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浮浪少女と勇者の剣  作者: 空色 理
第五章 魔王の城へ
14/19

第五章 魔王の城へ(1)

           1

 

「そっち行ったぞ!オーガスト!」

「承知した!」

 大きな熊の形をした魔物がジオーラから逃れるように走り出す。それをオーガストの魔法が止めさせる。

「オルテンシア!」

「はいっ!」

 オーガストに呼ばれ、オルテンシアは剣を振るう。面白いくらいにあっさりと、魔物を両断する。魔物が倒れたのを確認すると、一行は緊張を解いた。オルテンシアが剣を布で拭って綺麗にすると、剣は白く発光して、人型になった。

「マスターの剣の腕も、上達してきましたね」

 エクリプスはそう言っては、嬉しそうに笑う。

「とは言っても、ジオーラやオーガストの助けがあってやっとだけど…」

 オルテンシアは恥ずかしそうに俯くが、ジオーラはそんなオルテンシアの背を叩く。

「そういう時は、素直に喜んでおけばいいんだよ」

「うん!」

 一行はトゥーべ国を出て更に北、魔王の城を目指して旅を続けていた。冬の為旅は控え、カザンに逗留していたかったが、ラミアの襲撃があった為、更なる追撃の可能性を考えてのことだった。

 とは言っても、北に進むにつれて雪の量も増え、寒さの度合いも厳しくなるので、天候を見ながら近くの村や町で休みながらの旅だった。宿に泊まる為の資金稼ぎとして、ギルドに貼り出されている依頼をこなしながら進む。今倒した魔物も、依頼の一件だった。魔族は人間の活動範囲を限定する為に、各所に魔物を解き放っていて、そのせいで生態系のバランスが崩れていることがあった。魔物は畑を荒らしたり、人を襲ったりすることから、魔物退治は死活問題であり、どこの村や町でも、高い報酬が約束されていた。

「よし!村に戻るか!」

 予め持ってきていた荷車に魔物の死体を載せてロープで縛り、雪深い中をみんなで荷車を押していく。倒した証として、ギルドに持ち帰らなければならないのだ。

「これから先は、積極的に魔族と交戦しない方が良いじゃろうな…」

 ふいにオーガストが呟くと、ジオーラも頷く。

「確かに……これから先は魔王の膝元だ。あたしらが魔王退治に向かっているとバレたら、魔族も人も総出で捕まえに来るだろうね…」

「じゃあ、魔族のいる町は避ける?」

 オルテンシアがエクリプスを振り返ると、エクリプスは頷いた。

「不本意ですが、魔王を倒せば魔族は消えるのですし、余程のことがない限りは、隠れて進むべきかと……襲われたら戦うくらいでいいでしょう。私も、姿が知られている場合も多いので、町や村ではあまり人型にならないようにします」

 着実に魔王の城は近づいている。その緊張感でオルテンシアは寒さとは別に、身が引き締まる思いがした。

           ※

 一行はギルドにて報酬を受け取ったのち、定食屋で食事をしていた。

「そういえば、私達はラミアを逃がしてしまいましたし、私達の情報が、魔族側に伝わっていることはないでしょうか?」

 ふと、ユースティティアが不安そうに言った。

「確かに……あたしら、それでなくても目立つよな…」

 ジオーラに言われて、オルテンシアはなんとなくみんなを見回した。女剣士に魔法使い風の老爺はいいとしても、幼く見えるユースティティアと子どもな自分は、確かに目立つかも知れないと思った。これに人型のエクリプスが加われば、もっと違和感かもしれない。

「うむ……昔は宝や秘境を目指して旅をする冒険者が居たものだが、ここ最近は魔族の妨害があることもあって、数はめっきり減ったからのう……旅をしている状況すら、滑稽に映るかもしれんのう…」

「じゃあ、変に勘繰られないように、最もらしい言い訳を考えておく?」

 オルテンシアが言うと、皆首を捻った。

「言い訳かぁ~……職探し……なんかどうかな?」

「職探し?」

 ジオーラの言葉に、オルテンシアは首を傾げる。

「魔王配下の軍隊に入れば、給料良いらしいじゃないか。城の護衛兵になりたいってことで、北の城を目指しているってのはどうだい?」

「それが妥当かのう……」

 オーガストはそう言って髭を触る。

「魔王の軍隊か……うーん。なんか嫌だけど、しょうがないか…」

 オルテンシアも渋々頷く。それを見て、ユースティティアは不意に手を打った。

「それなら、薬売りの商人なんてどうでしょう?私とオーガストさんが作った薬を各所に売り歩く為に、ジオーラさんと、見習い剣士のアンちゃんが護衛としてついてきているというのは?」

