サイドストーリー
依存。
彼に捨てられた。
それもすごく唐突に・・・。
十二月三十日の夕方だった。
突然彼から電話がかかってきた。
いつも私から電話するのでおかしいと思った。
彼は私と違って甘えん坊ではないから、電話はしてこないと思ってた。
だから少し嬉しくてすぐに出た。
そして言われた。
『別れたい。』
私は何かが崩れていくのが分かった。
嫌だと私が言うと、彼は・・・
『大嫌いなんだよ。もうイラナイんだよ・・・。』
その彼の言葉の後ろで女の笑い声がした。
すぐに分かった。
他の女に乗り換えたのだ。
すぐに電話を切った。
次の日メールが来た。
『もうメールしないでくれ』
そのときはもうメールなんてするもんかって思ったけど、次の日にはメールをしてる私が居た。
そしてその数日後、メールアドレスを変えられた。
もう現実が嫌になった。
逃げたくても逃げられない現実が嫌になった。
そうして一ヶ月が過ぎても私の心には大きな穴が開いたままだった。
穴が開いても彼への想いは止め処なく溢れ続けた。
そんなある日、私は夢を見た。
彼が私の元へ帰ってきてくれる夢。
それはすごく暖かくて、優しい夢だった。
夢から覚めた私は泣いていた。
それが現実では起こらないこと知っていたからなのかは分からないが、泣いていた。
それから何日も何日も、彼の夢を見た。
その度に涙を流した。
そしてそんな日々が二週間も続くと眠れば彼に会えて、優しい時間が戻ってくることが分かった。
それからの私は寝れる時はいつだって寝てすごした。
授業中だって構わず寝た。
教師に起こされたときは邪魔するなと心のなかで呪った。
そんな生活が続いていたある日。
大好きな“元”彼からメールが来た。
『よりもどさないか?』
嬉しかった。
すぐに返信して、その場で飛び跳ねた。
返信が付き合ってたころより遅いことが気になったが、そのときは別にどうでもよかった。だって“メールしないでくれ”とまで言っていた彼からメールが着たから!
でも、・・・少しメールのやり取りをして返ってきた返信を読んで絶望した。
彼の“新しい”彼女が提案した悪戯だった。
最悪だった。
理解するのに何回もメールを読み返して返信して、『ウザい』と一言だけ書かれたメールが返ってきたときようやく理解した。
彼には私なんてどうでも良いんだと・・・。
泣いた。
ベッドで枕に顔を押し付けて、思いっきり泣いた。
そしたらいつの間にか寝ていて、優しい彼が私の話を聞いてくれて、それから撫でてくれて、抱きしめてくれて、キスまでしてくれた。
嬉しくて泣いてしまった。
でも、悲しくて泣いたときの涙とはどこか違っていた。
目が覚め、夢だったことに気づいてまた、絶望した。
さっきまで優しかった彼は夢だったのだと、幻想なのだと・・・。
私は思った。
夢をずっと見ていたいと、もう目覚めなくて良いから永遠に眠っていたいと・・・。
だから私は飛び降りたのだ。
住んでいるマンションの最上階である十二階から。
1
私は周りからは大人しくて常に本を片手に持っている委員長だと思われ、強気な性格が災いしたのか、高校に入って二年目にして生徒会長という名の電気椅子に座らされる羽目になってしまった。
問題が絶えない高校だったがゆえに私はストレスを溜め込んだ。いや、溜め込むしかなかった。
当時の私はストレスの吐き出し方をよく知らなかった。特に酷いのは生理のときである。
貧血を起こして倒れるのは当たり前で、酷いときは動けないほどの痛みに苦しめられたりするのだ。そんなときは女としてこの世に送り出した神様なんかを呪ったりしたり、一日中ぬいぐるみのクマさんに愚痴をこぼしたりしてすごした。
寝ればいいじゃんと友人に言われたのだが、過去に寝てて起きたら布団が血染めと言う大惨事を起こしたのが頭からはなれず、生理のときにむやみに寝るのは止めていた。
そんな私にも一週間に一度だけ楽しみがあった。
高凪裕二という野球少年の姿をのんびりと眺めることが出来る日、それこそが私にとっての一週間の中で一番楽しい日である。
彼との出会いは高校生活が始まって半年が過ぎようとしていたある日。学校からの帰り道、野球のボールが歩く私の目の前に落ちてきた。
