第四章 使命と願いと……(2)
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隣国トゥーべは、四方を山に囲まれた小さく、どちらかといえば閉鎖的な国だった。それ故に入国するにはルートが限られており、地形のお陰で攻め入るのは容易ではない。そんなことから、世界に数多ある国の中では歴史も古く、他国に占領されたことがないと言うのが、トゥーべの自慢だった。そこへ静かに研究したい学者や外界を避けたい魔法使いやらが集まって、トゥーべはいつしか、多くの知識や技術が集まる国になった。中でもカザンは、魔法使いが多く住む地域で、トゥーべの中でも特別閉鎖的だった。滅多なことでは外部の人間は入れてもらえないが、魔法使いは呪いや薬学の知識を生かして、薬を作って売っているので、薬を買いに来る客なら、中に入ることも可能だった。
「本当に付いてきてもらってよかったのか?」
ジオーラはユースティティアに声をかける。
「はい。私も皆さんのお手伝いがしたかったですし、親戚であると話せば、いくらか融通が利くかもしれませんから…」
町を出てから約一週間後にトゥーべに入国し、一泊してから今はカザンの近くまで行けるという乗合馬車の中だった。
「でも私達、ついてるよね!偶然にもエクリプスに繋がる人に出会えるなんて!」
オルテンシアがはしゃぐも、ユースティティアは慌てる。
「繋がってるって言っても、親戚としても遠くて、会ったことないですし……あまり期待しないで下さい」
「しかし、私も今まで旅をしてきて、ここまでの出会いはありませんでした。何か、いい運勢が巡ってきている気がします」
「エクリプスさんまで……」
「まあ、いいじゃないか!なんでも前向きに考えよう!」
カザンに近づくにつれて民家も減り、ひたすら森の中を進む。いつしか馬車に乗る客はオルテンシア達だけになり、そして唐突に、馬車は停まる。
「えっ?着いたの?」
オルテンシアが驚くのは無理もない。馬車が停まった所には、停留所を示す看板が立っている他は周りに木々以外に何もない。しかし、馬車の先にはまだ道が続いている。
「ああ。ここが終点だよ。カザンへは、呼ばれた人間なら入れるさ。まあ、頑張って」
御者の男は一行を降ろすと、サッサと道を引き返して行った。
「呼ばれた人間なら入れるって、なんだそりゃ?」
ジオーラも首を捻る。
「このまま、道を進めばいいのでしょうか?」
ユースティティアは先の道を見つめるが、「いや、どうやら、この道はまやかしのようですよ」とエクリプスが言う。
「まやかし?」
オルテンシアが言うのに、エクリプスは頷く。
「はい。道があるように見せる幻術です。微かですが、魔法の匂いがします」
「なら、この周りの何処かに、カザンへの入り口があるってことかい?」
ジオーラが周りを見たり、適当に手で払ったりしてみるが、何も見つからない。
「いっそのこと、斬ってみるか?」と、ジオーラは剣を抜いたが、エクリプスは止める。
「強引に魔法を破るのは止めたほうがいいでしょう。侵入者と思われて、余計に入れなくなるのではないかと思います」
「じゃあ、どうすればいいんだい?あたしゃ、頭を使うのは苦手なんだよ」
ジオーラが頭を搔いて、溜息を吐く。
「カザンへは、魔法薬を買いに来る人がいるんだよね?だったら、その人たちが分かるように、何か目印があるんじゃないかな…」
オルテンシアも周りを見てみる。なんの変哲もない森にしか見えない。この辺りは針葉樹がほとんどで、冬に近いこの季節でも、葉が落ちていなかった。
「ん?」
オルテンシアが林の奥を見ていると、何者かがやってくる足音がした。エクリプスがサッとオルテンシアの前に出て、ジオーラも剣の柄に手を掛ける。しかし、林の奥から現れたのは、一匹の牡鹿だった。牡鹿は一行を恐れることなく近寄って来ると、二メートルほど距離をおいて止まり、お辞儀をするように頭を下げた。
「鹿が…お辞儀した……」
ジオーラが驚いて目を丸くする。更に、「ようこそカザンへ。あなた方は、何用で来られたのでしょう?」と、牡鹿が話しだした。
「しゃ、喋った!?」