「あっ!それ、いい!」

 オルテンシアの顔がパァーっと明るくなる。

「おお!そのほうが人助けっぽくていいな!オーガスト、実際薬って作れたりするのか?」

「ふむ。熱冷ましや咳止め、傷薬なら作れるのう……冬だから薬効の少ない薬草しかないが、組み合わせ次第でなんとかなるじゃろ。儂も旅に役立つと思って、幾らか薬草を持ってきておる」

「オーガストさん。私にもお薬の作り方を教えて下さい。お手伝いしたいです!」

「あ、それなら、私も!」

 ユースティティアとオルテンシアが目を輝かせる。

「よかろう。教えて進ぜよう」

 オーガストはそんな二人を、孫を見つめるような優しい瞳で見つめて頷いた。

 

 こうして、オルテンシアたち一行は、旅の薬売りとして、貧しい村や町で、ひっそりと薬を作っては売るようになった。それから特に妨害もなく、一行はゆっくりと、しかし確実に魔王の城へと近づいて行くのだった。

 そして、そんな旅が一週間は続いた頃、次の町へ行く道中、地図を見ながら歩いていたジオーラが、時々こっそりと後ろに視線を送っていることに、オルテンシアが気づいた。

「ジオーラ。どうかしたの?」

 尋ねるもジオーラは少し険しい顔をして前を向いたまま、「町に着いたら話す」と短く言っただけだった。見ればオーガストも、ジオーラの言わんとすることを察しているようだった。

『…人に付けられています。今は知らないフリをして、機会を待ちましょう』

(!?…わ、わかった…)

 エクリプスに言われた通り、オルテンシアは動揺を悟られないように平静を装って、歩き続けた。ユースティティアも不思議そうにしていたが、結局何も聞かずに皆に倣って歩き続ける。それから三十分程で町に到着した。そこは宿場町で、比較的人が多く、賑わっている。門を入ってすぐの大通りでは、夕暮れ時とあって明かりのついた宿や食堂が幾つかあって、いずれも人が多くいた。

「まずは食事にしよう!」

 ジオーラがいつものように笑って、一行は食堂に入る。出入り口は一つしかないし、客入りも多かったが、なんとかテーブル一つを確保して座る。

「さて…と」

 ジオーラは運ばれてきた水を一口飲むと、一行を見回した。

「誰だろうな…?」

「はて…しかし、店には入って来なかったようじゃな……念の為、皆にシールドの魔法をかけておこう。一度なら、攻撃を弾くことが出来るじゃろう」

「便利な魔法だな!ありがとう」

 オーガストが軽く杖を振ると、一瞬小さな光が雪のように皆に降りかかると、すぐに消えた。

「これで魔法がかかったの?」

 驚くほどに何の感覚もなくて、オルテンシアは言う。オーガストは笑って「そうじゃ。効力は二十四時間じゃが、武器や魔法での攻撃だけじゃなく、平手打ちのような軽い衝撃でも発動してしまうから、気をつけなさい」と言った。

「わかった!」

「あの……追っ手がいるってことですか?ひょっとして、魔族?」

 ユースティティアが怯えたように肩を竦める。

「アン。エクリプスは何か感じてないか?」

「えっとね……"魔族じゃない。人間だろう"って…」

「人か……見たところ一人だったが、何が目的なんだか…」

「恐らく向こうから接触してくるじゃろう。警戒しながら、それを待ったほうが良さそうじゃ。下手に騒ぎを起こすこともなかろう」

「……そうだな」

 ひとまず一行は食事を取り、なんとか宿を取ると、早めに床についた。一晩中、エクリプスは剣の状態で辺りを警戒していたが、忍び込んで来るものは無かった。

 

 翌日、一行は薬をいくつか売ると、足りない備品や食料の買い出しに出かけた。尾行してきていた人間を警戒し、全員で移動する。

 そして、食料を買い終えて店の外に出た時、不意に「ちと、尋ねたいんだが…」と、男の声がオルテンシアを呼び止めた。

「はい?」

 少し警戒しながら声のする方へ顔を向けると、年季の入ったマントを纏い、フードを被った男だった。

「何用かな?」

 オルテンシアの傍にいたオーガストがやや硬い声で問うと、男は少し慌てたように両掌をこちらに見せては、忙しなく振った。

「いや!別に怪しいもんじゃないんだ!信じてくれ。俺はサイモンって言って、武器商を生業にしてる。ちょっと、その子の持ってる剣が、俺が探している物に似ていたから、思わず声をかけちまっただけなんだ」

 そう言ってフードを取ったサイモンは、四十代前後位の、垂れ目で顎に少しだけ髭を生やした、武器商人と言う割には甘い顔をした男だった。

『っ!?』

 サイモンが顔を露わにした時、オルテンシアの脳内に、僅かにエクリプスの短い悲鳴が聞こえた気がした。

(エクリプス?どうかした?……エクリプス?)