すぐにそれを追いかけて拾うと持ち主が取りに走ってきた。
「あー当たりました?」
その言葉に思わず笑みがこぼれてしまう。面白いことをいう人だと思った。
それが高凪裕二との出会いであり、初恋だった。
それから楽しい日が三十四回ほど訪れたある日、私は高凪裕二に告白された。
「君のこと好きなんだけど、名前すら知らないんだけど付き合ってくれる?」
私はその告白にしばし時を忘れて頬を染め上げ、喜びで心を満たし幸福を味わった。
それから笑顔で、今まで振りまいてきた笑顔ではなく、本当の私の笑顔で答えた。
「いいですよ・・・付き合ってあげます♪それと私の名前は涼霧愛花っていうんですよ?」
いい名前だねと彼は言ってくれた。その言葉が懐かしく感じられたのは何故だろうか?疑問は頭の中に浮かび上がりすぐに“パチン”と消えてなくなった。
それから約半年後。私は高凪裕二に捨てられて自殺した。
2
「いったぁ~!」そう言って私は頭を抱えた。
まぁ痛いのは当たり前だ。なにせ十二階から飛び降りれば身体のいたる所をぶつけて怪我をするし骨折だって、死ぬことだって・・・ってあれ?「私・・・死んで・・・・ないの?」呟いてみて私は瞼を“パチッ”と上げるとそこに広がるのは白い部屋だった。
何も無いただの白い部屋に私と・・・・・・高凪裕二が居た。
「やぁ、こんにちは!」
「こ、こんにち・・・は」
よく分からなかった。と、言うよりも考えが追いつかない、まとまらない。
今の私は明らかに混乱していて、状況が把握できていなかった。
私は飛び降りたはずだった。目の前で微笑んでいる高凪裕二に会いたくて、十二階という高所から飛び降りたのだ。
なら何故、彼は私の目の前で微笑んでいるのだろうか?これは私の描いたとおりのシナリオなのだろうか?私は現実から逃れられたのだろうか?そうやって何も喋らずただ彼を見つめているだけだと“疑問”“疑心”がどんどん湧いて出てきてしまう。
「ここは・・・どこ?」
疑問を打ち消すために、ためしに彼に聞いてみた。すると彼は落ち着いた様子で「う~ん・・・楽園かな?君と僕だけの楽園♪」
笑顔だった。私の大好きな彼の笑顔だった。
そう私はこれを求めていたのだ。だから授業中だろうと構わず寝た。いつだって寝て過ごそうと考えた。
「私は・・・死んだの?」
彼は一瞬、表情を少し曇らせるがすぐに笑顔に戻り答えた。
「うん!」
とても嬉しそうに答えた。そして私は喜んだ。これでずっと彼と一緒に居れる。
そしていつの間にか私と彼は草原に立っていた。遠くに街が見える。後ろを振り返れば海が広がっている。右を見れば森が、左を見れば山がある。とても幻想的な風景の中で私と彼は優しく包み込むような風に吹かれていた。
現実が消えた日・・・・・・私は死にました。
3
「依存?」
放課後の生徒会の会合で、その言葉が出たとき私は、そう言った副生徒会長をぶん殴りたくなった。ただでさえ寝る時間を削って出ている生徒会の中で「依存」とは馬鹿馬鹿しいにもほどがある。まぁ確かに今の世の中ではドラッグとかに学生が手を出すこともあるが、さすがにそのドラッグに依存している学生はこの学校には居ないだろう。だから私はすぐにその話を終わらせようとした。だが副会長が言っていたのはドラッグなどの依存ではなく、“夢”に依存するということだった。
「それがですね。『夢依存』って言いまして、いわゆる都市伝説ってやつです」
そこまで言いいったん区切りを入れた副会長は、周りの反応を見るように決して広くは無い生徒会室を見渡す。そして話を続けた。
「都市伝説には必ずしも条件が必要なわけではありませんが、一応条件付が多いのです。特にこの『夢依存』の怖いところは“誰かに会いたい”もしくは“誰かと一緒に居たい”そんな願いが夢を創り依存させるそんな都市伝説です。そして最終的には眠りから覚めなくなり、そのまま死ぬ・・・痛てッ!何するんだ!これから対処法を」
「いい!!話さなくていいから!・・・そんなことよりも来月の卒業式についてですが―――」
それから一時間後、日が暮れるころまで話し合いは続いた。
4
楽園での日々は凄く幸せだった。
