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浮浪少女と勇者の剣  作者: 空色 理
第一章 出会い
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第一章 出会い(1)


          1

 

 数人の話し声がした気がして、少女は目を覚ました。

 ボロボロの、ないよりはマシという程度に筵が敷かれた土の上、陽射しを遮ることは出来ても、雨風は凌げないであろう、崩れかけた廃墟の中だった。少女は自分がいつ眠ったのか覚えていなかったが、目覚めてすぐに首から下げた小さな巾着を検める。何日か前に貰った僅かな硬貨が入っていた。

「……よし。ちゃんと、ある…」

 しかし、硬貨があったところで、この枚数では、何を買えるわけでもない。数日ろくに食べていないことから、体を動かすのも億劫だった。それでも話し声の正体を確かめたいと思ったのは、後になって考えてみれば、運命だったのかもしれない。

 少女が廃墟から出ると、通りには人だかりが出来ていた。道が広いとはいえ、周りは廃墟ばかりで、近くの村までは歩いて三十分はかかる。人通りはあれど、けして人だかりが出来るような場所ではなかった。

 少女は首を伸ばしたり、人の間から中心を覗こうとしてみるが、誰かが村の方向に歩いていて、それを遠巻きに人々が見ているぐらいしか分からなかった。

「嫌だわ……きっと"また"よ」

「それにしても、いつも涼しい顔しやがって」

「"人喰いの剣"め」

 人々は口々にささやき合う。

(人喰い…の剣?)

 聞いたことはあった。今世界を支配して好き勝手している魔王を倒す為に作られた"勇者の剣"。それは人の姿になることが出来て、自分で使い手を選ぶという。剣としての性能は最高クラスで、その辺りの魔物は敵ではない。これならば本当に魔王を倒せるのではと誰もが思った名剣だった。けれど、何人かの手に渡ったものの、誰も魔王を倒せなかった。正確には、"倒しに行かなかった"が正しい。あまりに剣が強いので、魔王を倒すより、お金を稼いだり、権力を手に入れたりと、自分の欲望を満たす方向に使う者や、力量以上の強敵に挑んで命を落とす者が後を絶たなかった。そのせいでいつしか、"人喰いの魔剣"と疎まれるようになったのだった。

(……悪いのは剣じゃなくて、魔王でしょ…)

 魔王は自分の気に入ったものには散財するが、少しでも気に入らないと壊したり殺したり。いつしか人々は魔王の機嫌を取ることが当たり前になり、倒そうとすることをやめた。そのせいで財力のある者はただ保身に走り、魔王の機嫌を取るために下の身分の者から搾取する。貧しい者は抗う術もなく搾取され続けて死ぬしかない。

 少女はそんな、搾取される民の一人だった。生まれた頃から家は貧しく、両親は生計を立てるために働き過ぎて流行り病で死に、少女は十歳で一人になった。なんとか日雇いの仕事を貰いながら暮らしていたが、町はどこも貧しく、これといった力のない少女が仕事を得るのは並大抵のことではなかった。そのため住処を追われて流浪する日々を送って、二年が経過し、今に至る。

 少女は人だかりの中心を見に行くのはやめて、ぼんやりと廃墟に寄りかかり目を閉じた。

(今日はどうしよう……)

 少しでも何かを食べなければ、いよいよ命が危ない。先日ようやく手に入れたパンを、乳飲み子を抱えた母親に渡してしまってから、何も見つけられていなかった。持っている硬貨では食べ物を買うには足りないし、かといって狩りをする体力もない。この辺りは食べられそうな野草もないし……と、そこまで考えたところで、ふと、人が近づいてくる気配を感じて目を開けた。

 目の前に、長身の若そうに見える男が立っていた。背中までの長い銀髪を無造作に垂らして、色白の肌に灰色の瞳、安心出来るような優しげな顔立ちをしていた。男は少女の前にひざまづいて目線を合わせると、「はじめまして。お嬢さん。少しお話し、よろしいですか?」と聞いた。

