少年の思い出
少年の母親は言った。
「あんたのためだからね。公園で遊んでこりんさい。子供のときに外で遊ばないと。」
「私はこれから、洗濯物を取り込んで、畳んで。夕食の準備をして…仕事から帰って、ゆっくりしたいねえ。」
「わかった。行ってくる。」
少年は答え、外へ出る準備をした。
公園に着くと、そこでは同級生達が遊んでいた。
「よお、遊ぼうぜ」
「うん」
しばらく、サッカーで遊んだ。ひたすらパスをする。公園の周りは車がほとんど通らないのでボールを蹴る音がよく響いた。強く蹴ったり、止めずにそのまま蹴り返す。しばらくそのパスを繰り返した。夕方になり、穏やかになった日差しが妙な心地よさを作り出した。たくさんパスは続いた。最初のうちは、今日学校であったことや、夏休みに行った場所などの会話が、ボールと一緒に弾んだ。しかし、次第に会話が少なくなって、ただボールをパスするスピードだけが上がっていった。会話も完全に止まって、ひたすら真剣に、ボールを相手にめがけて蹴る。そのとき、同級生の一人が強く蹴り上げて、ボールは少年の上を飛び越えていってしまった。公園の一つ隣の、知らない人の家の庭に吸い込まれていった。
「おい、どうするんだ」
蹴った本人とは別の同級生が言った。
「君が飛ばしたんだろ。だったら君が取りに行くべきだ」
「ええ、うーん。そうだ。一緒に取りに行かないか」
ボールを遠く飛ばした同級生は、少年の方を向いて言った。
「いいじゃんか、お願い。ほら、前に同じような状態になったとき、ついて行ってやったじゃんか」
「うん、わかったよ」
少年は同級生について行った。あかね色の空に、カラスが鳴いていた。幸い、そのボールが入り込んだ家に人の気配はなかった。
「よかったな。もし、この家の人に気づかれていたら、お前も怒られていたぞ」
「そうだね」
さっとボールを回収し、公園に戻った。しばらくの間、みんな静かにボールを蹴った。
その夜、少年はなかなか寝付けなかった。薄暗い部屋で一人、天井を見上げ続ける。どれだけ耐えても、やはり眠れない。何か飲み物でも飲むためにリビングへ行こうと、部屋を出ようとした。そのとき、棚から何か落ちた。コインのようだった。静かな夜に跳ねる音が激しく響いた。少年はそれを認めたが、無視してリビングへ行った。
次の日、三限の授業が終わった後の昼休み、少年はお弁当を食べながら、外を見ていた。すでに昼食を食べ終わった数人の生徒が、まだほとんど人がいない校庭を広々と駆け回っていた。交代の鬼ごっこだった。必死で逃げていた子が、タッチされた途端に追いかける側に変わった。タッチされた子は、すぐに誰かの背中を追った。さっきまで散々協力をして鬼を煽っていた、今まで仲間だったはずの友達は、嫌なウイルスをうつされたように、ひたすらけわしい顔をしながら、新しい鬼となった子から逃げていた。
しばらく、鬼は変わらなかった。どうやら、新しく鬼となったその子は、先ほど得意げに逃げたときに、体力を著しく消費してしまったようで、泣きそうになりながら、いや、ほとんど泣きながら、素早く逃げる友達の背を追っていた。やがてその子は、走るのも困難になってしまった。するとそれまで逃げていた子達は、その鬼の様子を確かめると、近づいて、でも急に鬼が走り出したとしても逃げられるであろう距離をとりつつ、前の鬼にしていたように、笑って罵った。
少年は教室から、校庭のその様子をただ見ていた。放送で、「昼休みの時間は、あと十分です」と流れた。食べているお弁当箱の方に目を戻すと、まだ半分も減っていなかった。
帰り道、まだベタつくような暑さを残していたが、それでもいくらか和らぎ、過ごしやすい気候になっていた。道中、少年は久しぶりにカマキリを見て、ふいに足をとめた。少年の見つめるその夏の名残は、道路の真ん中で佇んで、ほとんど動かなかった。そっと、つま先でつついてみた。するとカマキリは鈍く、のっそりと動いた。動いたというよりも、少年につつかれた慣性で、そう見えただけかもしれない。やはり、カマキリはほとんど動かなかった。口元をよく見れば、なんとなく生きているということはわかるのだが、それも風か、体の中でうごめくものの影響に過ぎないかもしれないのだった。少年はその、つついてもほとんど反応のないカマキリから目を離して、再び歩き始めた。
夜、少年は再び寝付けなかった。飲み物を飲もうとリビングに向かおうとした。コインは拾われないまま、床に転がっていた。窓が開いていた。少し、ひんやりとした空気が入ってきた。少年は自分が落としたはずのコインを見ていた。でも、やはり少年は無視して、リビングに向かった。




