第六章
第六章 誕生日パーティーとカタチの行方。
壊れ始めたら止められない
僕は君の心を傷つけた
君は僕を捨て次の木へ移る。
僕は君を追いたい
けど木である僕は君を追えない。
僕も鳥のように飛べたのならば
君を追いかけるのに
僕も君のように優しかったのなら
君を傷つけずに済んだのに・・・。
日常が壊れて1日が経ち今日は僕の誕生日パーティーがある日。
だがあまり喜んで過ごせそうになかった。
僕は電車に揺られて縁の病院へと向かっていた。
前来た時からあまり時間が経っていないはずなのに絆町は変わってるように見えた。
実際は絆町が変わったんじゃない。僕が変わったのだ。一昨日までは普通の日常が流れていた。けど昨日のニュースを見てから日常が壊れた。
昨日は会う予定ではなかったが渡たちと話をした。
「あの話もお前が縁さんと作った話だろ?」そう渡に聞かれた僕は
「いや、あの話は昔どこかの図書館で読んだ本に載ってる話だよ・・・たしか僕たちが小学生のころに放火か何かで燃えた図書館で読んだはずなんだけど・・・タイトルが思い出せない。」そう答えながらタイトルを思い出そうとしたが最近いろいろありすぎてまともに考えられない。
とくに頭から離れないのは愛花の事だった。
愛花が現れてから居なくなるまでに不思議なことを経験しすぎたせいだ。
『願いの形』に子供達しかいない広場、そこで手に入れた願いの形の手がかり、愛花が残した『願いの形は古本市にある』という言葉。
どれも現れてはすぐに消えていった。
愛花も居なくなるし・・・結局、愛花は僕にどうして欲しかったんだろうか?わからない・・・この世界がわからない・・・本当に現実なんだろうか?ただ夢を見ているだけではないのだろうか?そんな考えが僕の頭の中で昨日からぐるぐると回り続けていた。
病院に着いた僕はすぐに縁の病室へ急いだ。
病室に入ると縁は今日も珍しく起きていた。そして僕のほうを見て「遅い」それだけ言うと“おいでおいで”という風に手招きした。
僕が近寄ると縁は病室の角に置いてある花瓶に手を伸ばし自分に水をかけて、それから僕にわざとらしく言った。
「あーあぁ濡れちゃった・・・着替えさせてくれる?裕二」
僕に縁は微笑みをくれる。
「わかった・・・ただし、縁には触れないよ?」
その言葉を聞いた途端、縁は僕の服をつかんで力任せに引き寄せると言った。
「なんで触れてくれないの?私が嫌い?一年前までは毎日のように嫌なこと忘れさせてくれてたのに!それに裕二だって私を求めたじゃない!」
縁の言葉を打ち消すために言い訳をする。
「触れないのは君が今にも壊れそうで触れたくない。」僕が言う。
「嘘」縁が返す。
「君の事は好き。だけど今は付き合っていないから・・・」僕が言う。
「嘘」縁が返す。
「あの時は傷ついてる君が望んだから・・・」僕が言う。
「嘘」縁が返す。
「あれは嘘だよ、君が欲しがってるのに言わないから・・・」僕が言う。
「嘘」縁が返す。
僕はあきらめることにした。
今はこんなことで時間をつぶしていては駄目だからだ。
「わかったよ・・・縁は本当の僕の事をよく知ってるね。隠してるつもりなんだけどな」
「裕二は私に全部話してくれたから信じられたの・・・だから早く・・・ね?」
僕は縁の着ているパジャマに手を伸ばす。
パジャマは肌に張りついており、パジャマが透けたせいで胸が見えていた。
僕はパジャマを脱がせるとすぐにタオルで身体を優しくふいてから代えのパジャマを着せた。着替えさせてるときに僕は全部話したっけな~などと考えていた。
「裕二・・・胸くらいはいいでしょ?」と、着替えを終わらせ本題に入ろうかなと思った僕に縁がそう言った。
“はぁ”とため息をつきつつも「少しだけだよ?」と言って僕は縁の胸に手を伸ばした。
だが縁は僕の手を掴んで止めた。
そして掴んだままその手を自分の太ももへと引き寄せ呟いた。
「優しいね・・・ごめんね、こんな私で・・・」
僕は抵抗しようとしていたがその呟きでやめることにした。
僕は空いた左手でベッドの上で座っている縁を抱きしめた。
幸せだった。
一年前までは普通だったことが今ではここまで幸せに感じる。
ずっとこうしていたかった。
それこそ死ぬまでずっと縁を抱きしめていたかった。
