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フクロウ令嬢と狼公爵  作者: おはよう


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108話


アナイスはセルディアンと共に、訓練場の中央へと歩み出た。


「俺も鬼ではないからな。利き手は使わないでおく」


そう言って、左手で剣を構える。

だがその笑みには、揺るぎない余裕が浮かんでいた。


アナイスはごくりと息を呑み込み、剣を握る両手に力を込める。


「いつでも来い」


口元を引き上げるセルディアン。

しかしその瞳には、確かな真剣さが宿っている。


放たれる圧――強者の気配。

それは遊びではなく、本気で向き合っている証だった。

その事実に、アナイスの全身が喜びに粟立つ。



アナイスはひとつ息を吐くと、地を蹴った。

一気に間合いを詰め、セルディアンへと斬りかかる。


打ち合う剣と剣。

鋭い金属音が響いた。


果敢に攻め込むアナイスの剣を、セルディアンはいとも容易く受け流していく。


その安定した動きから、利き手ではないなど誰が思うだろうか。


セリオンの剣は、相手の隙を突く。

だがセルディアンには、一瞬の隙すら見いだせない。


(このまま打ち合っていては、持久力のない私には不利だわ)


動きを最小限に抑えても、アナイスの呼吸は次第に乱れていく。

対してセルディアンは、息ひとつ乱していない。


(……なら、隙を作る)


アナイスは後方へ飛び退き、距離を取る。


そして素早く剣を持ち替えると――柄をセルディアンへ向け、そのまま顔面めがけて振り下ろした。


「……チッ」


寸前で顔を逸らしたセルディアンが、舌打ちを漏らす。


わずかに崩れた余裕。

それを見て、アナイスは口元を吊り上げた。


そのまま流れるように剣を持ち替え、鋭く突きを放つ。

しかしセルディアンはそれを躱すと、アナイスの足元へ蹴りを入れた。


「……っ!」


痛みに顔を歪めながらも、アナイスはなんとか踏みとどまる。


「……公爵様、ひどい」


誰かの呟きに、周囲も同意するように頷いた。


いつの間にか、訓練場には人垣ができている。

その中にはランスはもちろん、ダンデ、カリス、そしてリュシウスの姿もあった。


容赦のないセルディアンの動きに、ダンデとカリスは呆れたように肩を竦める。


一方リュシウスは、楽しげにアナイスの剣筋を追っていた。


二人の打ち合いは、なおも続く。

決着は、なかなかつかない。


その様子を見守りながら、ダンデがぽつりと呟いた。


「……あの二人が夫婦喧嘩をしたら、誰が止められるんだ」


「……気が済むまでやらせるしかありませんね」


カリスは肩を竦める。

剣だけでなく、時に拳や足も交える二人のやり取りを止められる者など、誰一人思い浮かばなかった。



やがて――その戦いに終止符が打たれる。


ふらついた足が踏ん張りきれず、アナイスの体が大きく傾いた、その瞬間。


セルディアンは手を伸ばし、その腕を掴んで引き寄せる。

そのまま抱き込むように拘束すると、アナイスの首元へ刃を突きつけた。


「……俺の勝ちだな」


満足げに笑うセルディアン。

だが、アナイスは首を振る。


「……油断はいけませんよ、公爵様」


その余裕ある笑みに、セルディアンが視線を落とすと――


アナイスの剣先が、確かにその脇腹を捉えていた。


一瞬、眉を寄せるセルディアン。

やがて、ふっと表情を和らげる。


「相討ち、か」


「そういうことにしておきましょう」


アナイスはくすりと笑い、剣を手放す。

立ち上がろうとした瞬間、足の力が抜け、セルディアンにもたれかかった。


「君は、本当に負けず嫌いだな」


セルディアンは呆れたように笑い、アナイスをそっと抱き上げる。


先ほどまでの荒々しさとは打って変わり、その手つきは壊れ物を扱うかのように優しい。

アナイスは身を預けるように力を抜いた。



その様子に、周囲は安堵の息を漏らす。


セルディアンの容赦のなさに、アナイスが愛想を尽かしてしまうのではないか――そう案じていた者も少なくなかったのだ。


だが今、二人は穏やかに笑い合っている。


この光景を見て、誰もが確信する。


――彼女以上に、ルヴァルティエの、そしてセルディアンの妻に相応しい者はいないと。



「すまないが、誰か手合わせを願えないか?」


その時、場の空気を破るように一つの声が響いた。


振り返った先にいたのは――


リュシウス・セリオン。


“暴れ馬”と名高い光馬騎士団を率いる男。

そして何より――アナイスの兄。


無表情だが、その紫の瞳だけが楽しげに煌めいている。

それは、先ほどのアナイスととてもよく似ていた。


先ほどまでの和やかな空気は、一瞬で凍りついた。


――その後。


リュシウスの相手を押し付け合った騎士たちが、次々と地面へ沈められていったという話は――

黒狼騎士団の逸話の一つとして、語り継がれることとなる。



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