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前日譚その3

中庭へ向かう道すがら、オフィーリアはラトゥナに対する既視感の正体を探る。その既視感がオフィーリアの記憶に由来するものなのか、オフィーリアの前世の記憶に由来するものなのか、それともただの気の所為なのか検討がつかない。もやもやとした気持ちを抱えながら、オフィーリアたちは中庭で待つダーラの元へと赴く。ダーラはオフィーリアたちを視界にいれるなり鋭い注意を飛ばした。

「遅い。トワイライト家の侍女たるもの、常に素早く行動するよう心がけるように。それでは、仕事を説明します。」

ダーラは中庭の奥にある使用人たちの別館の方を手で指し示した。

「毎朝、あの別館のホールで朝会をします。遅刻は許されませんから、絶対にしないように。次は貴方がたの仕事です」

ダーラは足早に踵を返し、北館へと戻る。オフィーリアとラトゥナも小走りでそれについて行った。ダーラは豪奢すぎない出で立ちをした廊下を忙しなく進み、突き当りの扉を開け放つ。広い部屋の中に、ドレスやシャツが所狭しと干されている。その下では侍女や下男たちが洗濯をしたり服を干したりと慌ただしく動いていた。

「ラトゥナ、あなたにはここで洗濯係をやっていただきます。詳しいことは彼に。オフィーリアはこちらへいらっしゃい」

ダーラはそばにいた初老の下男にラトゥナを任せると、オフィーリアを連れて洗濯部屋を出た。出る直前、ラトゥナに手をふると、ラトゥナは片目をつぶってオフィーリアにウインクしてみせた。

ダーラは階段を昇り、三階へと移動する。

(確かこの階には、ヴァイオレット様の私室があったはず)

ゲームの設定を思い出しながら、探索のような気分でダーラについていく。ダーラはならんだ扉の中で唯一開いているそれに我が物顔で入っていく。厨房のようで、昼前であるせいかシェフたちが鬼気迫る顔で働いている。

「オフィーリア、あなたには給仕の仕事を。詳しいことは、彼女に聞きなさい」

ダーラは遠くにいたふわふわとした髪の侍女を呼び寄せ、その侍女に耳打ちをしてから出ていった。侍女はオフィーリアの肩を苦笑いで叩く。

「ダーラ侍女長は圧が強いわよね。はじめまして、新人さん。私はジェゼール、給仕をしてる」

ジェゼールは優しそうな見目をしているが、醸し出す雰囲気や出で立ちは隙がない。オフィーリアもジェゼールに習って自己紹介をする。

「オフィーリア・スフィーです、よろしくお願いします」

「ええ、よろしく。今はお嬢様と、侍女皆の昼食をご用意してるの。来たからにはじゃんじゃん手伝って貰うわよ!」

ジェゼールは茶目っ気たっぷりにそういうと、オフィーリアに食事の乗った銀のトレイを押し付けた。

「早速、まずは食堂までお食事を運ぶわよ。案内してあげるから、ついてきて」

そう言ってオフィーリアを先導するジェゼールの両手には、オフィーリアと同じ銀のトレイがバランスよく収まっている。

「バランス感覚、すごいですね」

「新人さんも鍛えればこれくらいできるよ。ほら、そこが食堂」

器用に足で扉を抑えながら、隙間に体を滑り込ませる。オフィーリアもそれに続いて入った。

「お嬢様は奥の席でお食事なさるわ。お隣で側近のゴンザレス様も。お嬢様は冷えた食事がお嫌いだから、準備は手早く。」

そう説明する間にも、ジェゼールは手元を見ないまま食事をセットし、その両側にカトラリーを置く。ジェゼールに指示されるまま持ってきた料理をすべて置いて、オフィーリアは銀のトレイを下げる。

「今日は仕方ないけど、セッティングは覚えてもらうからね。それと、準備が終わったからそのハンドベルを鳴らして」

「これを?」

ジェゼールが指さしたトワイライト家の家紋の入ったハンドベルを持ち上げ、軽く鳴らす。

「これでいいんですか?」

「ええ。そのハンドベルは特別な魔法がかかっていて、お嬢様の持つハンドベルとつながっているのをそれを鳴らすと、もう片方も共鳴する、それで連絡を取るってわけ」

なるほど、とオフィーリアはハンドベルを眺めた。やや高級そうな雰囲気はあるが、魔法がかかっているとは思えない。

「新人さん、こっちへ。お嬢様がいらっしゃるわ」

オフィーリアは腕を引っ張られ、机から離れた柱の影に並ばせられた。ジェゼールとオフィーリア、そして隣にもう一人ずつ侍女と下男がいる。扉が開けられた。

「ぁ…!」

オフィーリアは小さく息を呑む。悠々と髪を遊ばせながら入ってきた小柄な少女。瞳と髪の高貴な紫がランタンの光を受けて輝いている。すらりとした胴を包む黒いドレスは、悪役令嬢の名に相応しい気品を漂わせていた。

(悪役令嬢、ヴァイオレット・トワイライトが……いる!)