 オルテンシアが問いかけるが返事がない。しかし少しすると、『……どうして…』と、エクリプスの呟きが聞こえた。

(え?)

 聞き返すと不意にオルテンシアの足が、勝手に動いて走り出す。

「えっ!?…ちょ、ちょっと!なに!?」

 オルテンシアが声を上げてもお構い無しで、どんどん加速する。

「おい、アン!どこ行くんだ!」

 ジオーラが慌てて声を掛ける。

「わ、分かんなーいっ!!」

 オルテンシアは叫びながら路地を抜けて、人気のない方へ走っていく。

「な、なんだありゃ……とにかく、あたしはアンを追う!後は任せた!」

 ジオーラはオルテンシアを追って走り出す。

「わかった」

 そう答えてオーガストは、サイモンを見やる。しかし、サイモンは首を大きく横に振る。

「俺は何もしてないですぜ!」

「アンちゃんの意思じゃないようでしたね…」

 ユースティティアが首を捻ると、オーガストも頷いた。

「オルテンシアのことは、ひとまずジオーラに任せておけば大丈夫じゃろう……それより、サイモン。あんたじゃろ?儂らを付けておったのは。…訳を聞かせて貰おうか」

          ※

「ちょっと!ストップ!ストーーップ!!」 

 オルテンシアが叫び続けると、道を逸れた森の中でようやく足が止まった。

「ハァ、ハァ、ハァ……ねぇ、今のって……エクリプス?」

 オルテンシアは腰に差した剣に向けて声を掛けるが、反応がない。

「ねぇ!エクリプスってば!」

 もう一度強く声をかけると、剣が白く光った。オルテンシアが鞘から剣を抜いて地面に置くと、剣は人型に変化した。

「……申し訳ありません」

 エクリプスは俯いて呟く。

「…別に良いけど……何があったの?」

 オルテンシアがエクリプスの顔を覗き込むと、エクリプスは青い顔で、目はここではないどこかを見ているような、虚ろな様子だった。

「エクリプス……ひょっとして……怖いの?」

 オルテンシアは聞きながらエクリプスの手を取る。いつもと違って、驚くほど冷たかった。手を取った一瞬、エクリプスはビクッと体を跳ねさせ、オルテンシアに目を向けた。

「ーーごめんなさい……ちょっと、驚いて……思わずマスターを使って、逃げてしまいました」

「サイモンさんって人のこと、知ってるの?」

「ーーはい。サイモンは……かつてのマスターです」

「えっ!?」

 予想外の答えに、オルテンシアは目を見開いて固まった。

「…サイモンは、今から十年程前に仕えたマスターです。最初は魔物を倒しながら魔王の城を目指していましたが、あまりに簡単に魔物が倒せることから、段々と魔王を倒すことより、私で財を成すことに囚われるようになりました……それこそ、各地の魔物を倒して資金を稼ぐと、武器商人として武器を売り歩いては、更に富を増やしていきました。挙げ句、小さな領地ではありますが、男爵の位を手にしました。お金と権力に目がくらみ、私で魔王を倒しに行かないという条件で、見逃されていたのです」

「……そっか……でも、なんでエクリプスはそこまで怖がるの?」

「……サイモンが怖いのではありません。サイモンを前にした、私自身が怖いのです…」

「…どういうこと?」

「以前マスターに、私に束縛の魔法を掛けた元マスターがいると話しましたよね?それが、サイモンです。私は、サイモンに対して何度も魔王を倒しに行くように説得しました。彼は元々、魔王に屈しないで戦う意志を強く持っていた貴族の嫡男でした。けれど魔族によって、一族が殺されてしまい、路頭に迷っていました。魔王に一矢報いたい想いが強くあったのです。その心がまだ残っていると信じたかった……でも、とうとう彼は私の言葉に耳を貸さなかった……私はそんな彼を見て……殺意が湧いたのです」

