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フクロウ令嬢と狼公爵  作者: おはよう


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107話


ひんやりとした朝の空気。

アナイスは身支度を整えると、訓練場へと足を向けていた。


ふと、朝の出来事を思い出し、頬がゆるむ。



目を覚ましたノエランは、セルディアンとアナイスが傍にいることが嬉しかったのか、すっかり機嫌を良くしていた。


寝癖のついた髪が愛らしく、アナイスが微笑ましい気持ちで眺めていると、セルディアンもゆっくりと身を起こす。


そして――セルディアンの髪にも、ノエランと同じような寝癖がついていて。

アナイスは、思わず声を上げて笑ってしまった。


(きっと、髪質が似ているのね)


寝癖を笑われ、拗ねたような様子を見せていたセルディアンだったが、アナイスの笑いが収まると、わずかに表情を和らげた。


「君たちのファンがしょぼくれている。……見に行ってやってくれ」


「え?」


アナイスの問いに答えることなく、セルディアンは薄く笑うとノエランの頭をひと撫でし、そのまま部屋を後にした。



“君たちのファン”


その言葉で思い浮かぶのは、一人だけ。


昨日、アナイスは目を覚ましてからルヴァルティエ家の多くの者と顔を合わせた。

けれど、ただ一人会えていない人。



誰もいない訓練場に、その人はいた。


一心不乱に剣を振るう後ろ姿。

長い時間そうしていたのだろう、シャツに滲む汗の跡がそれを物語っている。


アナイスはそっと歩み寄り、その名を呼んだ。


「……ランス卿」


名を呼ばれたランスは、はっとしたように動きを止めると、勢いよく振り返る。


その表情には、アナイスの登場への驚きが浮かんでいた。


常に周囲に気を配る彼が、気配にも気付かないほど没頭していたのだろう。


「……」


振り返ったランスは、わずかに会釈をするだけで視線を逸らしてしまう。


その様子に、アナイスは小さく苦笑した。


「ランス卿、手合わせしていただけますか?」


アナイスが模造剣を手に微笑むが、ランスはその場から動こうとしない。


「……できません」


しばしの沈黙ののち、絞り出すような声が落ちる。

ランスは剣を握る手に、ぐっと力を込めた。


「私には……無理です」


ゆっくりと顔を上げたランス。

その表情は、今にも泣き出しそうだった。


「アナイス様は……剣を振るうことを選ばれました。……ですが、私は……守るべきあなたと共に戦うなど、できません」


苦悩するように眉を寄せる。

その姿を、アナイスは静かに見つめた。


「あなたは……盾になることも、許してくださらない」


消え入るようなランスの声から、苦悩が滲み出ていた。


アナイスは、深く息を吸い込む。

肺いっぱいに冷たい朝の空気が満ちる感覚が、妙に心地よい。


「ランス・ブレナー!」


吸い込んだ息を一気に吐き出すように、アナイスはその名を呼んだ。


凛とした、力強い声音。


ランスは思わず顔を上げ、姿勢を正す。

その様子に、アナイスはふっと目元を和らげた。


「私は、嬉しかったんですよ」


「え……?」


アナイスは一歩踏み出すと、ランスの瞳を覗き込むように見上げる。


「騎士とは、背中を預け合い、共に生き抜く者だと教えられました。

……ランス卿、私は貴方だからこそ、共に戦う道を選べたのです。誇り高い騎士として。

……一緒に戦ってくれて、ありがとう」


アナイスが微笑むと、ランスは一度強く目を閉じた。

そして再び目を開けると、真っ直ぐにアナイスを見つめる。


「分かりました。……私、ランス・ブレナーは、一人の騎士として、貴女と共に戦い、共に生き抜きましょう」


その瞳には、もはや迷いの色はなかった。



「なんだ、犬っころの機嫌は直ったのか」


突然背後からかけられた声に、アナイスとランスは同時に振り返る。


そこにいたのは、模造剣を肩に担ぎ、意地の悪い笑みを浮かべたセルディアンだった。


「公爵様!」


「まだ腑抜けた顔をしているようなら、一発ぶん殴ってやろうと思ったんだがな」


心底残念そうに肩を竦めるセルディアンに、ランスは一瞬、表情を引きつらせる。


しかしすぐに姿勢を正し、騎士の礼を取った。


「……不肖、ランス・ブレナー。今一度心を入れ替え、全力で務めさせていただきます」


「ああ。……期待している」


そう言ってセルディアンは、ランスの肩に手を置く。

その励ますような仕草に、アナイスは目を細めた――が。


「……ぐっ!」


突然、ランスはくぐもった声を漏らし、肩を押さえて顔を歪める。


セルディアンは肩に置いた手を握り、そのまま拳でランスの肩を打ち据えたのだ。


それはセルディアンなりの“喝”。


込められた力は抑えられていたが――それでも十分に痛い。


「こ、公爵様……!」


先ほどまで穏やかに見守っていたアナイスは、慌ててランスへと駆け寄る。


「アナイス様……私は大丈夫です」


そう言って手を上げ、ランスは苦笑した。

一方のセルディアンはというと――


「まったく。……いつまでも子犬でいてくれるなよ」


何事もなかったかのように肩を竦める。

その言葉に、ランスはしっかりと頷いた。

その姿に、セルディアンは嬉しそうに目を細めたのだった。



「さて――」


セルディアンは、ちらほらと人が集まり始めた訓練場へと視線を巡らせる。


手合わせの相手を探すその視線から逃れるように、騎士たちは次々と顔を背けた。


その様子に、セルディアンはにやりと口の端を吊り上げる。

目についた騎士を呼び寄せようとした――その時。


「私がお相手します!」


真っ直ぐに手を挙げて名乗り出たのは、アナイスだった。


その瞳は、好奇心に輝いている。


「あ、アナイス様!? おやめください……!」


セルディアンの容赦のなさを知る騎士たちが一斉に止めに入る。


だがアナイスは意に介さず、ただセルディアンだけを見つめていた。


セルディアンは一瞬アナイスを見つめ返し――やがて口元を引き上げる。


「俺は、怪我人であっても容赦はしないぞ?」


「望むところです!」


力強く頷くアナイス。

そのどこか楽しげな表情に、周囲の騎士たちは思わず頭を抱えた。


――アナイスと共に戦うと決めたランスを除いて。



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