 少女ははじめ、人買いの類かと思って絶望した。今までなんとかそういう商売人の目につかないように逃げてきたつもりだったが、いよいよかと思った。抵抗しても、逃げられない。このままでは良くてどこぞの奴隷か、壊れるまで体を売らされるか、はたまた臓器を売られるかの、どれかではないかという気がしていた。しかし……

「おい!そんな子どもにまで手を出す気か!」

「やっぱり、人の血を欲するっていうは本当だったのね」

 周囲が騒ぐのを聞いて考えを改めた。

「……まさか……あなたは…」

「はい。勇者の剣こと、"輝剣エクリプス"と申します」

「エクリプス?」

「はい。まあ、あまり名前までは知られていませんけど。むしろ、"人喰いの魔剣"と呼ばれることが多いです」

 周囲の野次をまるで聞こえていないかのように無視して、輝剣エクリプスと名乗る男は、少女を真っ直ぐに見つめて、自身の胸に手を当てる。

「どうか、私のマスターになっていただけませんか?」

「えっ?」

「私と共に、魔王を倒しましょう」

 少女は驚いて二の句が継げなかった。そんな間にも周りは騒がしい。エクリプスに向かって罵詈雑言を浴びせかけていたが、結局口だけで、誰も少女を助けようと近づいてくることはない。

「突然のことで驚かれていることとは思いますが、私の目に狂いはありません。貴女なら、修行次第で私を使いこなせるでしょう」

「ちょ、ちょっと待って!なんで私?私、剣なんか触ったこともないよ。体力もないし、魔王どころか、魔物だって倒せないよ!」

「問題ありません。私が責任を持って貴女を育てます。要は貴女の意志次第。魔王がいない世界を見てみたくはないですか?理不尽な暴力に怯えなくてよい未来を、切り拓いてみませんか?」

 エクリプスは少女から一時も目を逸らさずに言う。まるで遊びに誘うような穏やかな声音だったが、その瞳はとても真剣で、強い光を称えていた。そのせいか、冗談や生半可なことを言っているようには、見えなかった。

「わ、私は…」

 自分に剣才があるとはどうしても信じられなかったが、黙っていて、平和な時代が来るとは思えなかった。その証拠に、誰も少女のような人間に手を差し伸べたりしない。口では可哀想と言いながら、結局は仕方のないこととして距離を置く。今だってこうしてエクリプスに恨み言を言う割には、行動を起こす人はいないのだ。

(みんな、怖いんだ…)

 他人に関わったり、正義を説いたところで何も出来ない。魔王に楯突けば、必ず手酷い報復があるのだから、自然と人々は他人に無関心になり、保守的になる。身内でもない人間のことなど、気に掛けている暇はない……それをどうこう言うつもりはないが、人の心が貧しいのは悲しく辛かった。そうじゃない時代が来るなら、見てみたいとは思う。

 迷って瞳を彷徨わせる少女の手を、エクリプスは握る。

「貴女のようなか弱い少女に頼むのは、残酷なのかもしれません。でも、私一人では魔王を倒すことが出来ません。私を使ってくれる方がいなければならないのです。そして、私を使うには、純粋で強い心が必要です。貴女には、それがあります。ですからどうか、力を貸して下さい」

 エクリプスは握る手に力を込める。そこから伝わる熱が、彼の強い気持ちを表しているようで、少女は居たたまれなくなった。

(きっと今まで…)

 何人もの勇者候補と行動を共にしながら、成し得なかった悲願。けれど、それでも魔王を倒すことを諦めなかった。きっとこの世界で、魔王を本気で倒そうとしているのは、エクリプスだけなのかもしれない。