毎日のように色々なところへ出かけて、映画を見たり、ゲームセンターでクレーンゲームや対戦格闘ゲームにダンスゲームをしたり、カラオケでアニソンを歌い尽くしたり。山や森へ行ったときは野宿してみたり、釣りを楽しんだりもした。初めてのことが多かった。いろんなことを高凪裕二、彼に教わった。
彼は何でも知っていた。魚の釣り方から裁き方。野宿に適した場所からテントの張り方。ありとあらゆることを教わった。
なにより意外だったのは喧嘩をしないことだった。
言い争いになってもすぐに彼が折れて私の考えに色々アイデアを付け加えてくれた。
そして楽園での生活が一年続いた頃、私は彼と一緒に街にあるラブホテルへと足を踏み入れた。
これも初めての経験だった。
現実では人の目やら噂が立つのを恐れて入ることを躊躇っていたが、この楽園ではそんな噂が立つのを恐れる必要も、人の目を気にすることも無いので、すんなりと入ることが出来た。
部屋番号は402号室だった。
部屋に入ると派手な色(主にピンク系だが)のベッドや蛍光灯に目がチカチカしたが、彼が入り口近くのスイッチで蛍光灯を普通の色に変えたので、すぐに落ち着いた。
彼はベッドに腰をかけ、私に「お先にどうぞ」と言ってシャワールームを指差した。
私は慌ててシャワールームへ入ると、鏡で顔が赤いのを確認すると胸の前に手を持ってきてそれから高鳴る鼓動を落ち着かせるべく深呼吸した。
「よし!」と、言ってから服を脱いでブラのホックを外そうとする。だが、いつものようには、うまくいかずなかなか外れない。手が震えているのだ。そう最初は誰だって怖いものなのだ。やっとのことで外せたブラを置き下着を脱ぐと脱衣所からシャワールームへ入る。青色のタイルは冷たく乾いていた。
お湯のほうの蛇口をひねるが直ぐにお湯は出てこず、水が私の肌を打つ。
私は視線を下へ向ける。そこには胸の膨らみがあるが、大した膨らみではない。
学校では皆より少し小さいくらいだったのであまり気にはしていなかったが、今思うと彼はやっぱり大きいほうが良いのだろうか?そんなことを考えていたら突然熱湯が肌に当たった。
熱ッ!と声を上げ、シャワーノズルを落としてしまう。すぐさまパネルを操作して温度を下げると、すぐにちょうどいい温度のお湯が出てきた。
それを確認した私は再度お湯を自分の身体にかける。
彼はこれで満足するだろうか?と、もう一度視線を下に向けた。
5
彼と最初にデートをしたのは付き合い始めて一週間後のことだった。
意外なことに野球少年な彼は近場の海に行こうと言った。何故とは聞かなかった。何か考えがあるものだと思っていたからだ。夏が近かったせいか、海にはそこそこ人が居た。
ただ彼は海には入る気がないのか、水着を持ってきていなかった。
「愛花・・・行ってきてもいいんだぞ?」
そう言われたが私は首を横に振った。
彼の傍に居たかった。彼に触れて、彼の声をずっと傍で聞いていたかった。声変わりをしているはずなのに、男子にしては高い声を持っている彼。その声は、疲れきっていた私の心を癒した。
砂浜の上にレジャーシートを敷いてその上でただただ海を眺めながらいろんなことを話した。中学時代の部活の話。小学校の頃の遠足でカラスに弁当を取られたときのこと。捨て猫を拾って来たときのこと。その猫が死んでしまったときのこと。本当に色々話した。
日が暮れ始め、次の話題を私が話し出そうとして彼のほうを向いた瞬間、突然口を塞がれた。
不意打ちだった。強引にキスを求めてきた彼を拒むことはなかった。頭の中で付き合って一週間でキス!?という人生初のキスで大混乱を起こしていたためである。
数秒のキスだったが、心臓の稼動スピードを上げるには十分だった。キスだけで欲情してしまった私は汚れているのだろう。そう思いつつも、今度は私からキスをする。数十秒の長いキス。それを彼は楽しんでいるようだった。私も楽しかった。周りの視線なんて気にしなかった。
「場所・・・移そうか」
そんな彼の言葉にうなずき返す私が居た。
私たちは近くのラブホテルに入ったが私が怖くて拒んだせいで、結局何もせずに出てきてそのまま二人で帰路に着いた。
ホテルを出たとき私は夜空を見て安堵のため息をついていたので見てはいなかったが、そのとき彼は残念そうな顔を一瞬だけ浮かべていたのかもしれない。
6
