨望、そして嫉妬の視線。


――この先、こんな視線に耐えられるだろうか


その思いが胸をよぎり、アナイスは小さく息をついた。

たとえ演技でも、これからは公爵の「婚約者」として見られるのだ。


そう覚悟を新たにしながら、彼女は静かに歩を進めた。



案内されたのは、公爵家だけが通される特別室だった。

いつ用意したのかと思うほど、そこにはすでに色とりどりのドレスが並び、分厚いデザイン画の束が積まれている。

従業員たちは静かに、けれど忙しなく動き回っていた。


豪奢なソファに腰を下ろすセルディアンとアナイス。

二人の前で、マダム・ロザリアが数枚のデザイン画を広げる。


「こちらは、今、帝都で流行しているデザインでございます。パフスリーブが特徴的でして――」


説明を終える前に、セルディアンが鼻で笑った。


「はっ。ルヴァルティエの女主人となる私の婚約者に、帝都の猿真似をさせろと?」


低く鋭い声音に、マダムの顔がひきつる。


「ま、まさかそのようなつもりは――!」


セルディアンは彼女の言葉を遮るように、アナイスの髪を一房取り上げ、指先で撫でる。

そして、そのまま口づけを落とした。


「それに……彼女は、こんなにも美しい。平凡な者たちが好むドレスなど、似合うはずがない。」


その場にいた全員の息が止まった。

あの冷酷無慈悲と噂されるルヴァルティエ・セルディアンが――女性の髪に口づけを?


空気が一瞬にして凍りつく。


(やりすぎなのでは……公爵様)


アナイスは内心でそう呟きながらも、どうにか場を立て直そうと微笑んだ。


「公爵様、私はこちらのドレスが気に入りました」


指差したのは、シンプルながらも緻密な刺繍が施された上品なドレス。


「そうか。全て君の望む通りにしよう」


セルディアンが柔らかく微笑むと、従業員の女性たちから小さな感嘆のため息が漏れた。


(だから! やり過ぎです、公爵様!)


心の中で叫ぶも、セルディアンはまるで気にする様子もない。


その後、アナイスは採寸を済ませ、デイドレス、夜会用のドレス、礼服、そして宣誓式用のドレスまで――

一生かかっても着きれないほどの量を注文させられた。


合計金額を想像するのも恐ろしい。

一方で、セルディアンは満足げな笑みを浮かべながらサロンを後にする。


先ほどと同じように腕を組み、次の目的地へと歩き出す。

アナイスはそっとセルディアンに耳打ちした。


「公爵様、あんなにドレスは必要ありません」


「愛に溺れた金持ちは、大抵、恋人に貢ぐものだろう?」


軽口を叩くその声に、アナイスは小さく息を詰めた。


「……なんだか、悪女にでもなった気がします」


「君が? ははは!君に似合わない言葉だが、悪くないな。」


セルディアンは珍しく、心から楽しそうに笑った。

皮肉も悪意もない、ただ穏やかな笑み。


アナイスは、その笑顔から目を離せなくなった。

頬が熱を帯びていくのを感じ、慌てて視線を逸らす。


そのとき、目に飛び込んできたのは、通りの先に見える高級そうな宝石店。

胸の鼓動が止まる。


(まさか……次は宝石?)


先ほどまで赤くなっていた顔が、今度は青ざめていくのをアナイスは自覚したのだった。



---


次に訪れたのは、重厚な扉を構えた宝石店。

まるで来る者を選ぶかのような荘厳な雰囲気に、アナイスは思わず背筋を伸ばす。

足を踏み入れた瞬間、空気がひんやりと引き締まり、緊張が走った。


対照的に、セルディアンは実に気軽な足取りで店内へ入っていく。

すぐに老齢の支配人が恭しく頭を下げた。


「これはこれは、公爵様。本日はどのようなご用件で?」


セルディアンは、ここでも周囲の視線を意識するようにアナイスを抱き寄せ、涼しい声で言った。


「婚約者にプレゼントをしたくてな」


その瞬間、店内がざわめく。

支配人は特別室への案内を申し出たが、セルディアンはそれを手で制した。


「いや、ここでいい。――ルビーが付いているものを、すべて出してくれ」


アナイスは思わず目を見開く。

しかし支配人は動じず、一礼して店員たちに目配せをする。


ほどなくして、ショーケースの上にところ狭しとルビーがあしらわれた指輪、耳飾り、髪飾り、ネックレス等が並べられた。

どれも息を呑むような美しさだ。


セルディアンはその中から、ルビーとダイヤモンドが組み合わされた指輪を手に取り、

アナイスの左手を取る。


そして、自然な動作で薬指にはめ――アナイスの指には大きい指輪の上に、静かに唇を落とした。


「君によく似合う」


柔らかな微笑とともに告げられた言葉に、店内の女性達の息が止まる。

まるで芝居の一幕のような光景に、誰もが釘付けになっていた。


(……この姿を見せつけたかったから個室に行かなかったのね。)


アナイスは呆れ半分、諦め半分の表情で微笑む。


セルディアンはそんな彼女に意味ありげな視線を送りながら、支配人へ命じた。


「指輪のサイズを直しておけ。それと――この店にあるルビーの品、すべて包んでくれ」


「す、すべてでございますか……?」


支配人の声がわずかに震える。

セルディアンはアナイスをそっと抱き寄せ、穏やかに言った。


「私の瞳に似たルビーを、婚約者以外に身につけてほしくないんだ」


遠くから「まぁ!」という悲鳴が上がる。

アナイスはそれを聞こえなかったことにして、作り笑いを浮かべた。


「公爵様、少し疲れてしまいましたので……休ませていただけますか?」


「ああ。行ってくるといい。……本当は、片時も離したくないが」


苦笑するしかないアナイスは、店員の案内で休憩室へと向かう。

その背中を見送りながら、セルディアンの表情がふと変わった。


ショーケースの片隅に、小さな光が映る。

それは、薄紫の石があしらわれたカフスだった。


「これも包んでくれ」


低く呟きながら、セルディアンはわずかに微笑んだ。



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