「お嬢ちゃん。止めておいたほうがいい。君じゃ魔王なんか倒せっこない」

「そうさ!それに、今までの勇者だって、本当はエクリプスに殺されたって話も…ッヒ!」

 エクリプスは一瞬だけ、人々に鋭い視線を向けた。それで人々は口を閉じる。一瞬にして訪れた静寂の中で、少女は考える。

「……わかったよ」

 やがて少女は呟くように言うと、エクリプスを真っ直ぐに見た。

「私で出来るか分からないけど、魔王がいない世界を、私も見てみたい」

「っ!!…では!?」

「私、あなたのマスターになるよ」

 少女が微笑むと、エクリプスの顔がふいに歪んで、瞳からは涙が溢れた。

「え、エクリプス?」

「すみません。嬉しくて、つい……ありがとうございます。……ところで、貴女の名前を教えていただけませんか?」

「……オルテンシア」

「綺麗な名前ですね」

「そう?貧乏人のクセに立派な名前だってよく笑われるんだけど…」

「いいじゃないですか。名前に身分なんてありませんよ」

「名前長いし、恥ずかしいから、"アン"って呼んでくれてもいいよ」

「分かりました。けれど、基本的には"マスター"と呼ばせて下さい」

 エクリプスは笑って、オルテンシアをヒョイと抱き上げる。

「えっ!あ、あの!」

「まずは腹ごしらえといきましょうか。話はそれからです」

 エクリプスは意気揚々と村へと歩き出す。オルテンシアは恥ずかしかったが、自力では歩けそうになかったので、諦めてエクリプスに体を預けて眠ったふりをすることにした。エクリプスは、正体が剣とは思えないほど、体は温かい。ただ、胸元に耳を押し当ててみても、心臓の鼓動は聞こえなかった。

(人間のようだけど、生き物じゃないんだ…)

 こんなに強い気持ちがあるのに不思議だと思う。最初からこんな感じなのか、それとも、積み重ねてきた経験で人間のような思考をするようになったのかは分からない。けれど、今まで出会ったどんな人間より好ましいと感じたオルテンシアだった。

 エクリプスは、周りの軽蔑を込めた視線をものともせず歩き出す。周りで騒いでいた人々は、悲しげだったり、汚い物を見るように顔を顰めては、やがてエクリプスに進路を譲るように、徐々に離れていった。

 それからは人に会うこともなく、無事に村に到着した。到着してすぐ、エクリプスは近くにあった小さな店に向かう。そこは定食屋で、昼前にも関わらず客が多く賑わっている。人目を避けるためか、エクリプスはフードを被って顔を隠す。

「……あ、あの……もう、歩けるから…」

 流石に店の中まで抱えられたままでは堪らないので声をかけると、エクリプスは笑って降ろしてくれた。空いていた二人掛けのテーブルにつくと、すぐに快活そうな若い女性店員が、メニューと水を持ってきてくれた。

「……あの……私、あまりお金を持ってないんだけど……」

 オルテンシアは周りに聞こえないくらいの小声で囁く。

「何を言ってるんですか。主にお金を払わせるわけにはいきません。もちろん、私が出します。なんでも好きな物を頼んで下さい」

 エクリプスはそう言ってメニューを、オルテンシアに差し出す。それを受け取りながら、オルテンシアは不意に涙が溢れてきた。

「どうしました!?」

 これにはさすがのエクリプスも慌てたが、オルテンシアは首を振って「大丈夫」と泣きながらも笑って見せる。

「なんだか……お店で出てくるご飯を食べることが出来る日が来るなんてなって……」

「……マスター……今まで、たくさん苦労したんですね…」

 エクリプスはオルテンシアの頭に手を伸ばして優しく撫でる。そのせいで、オルテンシアの涙は更に溢れ出した。

「ちょ、ちょっとぉ!今そんなことされたら、もっとだめだってば……」

「子どもが我慢しては駄目です。泣いていいですよ」

「もう!そんなに子どもじゃないったら!」

 オルテンシアはエクリプスの手から逃れようと頭をずらすが、エクリプスは笑いながらオルテンシアの頭を撫で続ける。

「そうは言っても、成人されているようには見えませんが?」

「……確かに十二歳だけどっ!"小さい子ども"じゃないよってことだから!からかわないで!」

「別にからかってはいませんよ。こういう時は、ぬくもりがあると安心するんだって、教わったことがあります」

「……そう。安心させようとしてくれてありがとう。けど、もういいよ。涙は止まったし、恥ずかしくなってきたから」

「分かりました」

 ようやくエクリプスは頭を撫でるのを止めてニコニコ笑った。

(面白い人だな…)