身体を洗い終えシャワールームを出ると彼はベッドに腰掛けて本を読んでいた。
私が出てきたことに気づいた彼は本を閉じ、「次は僕だね」と一言だけ言って私の横を素通りしてシャワールームへと消えていった。
時計を見ると私が入ってから既に二十五分が経過していた。
私は長いこと彼を待たせてしまったらしい。心の中でそのことを謝り、ベッドのほうへ歩いていく。
ベッドの目の前まで来るとさっきまで彼が読んでいた本の表紙が見え、自然とタイトルが目に入ってしまう。
「“彼女への気遣いと、わがままのかわし方”」
思わず、ふふっ♪という声と共に笑みがこぼれてしまう。
さっきまでの不安が少しだけ和らぐ。それでもまだ少しだけ怖いと言う気持ちが残っていた。“はぁ”と小さくため息をついてベッドに寝転がる。
「本当に私でよかったの?」
誰に言うでもなく、ただ天井にむかってそう呟いていた。
それから少しして耳元に温かい風を感じた。目を開け横を見るとそこには彼の顔があり、どうやら風だと思ったのは彼の寝息らしかった。
少しと思ったのもどうやら勘違いらしい。時計の針がさっき見たときよりも五時間ほど進んでいることを示していた。
頭が起きてきたのか、段々と記憶がよみがえり始めた。
ベッドの上でため息をついた後。私は彼と身体を重ね、口づけを交わし、欲求の気が済むまで喘ぎ続け、動き続けて疲れ、そのまま眠ってしまったらしかった。
記憶が鮮明になっていくにつれて私の心臓はスピードを上げ、顔が赤く染まっていった。
私は直ぐに服を着ると部屋を出て、ホテルの外へと飛び出した。
外の空気が吸いたかった。それは彼につくための嘘である。本当は逃げたかった。彼にも好きな人がいたはずなのだ。この世界に一年近くいるとそんな考えが浮かぶようになっていた。
見上げると空は茜色に染まり始めており、球体状の雲がいくつも存在した。幻想的だった。ここに一年近くいても、見たことのない雲だった。
そんな雲を眺めていると後ろで声がした。
『君は本当にこのネガイを望んだのかな?・・・って意味ないか・・・。』
すぐに振り返るが、そこには誰もいない。私は辺りを見回す。隠れる場所なんてなかった。私がキョロキョロしているとまた声が聞こえた。
「何してるの?」
振り返らなくても誰の声なのか分かった。でも今の私には振り替えらざるをえなかった。
怖かったのだ。さっきの声があまりにも似ていたから・・・振り返る先にいるであろう彼の声にとても似ていた。
振り返って彼の顔を確認できると直ぐに答えた。
「何でもないっ♪」
7
彼に捨てられてからの私の生活は酷く暗かった。
目を閉じると彼の顔を思い出してしまって夜は寝ることが中々で出来ず、生活が乱れていった。遅刻が増え、生徒会の仕事も休むことが多くなっていた。そんな生活が続いていたある日、友人から薬を進められた。
受け取りはしたが飲むことは出来なかった。まだ取り戻せるかもしれないのに諦めてはいけない!そう思った。
薬を飲まなかったことが功を奏したのか、それから数日後の放課後。
『よりもどさないか?』
それだけが書かれたメールが知らないアドレスで届いた。
すぐに私は返信した。彼だと分かっていたから。
生徒会室に向かうのを辞め学校を出ると、私は駅前のファーストフード店へ行き、飲み物と小腹が空いていたのでMサイズのポテトを頼むと二階の空いてる席に座り、さっきの返信の答えを待った。
ジュースを半分くらい飲んだところでメールを知らせるバイブでポケットから携帯を取り出しメールを確認する。
『あんな酷い捨て方してもまだ俺を好きで居てくれるのか?』
それに対しての返信を送る。そして少し時間が空いて次の返信が来る。そんなやり取りを5、6回して、既に空になったジュースのカップとポテトの入っていた紙の容器で暇を潰していると、今までより早い返信が来た。
もう笑みを隠せず、緩みきった顔で私は携帯を開きメールを確認した。
すぐに私の表情は凍りつく。
『遊ばれてることに気づかない女って最悪だね。よりなんて戻すわけないだろうが!まぁ暇つぶし程度にはなったから感謝はするよ?(笑)』
二度目の絶望。それは深く心の傷をえぐり、零れ落ちる涙が涸れ果てるまで泣き続けた私を慰めてくれる人など存在しなかった。