けど、僕は縁に聞くことがある。
僕は縁から離れようとしたが縁がまだ手を掴んでいて、離れられないのでそのまま縁に言った。
「僕たちの考えた焼却炉の話が本当になった」
1
僕はまた電車に揺られていた。
病院からの帰りの電車はまだ日が沈みかけてすらいないので人が少なかったが僕は座らず、立って外を眺めながら縁に言われたことを思い出しては悩んでいた。
「『もう一度、愛花に会って』って言われても・・・」僕はそう呟いた。
「呼んだ?裕二君・・・鏡を見て」
そう、後ろから話しかけられた気がして振り返ってみたが誰も居らず、ただの殆ど空の車両だった。ましてや鏡なんてあるはずもなくただ電車が駅に着くのを待った。
それからしばらくしてアナウンスが僕の降りる駅名を告げ、その後停車した。
そしてもう一度アナウンスが流れると同時に僕は駅に降り立った。
『絆町~絆町―――』
僕が今日、絆町に降りた回数が10に達したことを知らせるアナウンスでもあった。
「なんで帰れないんだ・・・僕の誕生日の日に不幸の連続。僕が何をしたって言うんだ?」
アナウンスに交じって微かに聞こえる言葉の意味もわからなかった。
『口紅にキス』
さっきからずっと聞こえている。
「だから口紅にキスって?」
改札から出ようとしたが階段が無くなっているので出れず、ホームから降りようとすれば見えない壁にぶつかり、どうしたらいいのか分からなくてひたすら電車に揺られることしかできないでいた。
次の電車が来たのでもう一度乗る。
男の僕が口紅なんて持ってるわけもなく、試すことすら出来ずにまた絆町に着き降り立つ。するとまた声がした。
「あと一回乗ったら二度と戻れなくなるよ?」
振り返る、そこには夕焼けでオレンジ色に染められる空があるだけだった。
次の電車はどうやら天国行きらしい。
僕は考える。『口紅にキス』それがここから出るカギになるなら・・・と、そう考えているうちに次の電車が来るアナウンスが流れた。
そして電車が一両だけ来た。が、その電車に乗っていたのは真っ黒い人の形をした何かだった。
黒い何かは電車から降りると僕に近づいてきた、どうやら僕は無理やり乗せられてしまうらしい。嫌だと思った僕はホームを走った。
そして見つけた、この場所から抜ける方法を。
僕は女子トイレに駆け込むと鏡に向かって目をつぶりジャンプした。
「痛っ!」
僕は何かにぶつかり後ろに倒れた。
目をあけると夜空が見えた。
次に少女の微笑む顔も見え、その少女は近づいてきて倒れている僕の上に乗って
「やっと出てこれたんだね、裕二君♪」
僕は少女を睨んでから聞いた。
「これは君がやったのか?・・・愛花」
「う~ん、どうしよっかなぁ?あ、そうだ!裕二君が今日、あの女にしたことよりも凄いこと私にしてくれたら教えてあげても良いよ?」
「嫌だよ」僕はそう言って愛花を突き飛ばすと立ちあがって周りを見渡して渡の家の庭だということに気づき、渡の家に入る前に聞いておきたいことがあったので聞こうと愛花のほうを見ると愛花は既に立ちあがっており、僕が聞くよりも早く
「どうやって出てきたの?永久列車から・・・」そう聞いてきた。
「口紅にキスしたんだよ」僕はそう言ってから話し始めた。
「口紅にキスするってのは口紅を持っている人なら簡単に出られる・・・でもそれじゃあ持ってない人は出られない。ってことは口紅にキスってのはただ単に口紅にキスするだけじゃダメだってことだ。じゃあどうやったら出られるのか・・・答えは女子トイレの鏡に映った口紅にキスすればいいってこと。女性が口紅を使うのはトイレの鏡の前ってことで」
それを聞いた愛花はクスクスっと笑ってから言った。
「不正解・・・だよ?」
そう言うと愛花は走って渡の家のほうへ行ってしまった。
聞きたい事を聞き損ねてしまった。それに“不正解”ならどうやって出てきたんだ?と疑問が増えてしまった。
ただ、今は考えるのを止めることにした。
なんせ今日は誕生日なのだから少しくらい楽しんだっていいじゃないか。
「誕生日なんだから・・・」
僕はそう言って渡の家へと歩き出した。
2
渡の家で誕生日パーティーを楽しんで11時を過ぎたころにお開きになった。