 正体は剣だというけれど、とても人間味があるとオルテンシアは感じた。噂によれば、エクリプスは百年前に作られたそうだ。百年もあれば、人間の姿にも慣れて、人間のような振る舞いが出来るようになるのかもしれない……。

 そんなことを思いながら、オルテンシアは再びメニューに目を向けて、ハンバーグとスープとパンのセットに目が止まる。

「そちらになさいますか?」

 エクリプスはオルテンシアの様子に素早く反応する。

「えっ?……あ~……えっと……」

 確かに気にはなったが、値段が他のメニューに比べて高いのを見て、慌てて選び直すことにした。エクリプスは、そこも分かったようにクスリと笑う。

「私は剣ですが、移動するためにこの姿でいることが多く、宿に泊まったり、乗合馬車に乗ったりしますので、それなりにお金は持っています。気は使わず、お好きなものを頼んで下さい」

「……じゃ、じゃあ………これで…」

 いきなりこんなに食べられるか心配だったが、迷った挙げ句、そのままハンバーグのセットを頼むことにした。

「分かりました」

 エクリプスは店員を呼んで注文する。しかし、オルテンシアの分を頼んだだけで、エクリプス自身は何も頼まなかった。

「ねえ。あなたは食べないの?」

 オルテンシアが聞くと、エクリプスは「ああ」と思い出したように言っては笑った。

「私は飲食は必要ありませんよ。生き物じゃないですからね」

 口調は明るかったが、どこか淋しそうな笑顔だった。それがオルテンシアは気になったが、オルテンシアが何か言う前に料理が到着したので、結局はそのまま食事に集中した。久し振りに食べるまともな食事で、はしたないとは思いながらも勢いよく食べてしまうオルテンシアを、エクリプスは優しい目で眺めていた。

 少しして、オルテンシアの食事が終わると、「さて」とエクリプスが口を開く。

「改めて私のことと、これからのことを説明しようと思いますが……まずは場所を変えましょうか。どこに魔王の手下がいるか分からないので」

 と、先程までとは打って変わって真剣な表情で言う。

「わ、分かった」

 その真剣さに気圧されつつも、オルテンシアが頷く。

 二人は店を出ると、村を外れて、山の中へと入っていく。進むにつれて畑も民家もなくなって、しまいには道もなくなった。店を出て以来、エクリプスは無言で道を歩いている。オルテンシアは、段々と不安になってきた。

 もしや、食事を与えて油断させておいて、何か企んでいるのではないかという考えがよぎる。実はエクリプスだというのは嘘で、本当は奴隷商人で、これから奴隷市場に連れていかれてしまうとか、あるいは、エクリプスは魔王退治などどうでも良くなって、ただ血肉が欲しくて、手近で襲いやすいオルテンシアを標的にしたのでは?など、オルテンシアの中で悪い想像が止まらない。

「ね、ねえ……どこまで行くの?」

「もうすぐですよ。……疲れましたか?」

「ううん。そうじゃないけど…」

 オルテンシアの不安を汲み取ったのか、エクリプスはオルテンシアの右手を取って、手を繋ぐ。繋がれた手は、思わずホッとするほど温かかった。驚いてオルテンシアがエクリプスを見上げると、エクリプスもオルテンシアに顔を向けた。

「大丈夫。この先に小さな山小屋があって、私はそこで生まれたのです。少し古いですが、時々掃除をしていますし、魔族避けのまじないがかけてあるので、安全ですからね」

 そう話すエクリプスの様子に嘘を言っている感じはなく、オルテンシアは疑ったことを後悔した。

「……ごめん」

 良心の呵責に苛まれて謝ると、エクリプスは驚いたように目を瞬いて、フッと笑った。

「ひょっとして、私が嘘をついているのではないかと疑いましたか?そんなこと、気にしていないですよ。疑われるのは日常茶飯事ですから…。貴女は、身寄りもなく今まで苦労されてきたのでしょう?子どもではろくな働き口もなく、生きていくのは至難の業です。そんなあなたが、見知らぬ人を簡単には信用できないのは当然ですし、むしろ常に警戒するのが正しいのです」

