魔法の軌跡
私にとって、魔法は戦いの手段でしかない。
魔法とは、相手を倒すためのもの。
それ以上でもそれ以下でもない。
そう思っていた。
「貴女の魔法は…優しい魔法ですね。」
あるとき、旅路の途中で魔物に襲われていた人を助けた後に言われた言葉。その人は魔法を使うくせに魔法がへたくそだった。意味のない魔法。
しかしその人は妙な瞳をしていた。
透明な、瞳。
「私の魔法の何がわかるの。」
「わかりますよ…なんか、こう…サアッてくるんですよね。魔法の纏うオーラみたいなのが。それが、貴女の場合すごく暖かいんですよ。すごいですねえ。」
「きみは何もできないくせに、よくそんなのうのうといられるね。恥ずかしくないの。」
「さあ。」
「さあってなに。」
「もう、永い時を生きてると、慣れっこになって。」
「要らないねその慣れ。」
「ですよね。」
「魔法は、誰かを殺すためにある。なのに君は殺すどころか戦いすらしない。逃げ惑うだけ。何のための魔法なのかわからない。」
私には、その人が理解できなかった。
私にとっての魔法とは。
「…やっぱり、貴女は優しい。貴女の魔法は、『誰かを守るため』の魔法だ。だから、優しい。」
「『誰かを守るため』か。やっぱり私には君が理解できない。君がそう言うなら私の魔法はどうせ自己満足のためだけの魔法だ。」
「あいにく私の魔法は攻撃魔法に特化していなくてですね。どちらかというと、遊ぶ方の魔法なんですよ。」
「…遊んでどうする。それでは人が魔法を手にした意味がない。人は、強大な魔物という力を前にそれに対処するために魔法を編み出した。それなのに魔物を倒さないのであればそれはただのなんの力にもならないものだ。」
「…全くその通りです。」
「なら何故…。」
「自分には、魔法の才能がなかったんです。ただ、それだけの話。」
「…才能がないなら、その才能を磨けば…。」
「そう、才能がないなら努力で補えばいい。しかし、そもそも魔法の才能が少しでも開花すれば、その人は強制的に家族と引き離され、永遠の時を魔物討伐に費やす。そのような行為を、自分は許せなかった。」
するとその人はするりと袖をまくり、腕を見せてきた。その腕には、黒い罪人を示す文様が彫られていた。
「自分は罪を犯した。大罪人です。しかし、後悔はしていません。なぜなら、自分の信じる道を歩むことができたから。今はこうしてゆるりと旅ができていますしね。」
「まさか…。」
「はは、魔法の抜き出た才能がなくとも頭と少しの魔法の才能が有れば、国一つ滅ぼすことは可能なんです。」
その人の魔法は、誰かを救った魔法だった。
私とは違う。何かを成し遂げたものの魔法。
なにか偉業を無しえなくとも、確かに何かをしたものの魔法。
尊敬に値すべきことだ。
しかし、その点で言えば私の魔法をその人が優しいといった意味が分からない。
そう、私はその人の言う『自分の信じる道』を歩めなかったから。
誰かを傷つけ屠り去ることしか考えていない。
そんな、戦闘機。
「いやはや。そんな思いつめた顔をしなさるな。貴女の魔法は、確かに誰かを救ってきたのだから。」
「…。読唇術の心得でもあるのか。」
「表情を見ればなんとなくわかります。」
「…そういうものか。」
「そういうものです。」
「……私は、つまらない人生を歩んでいるものだ。魔法なんて、なかったらそこら辺に捨てられていたような。…魔法は、つまらない。」
「人によりけりですけど、自分は少なくとも魔法をつまらないと思ったことはありませんね。」
「ふーん…。」
「おや、いやに素直ですね。」
「別に。」
私は、旅を続けた。
すると、イセカイ人に出会った。
そいつは、私の魔法を食い入るように見つめていた。その目は心なしか輝いているようにも見えた。
「すごいすごいすごい!!魔法って、実在したんだ…!!」
そいつに魔法の才はなかった。
だからか、ずっと私の魔法を見ていた。
ずっと、綺麗だ綺麗だといって。
気まぐれに、私はそいつと暮らすことにした。
いつしかそいつは剣術を学び始め、学院に通い始めた。
そして、いつの間にか『英雄』と呼ばれるにふさわしい功績を収めて帰ってきた。
なんで帰ってきたのだと20年ぶりに返ってきたそいつの頭をはたくと、そいつはニマっと昔よりはずっと大人びた顔で言った。
「ししょーの魔法が見たくなったから。」
これは、魔法が紡いだ、軌跡の物語だ。