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浮浪少女と勇者の剣  作者: 空色 理
第五章 魔王の城へ
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第五章 魔王の城へ(2)

           2

 

 翌日。一行は町を出るつもりだったが、朝から吹雪で、とても旅に出られる状況ではなかった為、仕方なくもう一泊することにした。各々武器や道具の手入れをしながら時間を潰す。エクリプスが錆も刃毀れもしない剣な為、特別道具の手入れがないオルテンシアは、ユースティティアと薬草をすり潰して過ごしていた。それを、オーガストが適切な分量に仕分けて薬にしていく。今は、解熱剤を作っているところだった。

「う〜……匂いが苦い…」

 渋い顔をしながらすり鉢の中の薬草をすり潰すオルテンシアを見て、ユースティティアはクスリと笑った。

「独特な匂いだよね。……辛かったら休んでいいよ?」 

「だいじょうぶ〜」

 しばらく薬草をすり潰して、やがてそれも終わると、いよいよ暇になった。時刻はまだ昼。一行は、宿屋の一階にある食堂で昼食を食べる。その間に吹雪はだいぶ収まり、町民達は雪かきに出始めた。

「あたしも手伝って来るかねぇ~。じっとしてると体がなまるし…」

「あ、私も行く!」

 ジオーラが立つのに、オルテンシアも続いた。

「それなら、私もお供します」

 エクリプスがいつの間にか人型になって言ったが、オルテンシアは首を横に振る。

「エクリプスはダメ!誰が見てるか分からないでしょ?ちょっと雪をかいてくるだけだから、大丈夫。ジオーラもいるし」

「…分かりました。お気をつけて……」

「うん!じゃ、またあとで!」

 ジオーラと共に駆けて行くオルテンシアを、エクリプスは心なしか寂しそうに見送った。

「……エクリプス。オルテンシアは大丈夫じゃよ」

 オーガストが薬を片付けながら言う。エクリプスはハッとしてオーガストを振り返る。

「あの子はおまえさんとの旅で成長しておる。もう、おまえさんが守るだけの存在ではない」

「…そう…ですね……」

 もう自分が常日頃傍に居なければならないほど、オルテンシアが子どもではないのは理解していたつもりだったが、まだどこかで過保護になってしまう自分がいるのを自覚して、エクリプスは些か気分が沈んだ。時間が経つにつれて成長や老化をすることがない自分は、時折感じる周りの変化を目にする度に、自分だけが置いていかれる感覚に陥っていた。そんなエクリプスの心情も分かっているようにオーガストは頷く。

「ただ、おまえさんあってのオルテンシアだとも、儂は思う」

「そうでしょうか?」

「そうですよ!アンちゃんだって、エクリプスさんのことを一番に信頼していますし、エクリプスさんにとって相応しいマスターで居ようと頑張ってます」

 ユースティティアも同調すると、エクリプスはようやく笑顔を見せる。

「そうですね……マスターは本当に優しい子です。怖いだろうに、逃げ出さず、たいしたわがままも言わずに、魔族を倒してくれています……出来ればそんな子に剣など握らせたくは無かったですが、あの子ほど信頼出来るマスターには、もう出会えないという気がしています。私は……もうあの子を手放してはあげられないかもしれない……」

 そう言うエクリプスの表情はどこか穏やかで、慈愛に満ちている。

「……魔王討伐以外に、私が何かを望むとしたらそれは……マスターの幸せ以外には無いでしょうね」

 宿の窓の外には、町民と共に雪かきをするジオーラとオルテンシアの姿があった。エクリプスはその様子をただ、眩しそうに眺めていた。しかし……

「っ!!」

 不意にエクリプスの顔が歪む。

「どうしたんですか?」

 ユースティティアが慌ててエクリプスの視線の先を見ると、

「魔物!?」

 熊のような姿をして赤い瞳をギラつかせた魔物が三体、雪かきをするオルテンシアたちに迫って来ていた。

「二人共!行きましょう!」

 エクリプスはそう声を掛けながら、部屋にあったジオーラの剣を掴むと、迷いなく窓を開けて外へ跳び出した。

「えぇ~!?」

 ユースティティアは驚いて窓枠まで駆け寄るが、エクリプスは落下の衝撃を感じさせない身のこなしで着地すると、「ジオーラっ!!」と、ジオーラに向けて剣を投げる。

「お、おう!」

 ジオーラは驚きつつもしっかりと剣をキャッチすると、すぐさま剣を構えた。

「さあ、儂らも行くぞ」

「は、はいっ!」

 呆けていたユースティティアを促し、オーガストも宿の外へ急ぐ。

「マスター!」

 エクリプスはオルテンシアに手を差し出す。

「うんっ!」

 オルテンシアがエクリプスの手を取ると、エクリプスは剣に変じる。

「アン。あたしが攻めるから、タイミングを見てフォロー頼むよっ!」

「わかった!」

 ジオーラが三体の動きを見ながら剣を振り回して魔物を牽制する。ジオーラの動きに隙を見つけられずに攻めあぐねている魔物達の隙を見つけては、オルテンシアは斬り掛かった。軽く刃が当たるだけでも面白いように魔物の体は両断され、倒されていく。