顔がにやけてしまわないよう、顔に力を入れて背筋を伸ばし、頭を下げる。顔を上げると、ヴァイオレットは侍女たちを一瞥してからさっさと椅子に座った。ヴァイオレットの一歩後ろを付き従っていた男、側近のゴンザレスもその隣に座る。厨房で料理をしていたシェフが早速と現れて、ヴァイオレットにメニューの説明をする。しかしヴァイオレットはそれをつまらそうな顔で聞き流していた。

「いただきますわ」

鈴のような声が食堂に響き渡る。ああ、ボイス通りだ! オフィーリアの感動は留まるところを知らない。顔がにやけないよう力を込めながら、ヴァイオレットを観察する。細身の体を包み込むドレスはレースやフリルがたっぷりと使われているが、それでも上品さは損なわれておらず、ヴァイオレットの美しさを最大限引き出していると言える。食事を口に運ぶ動作も洗練されていて、無駄がない。ゲームをプレイしたときに見たヴァイオレットよりも、現実に見るヴァイオレットはさらに魅力的に見えるのは何かロジックがあるのだろうか。オフィーリアの思考は段々とヴァイオレットに占拠されていく。そのままずぶずぶと思考の沼に嵌っていきそうだったが、ジェゼールに脇腹を小突かれて我に返る。

「見過ぎ」

小声でそう注意され、オフィーリアはすぐ「すみません」と返した。ヴァイオレットには気付かれていないようで、オフィーリアは胸を撫で下ろした。ヴァイオレットから目線を外し、ゴンザレスに目を向ける。ゴンザレスは気難しくヴァイオレットにのみ忠誠を誓う側近の男で、強面で体格も良いため圧が強い。ヴァイオレットは怖くないのだろうか、なんて見当違いなことを考えた。そうこうしているうちにヴァイオレットたちは食事を終え、オフィーリアとジェゼールは横から食器をトレイに回収する。ヴァイオレットは指先でシェフを手まねいた。

「ごちそうさま。美味しかったわ」

シェフは頬を染めながらヴァイオレットに頭を下げ、やや早足で出ていった。ヴァイオレットとゴンザレスが食堂を出る前に、ジェゼールたちは厨房へ戻る。

「オフィーリア、あんなに見るのは不躾よ。気をつけてね」

「すみません、つい……」

下げた食器を手際よく仕分け、台の上に置く。洗わなくていいのかとジェゼールを見ると、何やら両手を広げるところだった。

「ジェゼール……さん?」

「新人さん、君、魔力はある?」

「魔力ですか?」

オフィーリアの記憶をたどる。魔法を使った形跡はなく、魔力についての記憶もない。

「ありません」オフィーリアはそう答えた。

「そう。じゃあ、よく見てて」

ジェゼールはそう言って並べた食器に掌を向ける。その時、掌からみるみるうちに青白い光が漏れ出した。光は形となり、球体となって浮かび、やがて透明な何かに姿を変えていく。

「水?」オフィーリアがそう呟くと、ジェゼールはにんまりと笑った。「そうよ」

「食器洗いはこうやってやるの。それ、洗い物の魔法ラバンド!」

食器が音を立てて持ち上がり、球体の中へと入っていく。球体が震えながら皿を包み、汚れを落としていく。みるみるうちに綺麗になった皿は、勝手に動いて食器棚へと戻っていた。オフィーリアは始めてみた魔法に拍手と歓声を送る。

「新人さんは魔力がないから使えないだろうけど、ここの侍女や下男はね、みんな魔法を使って仕事するの。」

そう言われて改めて厨房に視線を巡らせると、たしかに不自然な炎や水を我が物顔で操る者たちがいる。魔法が使えないオフィーリアでは不利になりそうだと、なんとなく危機感を覚えた。

「さて、いつまでも呆けてられないわよ。次の仕事!」

ジェゼールがそう言って、颯爽と歩いていく。オフィーリアはその背中を追いかけた。


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