オルテンシアが驚いて声を上げる。他の皆も驚いて言葉を失う。その様子に慣れているのか、牡鹿は僅かに鼻を鳴らすと、「私はカザンの門番を任されている者です。私以外にも複数おりますが、今は潜伏しております。用件次第ではお引き取り頂く場合もありますので、正直にお答えください」と、事務的に言った。
「私達は人を探しているんです。ケイン・マクスウェルの親族の方がカザンにいると、聞いたことはありませんか?」
エクリプスが問いかけると、訝しむように牡鹿は首を捻る。
「あなたは、雰囲気が独特ですね……魔族のようでありながら、生き物にしてはどこか存在感が希薄だ」
「私はエクリプス。かつてケインたちによって作られた"勇者の剣"です」
エクリプスが名乗ると、牡鹿は僅かに瞳を大きくして、耳をパタパタと動かした。
「なるほど……分かりました。ケイン様の孫に当たる方に心当たりがあります。私がご案内致しましよう」
牡鹿が言い終えると、不意に景色がぐにゃりと歪む。目眩を感じてオルテンシアが頭を押さえてふらつくと、「大丈夫ですか?」と、エクリプスが支えてくれる。
「うん…ありがとう」
オルテンシアは礼を言って顔を上げると、周りの景色は一変していた。長閑な村がそこには広がっている。ポツリポツリと家が点在しているが、いずれも屋根に植物の蔦が絡んでいたり、花が咲いていたりと、まるで自然の一部のような様子だった。
「驚いたな……どうやって隠してたんだ?」
ジオーラもユースティティアも目を見張る。
「皆さんが最初に見ていた森の風景こそが、偽物ですよ」
牡鹿は可笑しそうに言って、突然体が靄に覆われた。一行が驚いていると靄はすぐに晴れて、そこには牡鹿ではなく、灰色のローブを纏った青年の姿があった。焦げ茶色の髪に、緑色の瞳をしている。ソバカスの浮いた顔が、どこか人懐っこい印象を与える青年だった。
「驚かせてすみません。私の名はキエル。先程までの牡鹿は、私が変身していたのです」
「なんだ……喋れる鹿がいるんだってワクワクしたのに……」
オルテンシアが少し気落ちしたように言うと、キエルは笑う。
「それは失礼。しかし、言葉を話す動物は大抵良くない魔物な場合が多いですから、見つけても気安く近づいてはいけませんよ」
「はい」
オルテンシアが素直に頷くとキエルも頷いて、村の奥を指差した。
「村の最奥に、ケイン様の孫にあたるオーガスト様が住んでいます。オーガスト様もかつては私のように村の門番をしておりましたが、高齢ということもあり、今は引退され、村の子ども達に読み書きや魔法薬の作り方を教える教師として慕われています。私も幼い頃から、よくお世話になりました」
キエルは懐かしむように言いながら、一行を案内する。
「魔法使いの隠れ里って聞いていたから、もっと陰気なイメージだったけど、案外普通の村なんだな…」
ジオーラが周りを見ながら呟く。畑で作業をしていたり、犬と一緒に駆け回る子どもたちがいたりと、平凡な風景だ。
「本当ですね…」
ユースティティアも顔を綻ばせる。
「そういえば、ユースティティアさんの母方の親戚だったんだよね?ケインさんって…」
オルテンシアが聞くと、ユースティティアは頷く。
「そのようですね」
「て、ことはさ、ユースティティアも魔法使えたりするの?」
「私は全然。近い親戚の方にも魔法使いは居ませんでした」
「そっか……でも、占いで近況が分かるのも、もしかしたら魔法使いの血を引いているからなんじゃないかな?」
「かもしれませんね……いつかは魔法の勉強もしたいなって思ってるんですけど…」
ユースティティアが恥ずかしそうに言うと、ジオーラがユースティティアの肩を叩く。
「お、いいじゃん!魔法使いなんて誰でもなれるもんじゃないし、なれたらすごいもんだ!なあ、キエル。魔法使いって修行次第でなれるのか?」
キエルは穏やかに微笑む。
「才能次第ですが、可能ですよ。占い師と魔法使いは通じるものがありますから、あるいは、魔法使いの素質があるかもしれませんね」
「すごい!なら、オーガストさんに魔法を教えて貰ったらいいんじゃない?」
オルテンシアも瞳を輝かせながら言う。
「…頼んでみようかな…」
ユースティティアははにかみながらも、嬉しそうに呟いた。
はたしてオーガストの家は、村のはずれにポツンとあった。野菜が植えてある小さな畑と、井戸がある。