8
いまさらだが、この世界にはどれくらいいられるのだろうか?永遠なんてものがありえるのだろうか?そんな疑問を彼に投げかけたのは三回目のラブホテルでだった。
彼は“クックックッ”と、喉を鳴らすように笑うとあっさり答えてくれた。
「永遠だよ。この世界では永遠なんだよ。全てがね・・・」
そういった彼は焦らすような愛撫を始め、私を楽しませた。
ひとしきり快楽に身体を沈めた後、私は一人外に出て耳を澄ませた。
『君はどうしていつまでも眠っているのかな?』
さっきまで聞いていた彼の声に似た声がどこからともなく聞こえてくる。
最近は毎日のようにこの声を聞こうと耳を済ませていた。少し飽き始めていたこの世界に新たな楽しみを見つけたのだ。
彼への愛が揺らぎだしたのではないと自分に言い聞かせつつ、耳を済ませる日々。彼の声に凄く似ている声の紡ぐ言葉に心が揺れる。
どうしてだろう?こんなにも似ているのに違う思いが込められているような。
結局のところ一年近くこの世界でこうして彼と過ごしてみると幸せってこんなものかな?と、つい思ってしまう。私は一人で彼と一緒に居て・・・そうか・・・私は日常に隠し味のように出会って会話するような関係を望んでいたんだ・・・。分かってしまうとどうってことない。現実なら二人で暮らしていても離れることなんて当たり前。でも、それすらもないこの世界は何なんだろうか?
景色が崩れていく。
世界が“ぐにゃり”歪み光となって消えてゆく。それを見送るようにただ立ち尽くす私に彼は近づいてきて言った。
「不安はどこにでもあるんだ。それを忘れちゃダメだよ?」
私は彼を見つめて聞き返す。
「貴方は誰?」
優しく言ったつもりだった。でも、笑顔を作れなくなっていた。もう会えないことが分かっているから、伝えたい言葉が、想いが、たくさんあった。
「僕は“高凪裕二”だよ・・・君の中にいるね♪」
彼は笑顔でそういうと私を抱きしめて頭を撫でてくれた。
最後に少し見えた景色は、もう私たち二人の周り以外は全て消え去っていた。
彼の胸に顔をうずめ泣く私は弱かった。凄く凄く弱い人だった。そんな、弱くて今すぐにも壊れてしまいそうな私を優しく抱きしめてくれる彼に、最後に一言だけ言葉を紡いだ。
それは感謝の言葉。こんな私でも愛してくれて、色々な事を教えてくれた彼に・・・
「ありがとう・・・」
消えてゆく中で微かだけど彼の声が聞こえた気がした。
「どういたしまして・・・♪」
そんな返答だった気がした。
9
絶望に飲み込まれた私が泣き疲れて眠ったときに、夢は一つの贈り物をくれた。
私は彼との幸せな時間を貰った。
楽しかった。嬉しかった。幸せだった。眠れば彼との夢を見た。凄く幸せな毎日が過ぎていく中で、いつしか私は夢に“依存”していった。
授業中。眠っていると後ろの席の子が善意で起こしてくれるが、私にはそれが善意には思えなくなっていた。起こしたことに腹を立てると、次からは起こさなくなった。
そうして段々と周りから距離をとられるようになった私にメールが届いた。
そのメールは私を二度目の絶望に突き落としていった。
それからの生活は酷いものだった。
躊躇うことなくいつだろうと寝た。一日の睡眠時間は十五時間以上なんてものはざらだった。親には心配されたが眠いからとだけ言っておいた。そうやってあしらっていたら病院に無理やり連れて行かれることになった。
その夜、夢を見た。いつもと同じ、優しい時間の流れる彼との夢。
目が覚めると、まだ夜が明けていなかった。携帯で時間を確認すると、三時を過ぎた頃だった。寝巻きから着替えた後、部屋をこっそりと抜け出し夜の街に繰り出した。
場違いな私に見向きもしない人々をチラチラ見ながらまだ明かりのあるビルとビルの間を歩いていく。
何故こんなことをしているんだろう?そう疑問に思ったのは家の近くの公園で一人ブランコをこいでいたときだった。
「なんでこんな生活をしているのだろう?・・・私は」
ブランコをこぐのを止め、立ち上がると歩き出す。向かうのは自分の住んでいるマンションの十二階だった。
その途中でずっと考えが頭の中で回り続けた。
彼は夢の中でしか優しくない。夢はこの世界とは別の場所・・・なら、私がそっちに行く。いつしか歩きは早足に、駆け足に、最後には走っていた。