「!?」

 そう言うエクリプスの声は静かだったが、雰囲気が鋭くなったように感じた。まるでラミアを執拗に攻撃して暴走していた、あの時のように……。

「……実際に彼の首を絞めて、殺す手前までいきました。彼は堪らず、束縛の呪文を解呪したので、私はそれ以上はせずに、彼の元を去ったのですが……それが無ければ、そのまま絞め殺していたかもしれない……まさか、こんなところで……それに、私を探していたなんて……」

 エクリプスは苦しそうに顔を歪めると、両手で顔を覆った。オルテンシアは堪らずエクリプスを抱きしめる。

「…大丈夫。今は私が居るでしょ?サイモンさんがなんて言ったって、私が知らないフリをしてやり過ごせばいい。エクリプスに似てるけど、違うってことにするから……そうしたら、サイモンさんも深入りして来ないよ」

 エクリプスが魔族に近いのに魔族にならないで居られているのは、人間を手に掛けていないからだ。人間の味方をしていたいエクリプスとしては、人間に対して殺意を向けること自体、途轍もなく苦しく、恐ろしいことなのだと、オルテンシアは感じた。自分が居ることで幾らかエクリプスを慰められないか頭を回すが、結局思い付かず、オルテンシアはただ、「大丈夫」と繰り返して、エクリプスを抱き締め続けた。

「ーーマスター…」

 エクリプスは顔を覆っていた手を、オルテンシアの背中に回して抱き返す。

「…子どもだと思っていたのに、いつの間にこんなに頼もしくなったんでしょうね…」

「色々あったもん!それは、成長するよ」

「そうですね……ありがとう。もう大丈夫です」

 抱擁を解くと、エクリプスはいつものように笑って見せる。

「マスターのお陰で私も強くなりました。もう、マスターの手は煩わせません。……さて、戻りましょうか。だいぶ遠くに来てしまいましたね」

「……サイモン、まだいるかもしれないよ?大丈夫?」

 オルテンシアが心配してエクリプスの顔を覗き込むが、エクリプスは笑って頷いた。

「私は一人ではありません。今はマスターも、仲間も居てくれていますから…」

「そうだね!」

 二人が道に戻り町のほうへ歩き始めると、向こうからジオーラがやってきた。

「アン!大丈夫か?」

「ジオーラ!…ごめんね。心配かけて……でも、大丈夫だよ。……実はね…」

 オルテンシアはジオーラにサイモンについて説明する。それを聞いて、ジオーラは渋い顔をした。

「なんだってサイモンは、エクリプスを探しに来たんだ?もう充分、儲けたんじゃないのか?」

「……分かりません。サイモンは、武器の造詣が深く、特に剣が好きでした。使うかはともかく、珍しい装飾のついた剣をいくつかコレクションしていましたから、もしかすると、私もコレクションのつもりなのかも…」

「なるほど……サイモンのことはオーガストに任せて来たが、このまま戻るのはマズイかもな……」

「そう?エクリプスが剣のままなら、よく似た偽物で通らない?」

「う〜ん……エクリプスの話から察するに、それは難しいだろうな。コレクションするほど剣が好きなら、細かい特徴も把握しているはずだし、元マスターなら尚更だろう」

「じゃあ、どうする?」

「……そうだなぁー……しばらく辺りをぶらつこうにも、エクリプスを探していたってんなら、簡単には退いてくれそうにないな…」

 二人が悩んでいると、エクリプスは首を振る。

「大丈夫です。このまま行きましょう」

「えっ?でも……」

「サイモンはもう私のマスターではないですから、何を言われようと、上手く躱せばいいだけです」

「エクリプスが言うなら、そうするけど…」

「わかった!いい機会だし、サイモンにはエクリプスを諦めてもらおう!エクリプスは愛玩物じゃない。魔王を倒す為の剣だ」

 ジオーラが力強く言うのを聞いて、オルテンシアも覚悟を決めた。

「そうだね!エクリプスは……今は私の剣だもの!他の人には渡さない!」

 オルテンシアは意識していなかったが、それは今までにないほど自信と決意に満ちた声音だった。ジオーラは一瞬面食らったようになりつつも、嬉しそうに微笑んだ。

「いい決意だね!剣士も時には、我の強さも必要だからね。アンもやっと剣士らしくなってきたってところか。…な!エクリプス」

 ジオーラに振られ、エクリプスも嬉しそうに頷いた。

「ええ。流石は私のマスターです」

 二人から褒められて、オルテンシアは顔を赤くする。

「い、いや…そんな、大袈裟な…」

「おや。いつものアンに戻っちまったな」

 ジオーラは笑ってオルテンシアの頭を撫でる。それから三人は、先程の店の前まで戻った。しかし、エクリプスは念の為剣の姿に戻る。万が一サイモン以外にもエクリプスの存在が知られて騒ぎになるのを避ける為だ。

