91話
セルディアンが騎士たちの前に立つと、彼らは一斉に騎士の礼を取る。
一糸乱れぬその動きに――アナイスは、思わず肌が粟立つのを感じた。
ダンデは騎士たちを一瞥すると、一歩前へと進み出る。
「この度、新たに親衛隊を設立することになった。名を呼ばれた者は前へ」
――親衛隊。
それは、主を直接守る部隊。
ルヴァルティエ家では、守られる側であるセルディアン自身の圧倒的な強さゆえに、長らく置かれてこなかった存在だ。
だが――先の狩猟大会での襲撃事件。
そして、不穏な皇室の動き。
それらの脅威から、ノエラン、そしてアナイスを守るために設立された。
ダンデに名を呼ばれた者が、一人、また一人と前へ出る。
その誰もが、引き締まった表情の奥に、抑えきれぬ喜びを滲ませていた。
親衛隊は、主を直接守るという特性から、先鋭隊と並ぶ花形の部隊。
そして――アナイスに仕えることを許される、唯一の部隊でもある。
剣を振るい、騎士としての矜持を示したアナイスに、騎士団の面々は強く心を打たれていた。
ゆえに、その地位を望む者は少なくない。
五人の騎士の名が呼ばれた後、ダンデは一つ息を吸い込み、力強く次の名を告げた。
「ランス・ブレナー」
名を呼ばれたランスは、喜びと安堵を滲ませながら、一歩前へと進み出た。
親衛隊となる六人の騎士が揃うと、セルディアンは前へ出て、ランスへと視線を向けた。
「ランス・ブレナー。親衛隊隊長として、隊を率いろ」
その言葉に、ランスは勢いよく顔を上げる。
瞳は驚きに大きく見開かれていた。
「わ、私が……ですか……」
黒狼騎士団は、完全なる実力主義。
貴族であろうと平民であろうと関係なく、力ある者が責ある立場を担う。
それでも――ランスほど年若い者が隊長の任を預かるのは、異例のことだった。
「なんだ、自信がないのか?」
セルディアンが挑むように見据えると、ランスはぐっと表情を引き締めた。
「いいえ」
はっきりとしたその声音に、セルディアンは満足げに口の端を上げる。
ランスは恭しく跪くと、自らの剣を差し出した。
本来であれば主がそれを受け取り、誓いの言葉を告げる――それが慣例だ。
だがセルディアンは、静かにアナイスへと視線を向けた。
「令嬢。君が受け取れ」
「私が……ですか?」
思いもよらぬ言葉に、アナイスは目を丸くする。
「私は、公爵家の人間ではありませんし……」
「ランスも、その方が喜ぶだろう」
戸惑いながら視線を彷徨わせた先で、ランスの瞳とぶつかる。
そこには、期待に満ちた光が宿っていた。
まるで、大きな犬が主を待つかのように。
その様子に、アナイスは思わず苦笑を漏らすと、そっと頷く。
差し出された剣を受け取り、静かに鞘から引き抜いた。
そして、ランスの肩へそっとその切っ先を乗せる。
「ランス・ブレナー、あなたに問います」
静かに、けれど凛とした声音が場に響く。
「その身をもって守ること。
そして、自らの命を守り抜く力を持つこと。
そのいずれをも欠くことなく果たすと、ルヴァルティエの名のもとに誓えますか?」
張り詰めた空気の中、アナイスの言葉はランスだけでなく、全ての騎士へと向けられていた。
命を犠牲にして守るのでなく、守る為に生き抜くこと。
それは、アナイスの願いだった。
「黒狼騎士として――この身をもって主を守り、自らの命を守り抜く力を持つことを、ここに誓います」
ランスはさらに深く頭を垂れ、力強く誓いの言葉を口にする。
それに倣うように、選び抜かれた騎士たちもまた、一斉に跪いた。
その光景を眺めていたセルディアンは、くつりと小さく笑みを漏らす。
「このままでは、黒狼騎士団の連中が皆、光馬騎士団に編入したいと言い出しかねんな」
「……笑えませんよ、公爵様」
隣に立つダンデは、思わず苦い思いで呟いた。
部下たちのアナイスへ向ける目の輝き。
それを見ていると、セルディアンの言葉を冗談として受け流すことができないのだった。