「……いつも思うが、まるで紙でも切ってるみたいだな……流石は魔族特効の剣だ」

 ジオーラは感嘆混じりに呟く。その間にもオルテンシアの攻撃で魔物は倒され、あっという間に三体を倒し終えた。

「やりましたね!」

 ユースティティアが快哉を叫ぶ。が、ふと違和感を感じて周囲に目を向けた。今まで雪かきをしていた町民達は、オルテンシア達を遠巻きに見ていたが、どこか様子が可怪しい。皆、不安そうに眉根を寄せている。ヒソヒソと小声で話し合う者もいた。

「あのう……どうかしましたか?」

 ユースティティアが声を掛けると、町民の一人が怒りを露わにした表情でユースティティアの傍へやって来た。

「まさかあんたら……魔王を倒しに行くんじゃないだろうな?…あの子の剣、エクリプスだろ?」

「そ、それは……」

 どうやらこの町は、魔王に恐怖するあまり、従っている類の町だったようだ。

「確かにそうじゃが……お主らが黙っておれば、魔王に知られて罰を受けることもあるまい。お主らはエクリプスを見てはおらんし、ただ旅人が魔物を退治して去って行ったということにしておいてはどうじゃ?」

 オーガストが言うと、町民達は迷うようにする。

「け、けど……知らなかったで通しても、ここを通ったことを見抜けなかったと罰を受けるかも……」

「そうだ、そうだ!それに、魔族の中には、人の記憶を読める奴がいるって噂だ。そいつに記憶を読まれたら、嘘はバレちまう……」

「……」

 怯える町民を見て、オルテンシアは悲しい気持ちになる。オルテンシアも生まれてからずっと魔王の支配を受けるのが当たり前だったので、町民達の言っていることが、あながち間違いではないことは分かっていた。魔王は支配下の町に時々部下を寄越しては、きちんと魔王に従う意志があり、実行出来ているかと確認しに来ることがあった。少しでも反発の意志があると見做されれば、良くて疑わしい者の処刑、悪くて町ごと焼き払うかの二択だった。そんな状況下では、魔王の報復を恐れて小さくなってしまうのも仕方がないことだと、オルテンシアも分かってはいた。いたが、それは自由も恐怖の終わりも見えない、辛い暮らしだと思う。エクリプスなら魔王を倒せると知りながらも、魔王の勢力が強過ぎるあまり、表立てて応援するわけにいかない……そんな複雑な状況に、歯痒いばかりだ。

(みんなだって、自分の生活を守りたいだけだもんね。なら、私に出来ることは……)

「それなら…」

 意を決して、オルテンシアは声を上げた。皆の視線がオルテンシアに集まる。

「私達がここへ来たことを知らせてもらって構いません。もし咎められたら、捕らえて魔王様に差し出すつもりだったけど、思ったより手練で、まんまと逃げられましたって……そう言えば、罰は少なく済むか、受けなくて済むと思います。なんなら今、私達を捕まえようとする芝居を打ってもらっても構いません」

 オルテンシアの言葉に町民は目配し合う。オルテンシアは仲間に向き直り、申し訳無さそうに眉尻を下げてみせた。

「ごめん。勝手に決めて……みんなは、それでもいい?」

 オルテンシアが問いかけると、仲間たちは一様に微笑んだ。

「マスターの仰せのままに」

「いいよ!魔王を倒すまでの辛抱だ」

「私も賛成です」

「今はそれが、お互いの為にも良いと思う」

 皆の賛同を得て、オルテンシアは一つ頷くと、町民に向き直る。

「皆さんはどうでしょう?」

 町民達は互いに目配せし合いながらも、先程よりは不安の色が薄まったようだった。やがて一人の男が一歩前に出ると、ニッと笑う。

「俺たちは、あんた達がここへ来たことをあえて公表まではしない。報告の義務まではないからな。けれど、聞かれたら教えさせてもらう。そして申し訳ないが、今夜は泊まらせてやれない。今倒した魔物が、魔族があんたらに勘づいて寄越したやつではないと思うが、念の為な……おい、みんな!それでいいか?」

 男が町民達を見回すと、「魔物を倒してもらったしね」「本当は応援してやりたいんだけどな…」など口々に言いながら、男の言葉に異論はないようだった。

「ありがとう!……私、必ず魔王を倒して見せるからね!」

 オルテンシアは笑って礼を言うと、町民達にも笑みが浮かんだ。

 それから一行は、荷物をまとめると日が落ちかけた町を出た。せめてもの助けにと、宿の主人が持たせてくれた具が沢山入ったスープと、焼きたてのパンに、オルテンシアは心まで温まる心地がして、雪山の中を歩くうちも、ちっとも寒さを感じなかった。

「魔王を倒したら、またこの町に来て、お礼をしよう!」

 オルテンシアが言うと、「そうですね」と隣を歩くエクリプスが笑った。

 

 ーーその町が焼き討ちに合い、地図から消滅したのは、それから二日後の出来事だったが、オルテンシア達がそのことを知るのは、もっと先の話だ。

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