「オーガスト様。キエルです。エクリプスさんとそのお仲間のご一行が、オーガスト様とお話になりたいそうですので、お連れしました」
ドアをノックしてキエルが言うと、ややあって、ドアが少しだけ開く。
「……儂に客人とな?」
胸元まで届く白く長い髭をたくわえた老人が顔を覗かせる。
「初めまして。エクリプスです」
エクリプスが挨拶をすると、オーガストは目を見開いた。
「……貴方が……」
暫く感極まったようにただエクリプスを見つめるオーガストだったが、やがてハッと我に返ったように瞬きすると、「失礼しました。年寄りの一人暮らしなので手狭ではありますが、どうぞ、中へ」と一行を招き入れた。何かの研究をしているのか、液体の入ったフラスコやビーカー、濾過をするための装置などがところ狭しと置いてある。オーガストはそれらを脇に片付けながら、ダイニングにスペースをつくると、一行をラグの上に座るよう示した。キエルは慣れているのか、キッチンへ行くと、お茶を淹れて持ってくる。香りの良い、ハーブティーだった。
「では、改めて。…儂はオーガスト・マクスウェル。かつてエクリプスを造った三人のうちの一人、ケイン・マクスウェルの孫に当たる者じゃ。しかし、祖父は儂が赤子の頃に亡くなっておるので、顔すら覚えてはおらんのだが……エクリプスの事は、父が祖父から伝え聞いたことを書き記したノートがあるので、少しなら知っておりますじゃ」
「じゃあ、そのノート、見せてもらう訳にはいきませんか?」
オルテンシアが身を乗り出すと、「あなたは…?」とオーガストは首を傾げる。
「あ、ごめんなさい!…私は、オルテンシアといいます。エクリプスのマスターをしています」
「なんと!あなたのような子どもが……いえ、けして馬鹿にしている訳ではありませんが……」
驚くオーガストを見て、オルテンシアは何だか無性に苛立ってきた。
「…そうです。大人達がいつまで経っても魔王を討伐してくれないので、私みたいな子どもがマスターになっちゃったんですよ。……エクリプスを知る人は、こんなところで隠居しているし、それは討伐進みませんよね」
「お、おい!アン!」
「マスター?」
オルテンシアの両側から、ジオーラとエクリプスが声を掛けるが、オルテンシアは止まらない。
「事情があるのかもしれませんけど、エクリプスを探そうとしてくれたことってありますか?協力しようとしてくれたことは?」
「アン!いい加減にしなっ!」
ジオーラが声を荒げると、オルテンシアはビクッと体を震わせた。
「ーごめんなさい……ちょっと、頭冷やしてきます…」
オルテンシアは顔を伏せて呟くと、足速にオーガストの家を出た。
「マスター!……すみません。ちょっと、行ってきます」
慌ててエクリプスはオルテンシアを追った。
「……すまない。オーガストさん。アンはーーオルテンシアは、優しくて真っ直ぐな子なんだ。だけど、まだ世間知らずというか…」
ジオーラが言い訳していると、オーガストはそれを手で制した。
「仰りたいことは分かります。オルテンシアは、エクリプスのことをとても大事にしてくれているのですね……祖父が生きていたら、さぞ喜んだでしょう。それに……オルテンシアの言っていることも、一理ある…」
オーガストはそこで一旦口を閉じる。ジオーラもユースティティアもキエルも、険しい顔をして俯く。オーガストは、皆の様子を見て頷くと、「魔王討伐は、人類の悲願の筈じゃった……しかし、その圧倒的な力の前に、いつしか人類は戦うことを放棄してしまった。自分と、自分が大事にしているものが脅かされなければいいと、妥協してきた……儂もそうじゃ……きっとこの世界で、まともに魔王を倒そうとしておるのは、エクリプスだけだった。オルテンシアは、それに気づいて、立ち上がってくれたんじゃと思う。じゃから……」
オーガストは強い光を称えた目を、皆に向ける。
「儂は、もう目を背けないことにする。あなた方がエクリプスと共に来たのも、同じ理由じゃろう?」
ジオーラとユースティティアは力強く頷いた。オーガストはそれを満足そうに見ると、キエルに目を向けた。
「キエル。すまないが、オルテンシアとエクリプスを呼んできてくれないか」
「はい!」
「ああ、待った!それなら、あたしが行くよ」
ジオーラが立ち上がり、オーガストの家から出ていった。