「でも…」

「フフ……やはり貴女は、高潔な方だ。私のマスターに相応しい。……魔王を倒す為には、どんな魔族の甘言にも耳を傾けない高潔さが必要ですから」

 エクリプスはよほど嬉しかったのか、先程より早足に進む。やがて眼前に、古びた山小屋が見えてきた。エクリプスの言ったように荒れてはいたが、所々修繕の痕が見える。

「さあ。着きましたよ」

 小屋は、小屋というより小さなコテージの様相だった。入ってすぐはダイニングで、小さなテーブルと二人掛けのソファーがある。壁には暖炉、奥に小さなキッチンがある。他に部屋はなく、ベッドは見当たらないが、小屋の持ち主はソファにでも寝ていたのだろうか?

エクリプスは、軽く叩いて埃を落とし、オルテンシアにソファに座るように促した。

「少々埃っぽいですが、今は勘弁して下さい」

「ううん。大丈夫」

 ちゃんと屋根があって、雨風を凌げる場所にいるだけでも、オルテンシアにしたら贅沢だった。埃云々は、ちっとも気にならなかった。

「では、改めて説明しますね。少し、長くなるかもしれませんが、しばしお付き合い下さい」

 エクリプスはオルテンシアの隣に腰掛け、居住いを正すと、静かに語りだした。

 エクリプスが作られたのは今から百二十年余り昔のこと。当時はまだ、積極的に魔王と人間が戦っていた。ある日一人の戦士が、魔王との交戦中に偶然魔王の指を一本斬り落とした。戦士は密かに指を持ち帰り、魔王を倒す武器に加工しようと思いつく。あらゆる魔法や攻撃も刃が立たなかった魔王だが、自分自身の力なら、防ぐ術がないのではと思ったからだ。

 長い試行錯誤の末に、戦士の知り合いの刀鍛冶や魔法使いの力を借りて、エクリプスは完成した。しかし、エクリプスの存在は魔王の耳に届き、多くの魔族がエクリプスを破壊しようと動き始めてしまう。

「私を守るために、父上…戦士も刀鍛冶も魔法使いも必死に逃げました。そんな中、やっと私を使える戦士に巡り合い、私をその戦士に託すと間もなく、三人共魔族の手に掛かり、命を落としてしまいました…」

 エクリプスは辛そうに顔を歪める。オルテンシアは居た堪れなくなって、エクリプスの固く握られた拳に手を置いた。

「辛かったら、無理して話さなくていいよ」

 エクリプスは一瞬驚いたあとに、フッと笑う。

「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です。貴女には、ちゃんとお伝えしたいので」

 エクリプスは再び淡々と語りだす。

 新たな戦士の手に渡ったエクリプスだが、すぐに魔族に目をつけられ、戦いの毎日だった。エクリプスは、作り手の狙い通り、魔物や魔族に特効を持っていて、ほとんど一撃で倒すことが出来た。しかも、魔王の魔力の影響を受けるのか、魔族を斬れば斬るほど性能は増して、刃こぼれ一つしなかった。

 誰もがこれで魔王も倒せると考えたがしかし、その頃には魔王の甘言に踊らされ、魔王側につく人間も多数を占めるようになってきて、いくつかの国は国王すら魔王の配下になっていた。そうなると、下手に魔王を倒すより、共存すべきという考えが広がり始めて、戦士は戦う意義を見出せなくなってしまった。

「そんな……魔王を倒したほうが、絶対いいにきまってるじゃない!」

 思わず口を挟んだオルテンシアを、エクリプスは眩しそうに見やる。

「そうですね。私もそう思います。けれど、イヴァン……私の最初の使い手には、やむを得ない事情ができてしまいました。彼には当時結婚を約束した恋人がいたのですが、その恋人の父親がとある町の長をしていて、その町が魔王側にねがえってしまったのです。そして、戦いを止めなければ、娘との結婚は許さないと言われて、イヴァンは、魔王討伐を諦めたのです」

