2 現場。
「どうして、ココに」
「まだ、現場を見て無かったなと思って」
どうにか会えないだろうか、そう考えて3ヶ月が過ぎた頃だった。
トラウマ克服の為にも、大先輩と共に現場の巡回に行った先で。
献花をしている彼に。
《おい》
「あ、コチラは例の」
「どうも、皆さんのお陰で生きてる者です」
《あぁ、そうか》
「本当にありがとうございます、本当に、ご苦労様と言っても良いんですかね?」
《あぁ、ありがとうございます》
「いえ」
「「あの」」
「すみません」
「いえ」
「その、実は少し相談が有るんですが、生活安全課の方が適切かも知れない事なんですけど」
《言ってみて下さい、ウチの担当かは内容にもよりますので》
「出来れば、あの中とかは、ダメですかね」
《構いませんよ、緊急を要する案件かどうかは未知数ですしね》
先輩のお陰で、また話せる事になった。
けれど彼は本当に事件を抱えていて。
「Ωが、来てたんですか」
「はぃ」
《危ない事を》
「直ぐに医療タクシーで帰らせたんですけど、連絡が頻繁で、しかもウチに来るって」
《拝見致します》
メッセージアプリには無数のメッセージが、そして今でも電話が掛かり続けて。
「この方は」
「はい、例の。番の影響下で言わされただけだって、でも、本当にもうどうでも良くて」
《かなり不安定なΩですし、コチラで預かりますが》
「はい、お願いします、知り合いに出るのを手伝って貰ったって言ってたので」
《脅すつもりは無いんですが、もしαなら、最悪は引っ越しも見当して頂く必要が有るかと》
「そのつもりです、元から引っ越すつもりだったので。スマホは既に新しいのを持ってるので、預けます」
《分かりました、ちょっと良いか》
「はい」
そうして車外で、交代を告げられた。
《お前の知り合いだろ》
「いえ、でも」
《担当になれば、本当に関われなくなるんだぞ》
「ありがとうございます」
《この現場に居て震えないんだ、もう復帰で良いだろう》
悪夢で目覚める事も、思い出すだけで動悸がしていた事も、まるで噓の様に心の中が凪いでいた。
彼に会えた事で、恐怖や不快感から解放されていた事に気付いた。
「ありがとうございます」
《おう、じゃあ連絡しておく、お前は車で待ってろ》
「はい」
早まったとは思っていない、αになれたからこそ得られた感覚だと思うから。
でも、少しだけ寂しい気持ちも有る。
僕は本当に変わってしまったから。
《どうして》
「支配下に有ったのは分かるけど、あの暴言は無理だよ、何にでも限度は有るんだ」
《でも、好きだからαに》
「うん、でも、だからこそ無理なんだ。何で僕はこんな人を好きだったんだろうって、もう、全く君に興味が無いんだ」
《僕が何回も番を解除されたから》
「フラれる前までは好きだったけど、フラれたし、あの暴言は無理だよ。謝って覆しても、僕の中ではその形のままで残ってるんだ、物も心も完全には元には戻らないんだよ」
《分かってくれても良いじゃん!》
「分かってるよ、ずっと分かってた、支配下で望まない事をさせられたのも今回だけじゃないと思う。でも、分かってるからって、どうして僕が許す必要が有るの?」
《番に》
「もう君とはなりたくない、あの時だったら喜べたけど、今はもう無理だよ」
《全然、分かってくれて無いじゃん》
『でしたら、彼に分かって頂く為、アナタは何をしたんですか?α権限で名誉棄損をさせられた、と先ずは元の相手を訴えてから、彼に償いをしてから愛を請うべきでは』
《Ωでも無いアナタに》
『残念ですが、Ωなんですよ、僕も』
《なら》
『番も居ますし、番の解消もされた事も出産も経験していますが、何か』
《あんなに強い》
『その方にも、お会いさせて頂きましたが、アナタは全く拒否しなかったと証言なさってますよ。お2人を名誉棄損で訴えるかどうか、考えてらっしゃるんですよね』
「はい、場合によっては。僕も後から知らされたんだけど、友達が来てて、録画してたんだ。あまりに気まずくて言えなくて、この前、やっと言えたって」
《そんなの、だから別に本心じゃ》
『関わらないで頂ければ、アナタへの提訴はしないそうですが、どうしますか?』
《何で?ずっと一緒》
「ずっと一緒だったからこそ、凄く傷付いたんだよ。僕の立場で考えた?君なら本当に許せる?それはβの僕の立場で本当に考えてくれた事?」
《ごめん、でも、本当に好きなんだ》
「僕はもう嫌いだよ、本当に関わりたくない。君には同情するし、支配下についても理解してるつもりだけど、コレを許す事は僕の事を考えてくれている人にあまりに不誠実だし。そうじゃなくても、どう足掻いても全く君に興味が湧かない、例え強制的に発情させられても。それこそ僕は、僕の体を傷付けても尊厳を守る、引き千切ってでも君との性行為を拒否する」