階段を勢いよく駆け上がっていく、疲れはない。そうしてたどり着いた屋上で私は、少し伸びている髪を風になびかせて決意を固める。
手すりに手をかけ一気に向こう側へと飛び越えた。下は見ない。足がすくんで動けなくなってしまっては、どうしようもない。だから目の前に広がる夜景を目に焼き付けて、瞼をゆっくりと下ろしてゆき、そして・・・。
10
目を開けるとそこは真っ白い部屋。私はベッドの上で横になっていた。ここが病室だと言うことに気づくまで少し時間が掛かった。
とりあえず起き上がろうとするが、力が上手く入らない。諦めようとしたとき声がした。
「ようやく起きたね・・・。」
声がしたほうを見るために首を回す、それすらも苦戦する。
やっとのことで見ることの出来た声の主は、優しく私を見つめて泣いていた。
何だろうこの気持ちは?目の前で泣いている人を見ていると胸が熱くなり力を抜いた瞬間、頬を“ツー”っと涙が流れた。
「おかえり」
そう言った涙を流す男の人は私の答えを待っているようだった。だから私はそれに答えるように涙を流しながら笑顔で言った。
「ただいま♪」
11
私が目覚めてから半年が過ぎた。
私は自殺しようと飛び降りた。だけど、ちょうど植え込みに落ちたらしく死にはしなかった。だが、目覚める気配が一向になかったらしい。病院で結局、二年半以上くらい寝ていた。それから目覚めてからはリハビリが物凄いハードスケジュールで組まれていたのだった。そのお陰か今では補助ありではあるが歩けるようにまで回復していた。
それもこれも全て“高凪裕二”という優しい人が居てくれたからだ。
そしてその“高凪裕二”という彼はいま私のベッドを半分ほど使って眠っていた。
朝に来て眠ってからずっと起きないでいた。そろそろ起こしたほうがいいのだろうか?日も暮れそうだと窓の外の赤みがかった空を見てそう思った。
彼に手を伸ばそうとしたとき突然、目を覚ました。
私はそんな彼に優しく声をかけてあげる。
「あら?やっと起きましたか?これじゃあ、どっちが病人だか分りませんね。」
すると彼はしゃきっと背筋を伸ばすと言い訳に聞こえる真実を言葉にした。
「えっと・・・ごめんなさい。〆切前で二日ほど寝てなかったもので・・・。」
そう言ってから頭をぺこぺこと何度も下げる彼に大丈夫ですよと言い言葉を続けた。
「それより、朝から夕方まで寝ててお腹すきませんか?」
“ハハハ”と情けない自分を再確認するように苦笑いを浮かべると、その後に口を開き
「それは大丈夫ですが疲れましたね・・・夢を見たんです。とっても長い夢を・・・。」
そういった彼に私は聞いてみる。
「その夢はどんな夢でした?」
その言葉に困ったような顔で彼は少し考えるようなしぐさをした後。長い話だから後日と言って、さっさと帰ってしまう。
私は走って帰って行く彼を窓から見送って“はぁ”というため息をついた。
「彼はもうここには来ませんよ・・・」
突然病室についさっきまで聞こえていた声がまた聞こえてきたので驚きを隠せずに視線を入り口に向ける。そこには今帰っていったはずの彼が立っていた。
でもどこか彼とは纏ってる空気が違っていた。
「僕は時の人です。貴方を迎えに来ました。」
私のことを無視したように話しはじめた彼の言葉は続く。
「貴方は創造物に干渉しすぎた・・・だから消えてもらう」
その言葉は冷たかった・・・だけど彼の声はどこか苦しそうだった。
着ているコートから装飾の施されたリボルバーが取り出される。
それを見て諦めがついた私は目の前にいる“彼”に言った。“彼”なら彼に伝えてくれると思ったから、泣きそうな声で一言だけの想いを吐き出した。
「彼に、会うことがあったら伝え・・て・・・ください。」
「ずっと好きだった。って」
病室に銃声が響いた。
消える瞬間、私は幸せだったあの頃の彼に抱きしめられているような、温もりに包まれている気がした。
そういえば、彼は私のために小説を書いてくれていた。そしていま書いている彼の新作のタイトルは『ネガイのカタチ。』と、いうらしいのだが・・・もう読めない。
「読みたかったな・・・ざんねん」
その一言を残して私は世界から消された。
終