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フクロウ令嬢と狼公爵  作者: おはよう


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109話



柔らかな陽射しが差し込む午後――

アナイスはセルディアンの執務室を訪れていた。


そこにはすでに、セルディアンをはじめ、カリス、ウィル、そしてリュシウスが顔を揃えている。


「お兄様、黒狼騎士団との手合わせはいかがでしたか?」


「とても有意義だった」


リュシウスはわずかに目元を緩めると、バルナールが淹れた茶に口をつけた。


その所作は美しく、肩まで伸びた銀の髪は陽射しを受けてきらめいている。


まさに麗しの貴公子――


だがその実、誰よりも好戦的で、どんな戦場でも目を輝かせながら剣を振るうなど、誰が想像できるだろうか。


「騎士たちを鍛え直さなきゃいけないな」


セルディアンは、にやりと口の端を引き上げた。

その目は、楽しげに細められている。


「……公爵様。程々にしていただかないと、騎士たちが使い物にならなくなります」


訓練と称し、嬉々として騎士たちを追い詰めるセルディアンの姿を何度も目にしているカリスは、小さくため息をついた。


“訓練”のあと、まともに立っていられるのは、手の抜き方を心得ている騎士団長ダンデくらいだった。



「それで、マガダンの連中はどうなってる?」


セルディアンたちのやり取りを呆れたように聞いていたウィルが、口を開く。


攻め入ったマガダン勢はすでに全員、公爵家によって捕らえられている。


――マガダンに紛れていた帝国人も含めて。


「取り調べは始めておりますが……ラジャンという男の話によれば、今回の侵攻は“旧王”から持ち掛けられたものだそうです」


「帝国側から、王位の復権でもちらつかされたんだろう」


セルディアンは肩を竦めた。

その表情には、帝国に対する露骨な嫌悪が浮かんでいる。


「帝国にそんな気、あるとは思えないがな」


ウィルも眉を寄せ、溜息混じりに呟いた。


マガダンは帝国に敗れ、王権を廃された国。

しかしその国内では、王の血を絶やすまいと、密かにその系譜が守られてきた。


――いつか、王の復興を夢見て。


帝国はその切なる願いを手玉に取り、マガダンを駒として利用してきたのだろう。



アナイスは不意に、ラジャンと対峙したときのことを思い出す。


去り際に見せた、一瞬の哀色を帯びた眼差し。

あれは――幾度も王位をちらつかされ、その度に叶わなかった現実。

分かっていながらも王位復興を手放せず、縋るしかない己の境遇を憂いていたのかもしれない。


アナイスは、重く息を吐いた。


「マガダンに紛れていた帝国人は、誰の手の者か分かりましたか?」


アナイスの問いに、ウィルは首を振る。


「皆一様に“マガダンの教義に感銘しただけだ”と、帝国との繋がりを否定しています」


「見え透いた嘘を……」


アナイスは眉を寄せ、吐き捨てるように呟いた。


マガダンに紛れていた帝国人は、一人や二人ではなかった。


帝国内の誰かが送り込んだのは間違いない。

そして――これほどの規模を動かせるのは、皇室以外に考えられなかった。


「折角の“贈り物”だ。利用しない手はないだろう」


重くなりかけた空気を断ち切るように、セルディアンが自信に満ちた笑みを浮かべる。


「利用、ですか?」


アナイスが首を傾げると、セルディアンはにやりと口の端を引き上げた。


「セリオン侯爵位の継承には、皇帝の承認が必要だからな」


「今回の侵攻に皇室が関わっているのなら、失敗に終わった今――揉み消したいに違いありませんね」


皇室が他国を利用し、帝国の公爵家へ攻め入らせた事実が明るみに出れば、帝国民の多くは皇室に対して不信感を抱くだろう。


すでに皇帝への忠誠が揺らいでいる今の帝国で、これ以上の不信は――やがて反逆へと繋がりかねない。


ならば、内情がどうであれ、“帝国の貴族”である侯爵位の継承を認めた方が得策だと判断するはずだ。


「皇室との関わりを認めるでしょうか?」


アナイスの問いに、カリスはにやりと笑う。


「あれだけの数です。一人や二人、“口を滑らせる”こともあるでしょう」


実際に口を開いたかどうかは関係ない。

そう思わせるように仕掛ければいい。


その算段を思い描くカリスの瞳は、どの時よりも楽しげに煌めいていた。



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