106話
夜明け前の薄闇の中、セルディアンは静かに目を覚ました。
いつ寝入ったのかも分からぬほど深く眠っていたことに、わずかな驚きを覚える。
剣を振るうようになってからというもの、戦場での癖が抜けず――
どれほど疲労が溜まっていても、常に眠りは浅かった。
隣を見れば、穏やかに眠るノエランとアナイスの姿。
この二人の存在が、セルディアンが久しく忘れていた“安心”を与えてくれたのか。
(……悪くないな)
胸の内でそう呟き、二人を抱き寄せるように身を寄せた。
ノエランはわずかに身じろぐと、そのまま静かな寝息を立てる。
その目元には、一日中泣き腫らした跡が、まだ残っていた。
ノエランの両親である兄夫婦は――
ノエランを残し、二人同時にこの世を去った。
アナイスとセルディアンがいない時間、幼いながらも本能的な不安を感じていたのだろう。
家を空けないことも、常に側に置くこともできない。
それでもセルディアンは、せめて――必ずノエランのもとへ戻ると、胸の内で誓った。
――そして、アナイスに対しても。
マガダン侵攻の報せを受け、一目散にルヴァルティエへ向かった。
アナイスには、ノエランとともに安全な場所にいてほしいと願った。
だが、彼女がそれを良しとしないことも分かっていた。
道中、魔獣と戦う騎士団と遭遇し、ダンデの口から彼女の下した判断を聞く。
それが正しいと理解しながらも、自ら危険へ向かっていくアナイスに苛立ちを覚えた。
そのままクラヴィスを走らせ、防衛線へと向かう途中――
胸の奥に、拭いきれないざわめきが広がる。
なぜ、大人しく守られていないのか。
いっそ鳥籠に閉じ込めて、最も安全な場所で囲ってしまいたい。
ルヴァルティエを守れと託したのは自分であるのに、相反する想いに、思わず苦笑が漏れた。
そして――辿り着いた防衛線。
黒い群れの中を、鋭く駆ける一筋の光。
銀色の髪を靡かせ、舞うように戦場を駆け抜けるアナイスの姿。
その美しい光景に、セルディアンは一瞬で目を奪われる。
そして、悟った。
この令嬢は――鳥籠に収まるような存在ではない。
自らの責任と信念を背負い、剣を振るう騎士なのだ。
ならば、守るのではなく――共に戦う。
彼女が迷わず前へ進めるように。
気付けば、セルディアンは一直線にアナイスのもとへ駆けていた。
迫り来る敵の存在も気にならない。
その視線に映るのは、ただ一人――アナイスだけだった。
セルディアンが思索に沈んでいると、
アナイスがかすかに身じろいだ。
小さく瞬きを繰り返し、ゆっくりと瞳を開く。
まだ焦点の定まらない視線が、やがてセルディアンを捉えた。
目が合った瞬間――
ふわりと、アナイスが微笑む。
夢と現の狭間にいるような、淡く揺れる薄紫の瞳。
セルディアンは手を伸ばし、その頬にそっと触れた。
するとアナイスは、その手に甘えるように頬を寄せ――
そのまま、再び穏やかな眠りへと落ちていく。
わずかに口元を緩めるセルディアン。
もう一度、ノエランとアナイスを抱き寄せる。
その胸の奥――さらに深いところから、静かに湧き上がる温もり。
ただそれを抱きしめるように――
セルディアンは、静かに瞳を閉じた。




