90話
「体調は?」
「……おかげさまで……」
昼を過ぎた、ルヴァルティエ家の訓練場。
顔を合わせるなりセルディアンに声を掛けられ、アナイスは気まずさに視線を逸らした。
朝、リセの声で目を覚ましたアナイスは、頭の痛みに悶え苦しんだ。
――昨夜。
胸に残る痛みから目を逸らすように、セルディアンの制止も聞かず、グラスを空け続けた。
その結果――アナイスは人生で初めて、“二日酔い”というものを体感する羽目になったのだった。
そんなアナイスの様子は想定内だったのか、セルディアンの指示により、リセはいつもより遅い時間に起こしに来てくれた。
朝食の代わりにと、二日酔いに効くスープまで用意されていた。
その後、セルディアンから呼び出しがかかるまで、部屋でゆっくり休ませてもらっていたのだった。
自分の行動を悔いるように、アナイスは眉を下げる。
そんな様子に、セルディアンは喉の奥でくつりと笑い、アナイスの頬をそっと撫でた。
「飲ませすぎたな」
「いえ、自業自得です……」
頬に残るぬくもりと、セルディアンの優しい声音に、アナイスの胸の奥が、どきりと騒がしくなる。
この距離ではその音まで聞こえてしまいそうでアナイスは一歩、距離を取った。
しかし。
セルディアンは面白くなさそうに眉を寄せると、その一歩を埋めるように、さらに近付く。
ふわりと鼻をくすぐる、シトラスの香り。
(……っ)
昨日、抱きしめられた時のことが不意に蘇り、胸のざわめきが一層強くなる。
思わず、さらに一歩距離を取る。
――だが。
セルディアンもまた、追うように一歩踏み込んだ。
「……なにをされてるんですか」
そんなやり取りを何度か繰り返したところで、騎士団長のダンデが呆れたように声をかけてきた。
気恥ずかしさに、アナイスが視線を彷徨わせていると、その間に騎士団の面々が次々と訓練場へ集まってくる。
その様子に、セルディアンは小さく息を吐くと、アナイスへ声を掛けた。
「令嬢、ついてこい」
その言葉に頷き、アナイスはセルディアンの背を追うのだった。




