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浮浪少女と勇者の剣  作者: 空色 理
終章 新たな旅立ち
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終章 新たな旅立ち

 目を開けると、木の天井が目に入った。

(あれ…?)

 魔王の城に、こんな場所があっただろうかと思ってみて、オルテンシアは自分がベッドに横になっていることに気がついた。ゆっくりと目を動かして周りを見てみる。どこかの宿だろうか。ベッドの右横には窓があり、換気の為か開け放されている。風に乗って仄かに香辛料の香りがした。どこかで料理をしているようだ。

 今度は視線を左側にずらしてみると、赤い色が見えた。よく見るとそれは髪の毛で……

「アン!良かった!目が覚めたんだね」

「…ジオー…ラ…?」

 掠れた声しか出なかったが、徐々に意識ははっきりしてきた。

 ジオーラは目に涙を浮かべて何度か頷いては、布団に手を差し入れて、オルテンシアの手を握った。その手の温かさに、オルテンシアの目頭は熱くなり、涙がこぼれ落ちる。

(私……生きてるんだ……)

「やったな、アン。あたし達は、遂に魔王を倒したんだ」

「…みんなは、無事?」

「ああ。多少怪我はしたけど、みんなピンピンしてるよ」

「そっか……良かった……でも、エクリプスは……」

 オルテンシアが言葉を詰まらせると、ジオーラは笑って、「ちょっと待ってな!」と部屋を出ていった。それを不思議に思っていると……

「私が、どうかしましたか?」

 入れ替わるようにエクリプスが部屋に入って来た。

「ッ!!」

 その姿を見た途端、オルテンシアはベッドから飛び起きたが、全身に痛みが走り、体は思うように動かず、勢い余ってベッドから落ちそうになってしまう。

「マスター!」

 エクリプスは駆け寄ると体を支えてくれる。なんとか床に落ちずに済み、エクリプスはオルテンシアを再びベッドに寝かせようとしたが、

「…エク…リ、プスっ!」

 オルテンシアはエクリプスにしがみついては、堪えきれずに声を上げて泣いた。エクリプスは驚きながらも、優しく背中を擦ってくれる。

「オルテンシア。よく……頑張りましたね」

 エクリプスの言葉で、更に涙が溢れ出す。

 ひとしきり泣いたあと、オルテンシアはそっとエクリプスから離れた。

「…ごめん。急に泣いたりして…」

 オルテンシアが謝ると、エクリプスは目元を和らげ首を振る。

「いいえ。何も悪いことなどないですよ」

 そう言っては、オルテンシアの目元や頬に残る涙を、服の裾で拭ってくれる。

「……ありがと」

 オルテンシアは気恥ずかしくて、少しエクリプスから視線を逸らす。

「エクリプスは、魔王を倒したら消えちゃうのかと思ってたけど…」

 恥ずかしさを紛らわす為にも気になっていた事を言うと、エクリプスは神妙な顔で頷いた。

「そうですね。私もそう思っていました。けれど、魔王を倒した瞬間、私を呼ぶ貴女の声が聞こえてきて、消えたくないと強く願ったのです。せめて、崩壊する城から、貴女を逃がす為の時間だけでも欲しいと……気がついたら、また人型になることが出来ていました。貴女が眠って起きるまでに丸一日経っていますが、どういうわけか、今もこうして活動出来ています」

「そっか……よかった。でも、なんでだろう?」

「これは、推測にすぎませんが……」

 エクリプスは少し考えるようには首を傾げては、少し真面目な顔をする。

「私は恐らく、生まれた時から既に、魔族ではなかったのかと。剣という本心があることで、魔王の分身というより、言わば"もう一人の魔王"とでもいうような魔王と同格の何かで、そして、魔王を倒した今、魔王をも凌駕する力を手に入れた……もしかしたら今の私は、魔王よりも危険な存在かもしれません」