          ※

「元マスター……のう…」

 オルテンシアの持っている剣がエクリプスであると確信して、話しかけたというサイモンの話を聞いて、オーガストは眉を顰める。オーガストの表情の意味を知ってか知らずか、サイモンは興奮した様子で話続けた。

「そうなんだよ!魔王を倒すにはそれなりに準備が必要だと思ったんだ。なにせ、敵は魔族だけじゃない。国を上げて勇者を潰そうとする動きだってある。それらを上手く躱していく為の資金やら人脈やらを得る為の行動が、エクリプスには理解できなかったようで、喧嘩別れをしてしまったんだ。だから、もう一度話し合いたいと思って探していた……やっと、見つかった…」

 サイモンは心底嬉しそうに言う。

(…喧嘩別れ?……本当に、それだけ?)

 ユースティティアは内心首を傾げていた。先程オルテンシアが急に走り去った理由を考えるに、あれはエクリプスの意思だったのではないかと思った。普段大切にしているオルテンシアの意思も聞かずに行動していることから、余程のことだったのだろうと思う。

「どんな事情であれ、エクリプスがおまえさんの元を離れたなら、もうおまえさんに勇者の資格はない。それとも、まだ魔王を倒す気持ちは残っておるのか?」

 オーガストが詰めると、サイモンは一瞬言葉を詰まらせたが、仕切り直すように明るく笑った。

「ああ!もちろん!今のマスターがあの子だというなら、協力するさ。ただ、誤解を解きたいだけなんだよ」

 懇願するサイモンに違和感が拭えない二人。すると、

「おーい!」

 ジオーラの声がして、ジオーラとオルテンシアがやって来るところだった。

          ※

「私の持っている剣に興味があるんですよね?いいですよ。見せてあげます」

 一行に合流するなり、固い表情でオルテンシアが声を掛けると、サイモンは困ったように微笑んだ。

「……あなたの剣、輝剣エクリプスですよね?それ、俺のなんですよ……ずっと探していたんです」

「この剣は私のです。何かの間違いないじゃないですか?」

 オルテンシアが睨む。しかし、サイモンは退かない。

「ちょっと見せてもらえば分かります。見せてくれませんか?」

(いい?エクリプス)

『はい。大丈夫です』

「分かりました。…どうぞ」

 オルテンシアは腰から剣を抜いて見せる。それを見たサイモンは大きく目を見開いた。

「ああ!やっぱり間違いない!エクリプスだ!」

 咄嗟に掴みかかってこようとするサイモンを、ジオーラが間に入って止める。

「寄るな!……エクリプスだとしたらなんなんだ?何にせよ、持ち主はアンだ!あんたじゃない!」

 それに気圧されたようにサイモンは止まるが、それでも剣を見続けていた。

「マスターは俺だ。そんな子どもに何が出来る?俺なら、上手く使いこなしていただろ?戻ってこいよエクリプス……」

「さっきと言っていることが、違う…」

 ユースティティアがポツリと呟く。しかしサイモンは、そんな声は気にせず直接エクリプスに話しかけるが、それにエクリプスが応える様子はない。

「あのときのことは謝る。今度はちゃんと魔王退治に行くから、いい加減機嫌を治してくれないか?」

 なおも食い下がるサイモンだったが、エクリプスは沈黙したままだ。オルテンシアは黙って居られなくなって、声を上げた。

「エクリプスは望んであなたから去ったんですよ。今更戻る訳がないじゃないですか!エクリプスの言葉を無視し続けたクセに、今更反省してるなんて言葉、信じると思いますか?」

 するとサイモンは、少し顔を伏せる。やがて再び顔を上げた時には、ゾッとするほどに冷えた笑みを浮かべていた。

「そうだろうな……けれど俺は、エクリプスを手放すとは言っていない。その事実さえあれば、発動出来るんだよ…」

 不意にサイモンが、右手の甲をこちらに向って見せる。それは入れ墨のようで、円形の模様が描かれていた。それが淡い紫色に発光する。それと同時に、剣の刀身に、同じく淡い紫色の、鎖のような模様が巻き付くように現れた。