僕は片付けを手伝うと言って姉ちゃんを先に家に帰すと渡と波子さんに今日の事を話した。
話を聞き終えた渡はさっそく
「ってことはお前女子トイレに入ったのか!ズルイぞ!」とかボケた。
「食いつくとこが違うだろう・・・」なので僕は渡にツッコミをいれてからさらに愛花の事を話す。すると今度は波子さんが
「馬乗り・・・今度、渡にも・・・」などと呟きだした。
渡と波子さんは愛花とかの事はどうでもいいらしい。試しに聞いてみると
「うん、どうでもいい。俺は波子と一緒に生活できてエロい事できれば問題ない。」
「うん、どうでもいいよ?私は渡と一緒に生活できて、序にゲームができれば問題ないよ。」
僕はため息をつき、それから殆ど片付け終わった部屋を見回して、近くにあるソファに腰を下ろすともう一度、渡たちに聞いた。
「口紅にキスって何の意味だかわかる?」
その言葉を二度も聞いた渡は“お前わかんないの?”って感じの視線をくれてから説明し始めた。
「いいか?口紅はルージュともよばれる、そしてルージュってのはフランス語で赤って意味を持つ。さらにキスの方だけど、これは魚類じゃない方ね。」
最後の言葉を聞いて僕は苦笑する。
魚類の方だったらもっとわけがわからなくなる。
「それじゃあ解説をはじめようか・・・って言ってもすぐ終わるけどな。まぁまず口紅を変換して、ルージュ。それにキス。そして最後に重要なのは鏡なんだよ」
「鏡なんて言葉は聞こえてこなかったよ?」僕はすぐに渡にそう言った。
すると渡はそれを言われるのを待っていたかのようにすぐさま答えた。
「いや、どこかで言われたはずだ。それにこれは鏡がなければ帰ってこれないってことだと思うぞ?だってミラールージュでミラージュ、つまり幻影。そしてキスをする。鏡の世界の自分に・・・ね。」
解説し終えた渡は満足したようであとの片付けをメイドに任せて波子さんと一緒に自分の部屋へ戻ってしまった。
「いや、あれはないでしょ、さすがに・・・。」
そう独り言を言って立ちあがるとメイドさんたちの手伝いをして帰ることにした。
「やっぱり無理あるでしょ、ミラールージュは・・・。」
その独り言も自分以外の誰の耳に届くことなく消えていった。
片付けがすべて終わり、僕が渡の家を出るころには12時を過ぎていた。
急いで帰らないとと思いつつも走る気分にはなれず、歩いていた。
家の近くにある公園の前を通り過ぎようとしたときに女性の声が聞こえてきた。
最初に聞いた声は震え声だったが、次に聞いた声は悲鳴とも、叫びともいえる声だった。
僕は声のした方へ走った。
この公園は意外と広く、毎朝学校へ行くときに公園の中を通るのだがジョギングや犬の散歩をしている人をよく見かけるし、さらに中央にはグランドがあり、毎年のように近所の幼稚園だか保育園だかの運動会を行っている。
そして今悲鳴が聞こえたのはグランドの方からだった。
僕が居たところからはグランドの周りを木が覆っているせいで中は見えず、状況を確認するためにはグランドまで行かなければならなかった。
グランドの入口にたどり着くとグランドの中央に女性が倒れていた。
足から血を流してるようだった。
それも女性の周りが血の海のようになるくらいだったのだ。
すぐその場から立ち去りたかったが出来なかった。
僕のすぐ近くに人の足が落ちていたのだ。
太ももからざっくり切られている脚だった。
そしてその女性の足が履いている靴を見て僕は倒れている女性のもとへ走って向かった。
倒れている女性はもう死んでいるだろうあれだけの血を流せば出血多量で誰でも男女問わず死が確定する。
僕はそれでもいつもより早く走った。学校に遅刻しそうになってもここまで速く走ろうとはしないだろう。そう思ってその考えで嫌な予感を頭から排除したかった。
だが、速く走ったせいでその分早く現実を突き付けれることになった。
「姉ちゃん!!」
僕の目の前で姉の高凪純子が両足を切断されて死んでいた。
さっきの悲鳴を聞いたのか人が集まりつつあった。
僕はどうすればいいのか全く考えられなかった。
ただ呆然と目の前にした姉の死を受け入れられずに遠くから聞こえてくるサイレンの音を聞きながら僕の頭の中で一つの単語が出てきた。
『切断公園』
日常が僕から早足で遠ざかっていくような気がした。