 そう言っては、エクリプスは悲しげに俯いた。しかし、それとは対照的に、オルテンシアは明るく笑う。

「大丈夫だよ!だってエクリプスは、人間になるんだから」

「え?」

「前に話していたでしょ?人間になりたいって。もう魔王を倒す使命は終わったんだから、今度こそ、人間になる方法を探しに行こうよ!エクリプスが人間になったら、脅威でもなんでも無くなるし、一石二鳥じゃない!」

「マスター……ありがとうございます」

 エクリプスは驚いて目を丸くしながらも、嬉しそうに言った。それを見て、オルテンシアは胸の中が熱くなる心地がした。

「何年かかっても、絶対に方法を見つけてみせるから……だから、これからも、一緒に居てくれる?もう魔王は倒したから、私があなたのマスターでいる必要はないけど、それでも、今度は"マスター"じゃなくて、"友人"として、一緒に居させてもらえないかな?」

 言いながら不安で、つい俯いてしまうと、エクリプスはフッと笑っては、オルテンシアの顔に手を伸ばして、そっと顎に触れる。

「顔を上げて下さい。オルテンシア」

 請われるままに顔を上げると、エクリプスは優しく微笑んでいる。

「それは、私の台詞ですよ。私の方こそ、これからも貴女の側に居させて貰えませんか?もう貴女を戦わせたりしません。私は"マスター"ではなく、"オルテンシア"という少女と一緒に居たいです。人間になるという目的の旅の供としても、そうではなくても、ただ、一緒に」

 そう言いながらオルテンシアの手を握って、真剣な顔をするエクリプスを直視出来なくて、オルテンシアは視線を彷徨わせる。

「おやおや。おたくも隅におけないねぇ〜」

 その時、茶化すようなジオーラの声がした。驚いて戸口を見れば、なんだか嬉しそうに笑うジオーラと、ジオーラの影から遠慮がちにこちらを見るユースティティア、優しく笑うオーガスト。

「ちょっと!姐さん!からかっちゃダメですよ」

 と、ジャックがジオーラを諌める。そんなジャックを軽く小突きつつ、ジオーラはオルテンシアに目を向ける。

「エクリプスを人間にする旅、もちろんあたしも連れてってくれるんだろ?」

「えっ?……それは嬉しいけど……いいの?」

 驚くオルテンシアに対し、ジオーラは大袈裟に溜息をついた。

「当たり前だろ!乗り掛かった船だ。最後まできっちり見届けさせておくれよ」

「ありがとう!」

「それなら、私も…」

「儂も協力しますぞ。トゥーべ国に行けば、何某かの資料を見つけられるかもしれんしな」

 ユースティティアやオーガストも声を上げる。

「二人とも…」

 二人の言葉が嬉しくて、オルテンシアの目には再び涙が込み上げる。慌てて拭うと、エクリプスが笑う。

「今日のマスターは、泣いてばかりですね」

「ぅう……それは、泣かせるみんなが悪い!」

 オルテンシアが言うと、その場に笑いが起こる。

「もう!笑わないでよ…」

 言いながら、オルテンシアの顔にも笑みが広がった。

(本当に、終わったんだ)

 楽しげに笑う仲間たちの顔を見回しながら、オルテンシアはこれからの冒険に思いを馳せた。

 早春の風が、優しく髪を撫でている。それは新しい時代の始まりを告げるように、または後押しするように穏やかに、優しく薫るのだった。

 

                      完

 

お読み頂き、ありがとうございました。

「貴女は、強い」その言葉で立ち上がり、ボロボロの体に鞭を打っては、強敵に向かっていく少女のイメージが浮かんだことが、この物語との出会いでした。

明日の命すらも危うくて、希望を見出せないオルテンシアと、そんな彼女を信じて疑わないエクリプス……何度も自信を失いかけるオルテンシアを、エクリプスは真っ直ぐに支え続けます。そんな関係を羨ましいなと思いつつも、自分も!と勇気を貰った作者です。

願わくばこの物語が、自分だけの強さを信じ、武器にして、現実を突き進む勇気を与えてくれる……そんな物語であればいいなと思っております。

そんな大きなことを言えるような文章力ではないのは重々承知の上ですが、楽しんで読んで下さったのなら、嬉しいです。

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