「ひどい……」

 イヴァンに選択肢のない判断を迫れた町長もそうだが、結婚の為に魔王討伐を諦めたイヴァンも大概だとオルテンシアは思った。どんな想いでエクリプスが作られたのかを知った上で、どうしてそんなことが出来るのかと、苛立ちを隠せない。

 しかし、当のエクリプスは穏やかに微笑んでいる。

「イヴァンには、私から魔王討伐を諦めなさいと言ったのです」

「えっ…」

 あまりのことにオルテンシアが言葉を詰まらせると、エクリプスはどこか遠くを見るような目をしていた。

「イヴァンと恋人がどれほど深く愛し合っていたのか、私はよく知っていました。二人を通して、愛情とは何かを理解することが出来たと言っても過言ではないくらいです。ですから、私は二人に幸せになってもらいたかったのです。それがたとえ、魔王の支配下という仮初めの幸せだとしても……実際、イヴァンは恋人への想いで私を使えていました。それがなくなると、今までのような戦いは出来ないと私は悟ったのです」

「そう……でも、エクリプスはそうやって一人で動けるよね?そもそも一人で戦えないの?魔族相手には絶対負けないんだよね?」

「私もそれは考えました。けれど、私だけでは、魔族を倒すことができなかったのです。正確に言えば、致命傷を与えることが出来ませんでした。そしてそれは、魔族側も一緒で、魔族の攻撃では私は傷つきません。魔族も私も、元は魔王の魔力を受け継いでいたので、剣でない私は、限りなく魔族に近い存在なのです。ですから、私がこのままの姿で出向けば、魔王に吸収されて終わりなのだと思います」

「そうなんだ…」

「なので、魔王の下に下らないかと誘われたこともありましたが、やはり私は魔王を倒したいと強く思ったのです。魔王も、私に使い手が現れなければ安泰だとして、あまり私の行動に関心を示さなくなりましたから、むしろ私にとっては好都合となりました。けれど、使い手を探すのはとても困難でした。幾人かは私のマスターになって下さいましたが、悉く、魔族の甘言に屈するか、邪な考えを抱いて私を悪用して自滅するかの二択という状況が続いたのです。確かに、魔王に屈する世界もあってもいいのかもしれない。けれど……私は、世の中は公平であるべきだと思っています」

「こう…へい?」

 耳馴れない言葉にオルテンシアが首を捻ると、エクリプスは笑った。

「ちょっと難しかったですね。ごめんなさい。公平とは、一人一人に合わせた手助けがあって、様々な立場、状況の人が等しく平和に過ごせる状態のことです。貧富の差は関係ありません。ですから、お金がある人だけがいい思いをするのではなく、お金がない人のこともちゃんと考えられて、ひもじい思いをしなくて済むようにする…そういう社会を、公平な社会といいます」

「なるほど……でも、そんなことが出来るの?」

「難しいですが、少なくとも魔王が世界を支配している限りは絶対に無理です。魔王は自分の好き嫌いで事を進めるので、魔王に気に入られなければ、何の保証もありませんから」

「そっか…」

「だから……」

 エクリプスはそこでいったん言葉を切って、オルテンシアの手を握る。

「どうか私と一緒に、魔王を倒して下さい」

「……うん。なんか、凄く難しそうだけど……エクリプスが本気なのは分かったよ。私も、これ以上私みたいな子どもが増えて欲しくないし、魔王を倒すことで世の中が変えられるなら、変えたいと思う。……魔族の言葉に耳を貸さないとも限らないけど……頑張る」

「大丈夫。貴女一人で頑張るのではありません。"二人で"頑張りましょう!」

「うん!」

 オルテンシアが力強く頷くと、「ありがとう」とエクリプスは言いながらオルテンシアを抱きしめた。


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