幕間
セルディアン一行は国境を越え、最初の街を訪れていた。
中立を保つこの街には、多くの旅人が行き交っている。
ルヴァルティエ領を出るときに降り始めた雪は、次第に勢いを増していた。
「公爵様、今夜はここで休みましょう」
「ああ」
騎士たちは馬を降り、宿屋へと歩を進める。
しかしセルディアンはクラヴィスをカリスに預けると、「先に休んでいろ」とだけ告げ、足早に雑踏の中へ消えていった。
その背中を呆然と見送る騎士たち。
行き先に心当たりのあるカリスは、楽しげに口元を緩めた。
「公爵様のことは放っておいて、行きましょう」
いまだ首を傾げる騎士たちを連れ、カリスは宿へと向かうのだった。
人々が行き交う街中を、セルディアンは鋭い視線で見渡していく。
やがて、ある店に視線を止めると、迷いなくそこへ足を向けた。
すでに辺りは暗く、店仕舞いの時間。
店主は外で看板を片付けているところだった。
「店内を見ても構わないか?」
「ええ、もちろ……」
気の良さそうな店主が笑顔で振り向くが、セルディアンの姿を認めた瞬間、言葉を失う。
黒尽くめの長身の男。腰には剣。
どう見ても、自分の店――本屋に用があるとは思えない風貌に、店主はぽかんと口を開けた。
セルディアンはそんな様子を気にすることなく、店内へと足を踏み入れる。
素早く視線を巡らせ、ほどなく目当ての一冊を見つけた。
手に取り、中を確かめる。
わずかに、目元が緩む。
それは――花図鑑。
奇しくも、幼い日に開いていたものと同じ一冊だった。
「これをもらおう」
ようやく我に返った店主に声をかけると、店主は慌てて駆け寄ってくる。
「いま、お包みします」
「いや、いい」
短く制すると、セルディアンは紙幣を数枚テーブルに置いた。
そして、そのまま店を後にする。
嵐のように去っていく背中を見送りながら、店主ははっとした。
「お、お客さん! おつり!」
慌てて外へ飛び出すが、そこにセルディアンの姿はもうなかったのだった。
宿へ戻ったセルディアンは、急ぐようにカリスの押さえた部屋へと入る。
マントも脱がぬまま、買ってきたばかりの図鑑を開いた。
頁をめくり、やがてその手が止まる。
視線の先にあるのは――ラベンダー。
その花言葉は――
『あなたを待っています』
指先でなぞったその言葉は、アナイスの声音となり、胸の奥へと静かに落ちていく。
セルディアンは本を閉じると、剣に結ばれたリボンへと触れた。
――その表情は。
おそらく誰も、そしてセルディアン自身さえも知らないほど、柔らかくほどけていた。