「魔法陣か……これは…」

 オーガストが呟くと、サイモンは嬉しそうに高笑いした。

「これは束縛の魔法さ!一度は解除したが、俺の手に残しておいたお陰で、もう一度発動出来たんだ!さあ、エクリプス。帰っておいで」 

 サイモンが言うと、剣がガタガタと揺れ始める。それはまるでオルテンシアの手の中から、逃れようとしているかのようだった。

「嫌だっ!!エクリプスは渡さないっ!!」

 オルテンシアは両手で柄を握ると、必死に剣が手から抜け落ちるのを防いだ。

「やめろ!そんなことをして、何になる!」

 ジオーラがサイモンに掴みかかるが、サイモンは見事な体捌きでそれを躱す。

「何になるだって?元いた場所に戻るだけだ」

 サイモンはオルテンシアに迫る。しかしその時、剣に巻き付いていた鎖が、唐突に弾け飛んで消えた。

「えっ?」

 オルテンシアは驚いて声を上げたが、驚いたのはサイモンも同じだった。すると剣は白く光り、人型に変化する。

「しつこいですよ。サイモン」

 エクリプスは、オルテンシアを庇うように前に立つと、サイモンを睨みつける。

「お、おまえ……どうやって…」

 サイモンが問うと、エクリプスはこの場には不釣り合いなほどにニッコリと微笑んだ。

「私は以前の私とは違います。こちらのオルテンシアと共に魔族を数体倒したことで強くなりました。もう、こんな安い魔法には掛かりません。……分かったのなら、早くどこかへ消えて下さい。目障りです」

「…っな!」

 サイモンはエクリプスの強気な言葉が予想外だったのか、しばし口を開けたま固まっていた。その様子を、エクリプスは不快そうに眺めては、短く息を吐く。

「……消えろと言いましたよね?あなたと話すことは何もありません」

 そう言ってエクリプスがサイモンを睨むと、

「っああがぁああー!!」

 突然サイモンの右手の甲に描いていた魔法陣を真横に両断するように傷がつき、血が噴き出した。サイモンは痛みから右手を押さえて蹲った。 

「…え、エクリプス……」

 オルテンシアは、控えめにエクリプスの服の裾を掴んで引っ張った。いくらサイモンが酷い人だったとはいえ、人を傷付けるエクリプスは見ていられなかった。オルテンシアに声を掛けられて、エクリプスの表情が少し和らぐ。

「大丈夫ですよ。マスター。陣を崩す程度の浅い傷ですから。すぐに止血すればいいだけです」

「…うん…」

「サイモン。もう分かったじゃろ?エクリプスは諦めなされ。諦められるなら、傷を治療してやろう」

 オーガストがゆっくとサイモンに近寄って手を差し伸べるが、サイモンはオーガストをキッ!と睨むと、一行に背を向けて走り去った。

「傷、大丈夫でしょうか…」

 ユースティティアは心配そうにサイモンの走り去った方角を眺めていたが、ジオーラは鼻で笑う。

「ほっとけ、ほっとけ!あんなやつ…」

 小さくなっていくサイモンを見つめながら、オルテンシアは別のことを考えていた。

(エクリプスの力は段々と強くなってる……私は、ちゃんとエクリプスを制御出来るかな……)

 簡単に体を操られたし、束縛の魔法は自力で解いてしまった。時々垣間見える凶暴性は、魔王譲りなのか……今はオルテンシアの声が届くが、もし声が届かなかったら、どうなってしまうのか……不安は尽きない。ましてや、魔王を前にしたらどうなるのか?

 今までも、恐らくこれからも、エクリプスとオルテンシアを繋ぐものは、互いが大切だという気持ちだけだ。理性が飛ぶ程の強烈な感情が芽生えたら、簡単に無視されてしまうかもしれない……。

 オルテンシアは、チラリとエクリプスを見る。サイモンの消えた方角を眺めていたエクリプスの表情は静かで、なんの感情も浮かんでいないように思えた。普段オルテンシアが見慣れている表情が、優しく慈愛に満ちたものだったので、今の表情はオルテンシアにとってはひどく冷たく感じられたのだった。

(きっと、大丈夫……だよね?)

 オルテンシアは祈るように心の中で呟くと、そっとエクリプスの手を握る。エクリプスは驚いたようにオルテンシアを見ると、いつものように優しく笑って、オルテンシアの手を握り返してくれた。

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