《何でそんな、αになったから?》
「かも知れないけど、そう、何をしても許す僕が好きだっただけって事だよね」
《違っ》
「なら、僕が許さないかもって、どうして思わないの?どうしてその覚悟をしてないの?許されない事を言ったって、どうして言ってくれなかったの?どうしてそう謝ってくれなかったの?」
《だから、それは》
「もう良いです」
『では、提訴で』
《違っ、待って》
『では、2度と関わらない、関わった場合の処遇を受け入れる場合は。署名をお願い致します』
「今、君が傷付いてるかどうか分からないけど、僕はもっと傷付いたんだよ。稼いで幸せにしたいって言われた事が本当に嫌だった、恩着せがましい、余裕が有るヤツが嫌いだ。そう言って僕の全てを、君が全否定した。例え支配下にあっても、催眠術と同じで絶対に嫌な事はしないんだって、僕はその説を信じてる。覆したかったならもっと努力して欲しかった、泣き付いたり不機嫌になるんじゃなくて、しっかり対話して欲しかった。幼馴染として、人として、僕は君の都合の良い道具じゃないんだよ」
《変わるから》
「今はもう本当にどうでも良いんだ、僕、ちゃんと過去形で言ったよね?欲しかった、って。本当にもう今は時間の無駄だとしか思って無いんだ、提訴も少し面倒だから避けたいだけ、まだ関わるって言うなら提訴する」
《運命の番かも知れないのに》
「なら引き千切るだけだよ、僕を助けてくれた人の為にも死は選ばないけど、それは絶対に受け入れない」
《後悔しても知らないから》
「そうだね、もう関わらないからね」
『では署名を』
僕の頭の中は、警官の彼の事で溢れてる。
α同士なのに、僕は彼に会いたいし、顔を合わせるだけでホッとする。
守りたいとか、守られたいとかは確かに無いけど。
一緒に居る事に、全く無駄を感じない。
早く報告がしたいし。
あ、褒められたい気持ちは有る。
安心させたいし、安心した顔が見たい。
《はい》
『はい、確かに。では、失礼致します』
コレでやっと、彼と普通に会える。
「もう大丈夫です、署名を貰いましたから」
「でも、油断しないで下さいね」
「はい、ありがとうございました」
公式で会うのは、コレが最後。
非公式に会った事は数回、けれど、あくまで偶然を装って。
「コレで、最後ですね」
「ですね、だからケジメも付いたので、結婚相談所に登録しようと思ってるんです」
「あぁ、成程」
「もう登録してますか?」
「いえ」
「あの有名な大手なら、もしかして会えるかなと思って」
最初、単に彼は世間話をしているのかと。
けれど、彼が指を指した看板には。
「あぁ、成程」
「あそこなら、何も縛られずに会えるんじゃないかと思って」
「カビの影響分類に左右されず、ご紹介致します。ですしね」
「もう、分類って些末な事になり始めてますからね」
「確かに、俺も考えてるんですよね、もし運命の相手に出会えたら。変える事も有るのかも知れない、と」
「でも、前と違う、新しい感覚になるらしいですよ。前に好きだった人が好きじゃなくなるとか、性格が変わる、とか」
「変わる人は変わるでしょうし、変わらない人は変わらないんじゃないですかね」
「でも、出来たら、体験した方の話も聞いた方が良いと思いますよ?」
「なら、良いカウンセラーも必要ですね」
「そうそう、是非、お知り合いにも聞いてみて下さい」
「はい、そうさせて貰います」
「今まで、本当にありがとうございました」
「いえ、コチラこそ、俺もアナタに救われました」
「だと良いですけど、じゃあ」
「はい」
彼と別れた後、直ぐに結婚相談所へ登録し。
大先輩にも、相談する事に。
《あぁ、あー、知り合いが通ってるらしいが。暫くはな、時間を空けた方が良いだろうな、1回パーティーに出てからにしとけ》
「先輩も」
《馬鹿野郎、子供だ子供、安全に知り合うのはアレが1番だからな》
「付き添いましょうか」
《頼めるか、ウチのも初めて、お前初めてか?》
「はい」
《何でだよ》
「警官になりたかったので」
《で、コレか。真面目だなお前は》
「いえ、寧ろ不適切、不適格ではと」
《いや、アレも乗り越えたんだ、お前が不適格なら俺は失格だ。子供に過保護になっちまって、それでだ》
「改めてご相談の連絡をさせて頂きます、パワハラ防止の為にも」
《真面目だな、助かるよ、ありがとうな》
「いえ、では」
《おう、じゃあな》
もし、彼の意図を俺が正しく理解しているなら。
必ずまた会える、いつか、必ず。




