105話
やがて、ノエランの健やかな寝息が聞こえてきた。
「……よかった」
アナイスは安堵の息をつくと、ノエランを起こさないよう小さな声で囁いた。
「……今日は一日中ノエランに捕まっていて、仕事が何も進められなかった」
アナイスに倣うように、セルディアンも囁く。
「……本来なら、予定が進まないことに苛立つはずなのに……初めてのノエランの我が儘が、嬉しかった」
兄夫婦を亡くし、セルディアンの養子となったノエラン。
新しく父となった彼の顔色をいつも窺い、自分の気持ちすら口にすることがなかった。
けれど今日は――セルディアンの言葉にも従わず、全身で想いをぶつけてくる。
その年相応の姿に、セルディアンは安堵とともに、確かな喜びを感じていた。
「……ノエラン様には、もっと甘えていただきたいですね」
「ああ。……今まで我慢させていた分もな」
そう言いながら、セルディアンはノエランの頭をそっと撫でる。
その声音には、隠しきれない優しさが滲んでいた。
「君も……」
「え?」
「……」
途切れた言葉に問い返すが、返事はない。
どうしたのかと覗き込めば、セルディアンの瞼は静かに閉じられていた。
初めて見る、セルディアンの寝顔。
わずかに開いた口元から、穏やかな寝息が漏れている。
起きている時の鋭さは影を潜め、ノエランに似た幼さを感じさせた。
見つめ続けるべきではないと思いながらも、アナイスは目を逸らすことができない。
アストラからの帰還後、そのままマガダンとの戦へ。
その後の処理も含め、休む暇などなかったのだろう。
よく見れば、セルディアンの目元には疲れが滲んでいた。
もしかしたら――倒れた自分を、眠る間も惜しんで看ていてくれたのかもしれない。
(……それは、私の願望ね)
アナイスは内心で小さく苦笑すると、ノエランとセルディアンの寝顔を見つめる。
セルディアンは「寝付くまで」と言っていたが――
アナイスは自室へ戻る気にはなれなかった。
ノエランを包み込むように腕を回し、そっと目を閉じる。
穏やかな寝息に包まれながら――
アナイスもまた、静かに眠りへと落ちていったのだった。




