第二章 その8(終)
「……それ、って、どういう……」
ミヨの真意が読めず、オフィーリアは聞き返す。ミヨは秘密の話をするように声を潜め、これは内緒なんですけれど、なんて前置きをする。
「ヨウナはね、お金さえあればなんでもいいんです」
「……え?」
そんなはずはない。ヴァイオレットはたしかに、金と好奇心で動く、と。そこまで考えてからふと気がつく。
「気が付きました?」
ミヨはとても愉快そうな表情をしていた。サプライズをばらす子どものような顔だった。しかしその目は黒曜をさらに深くしている。なんだかそれが、酷くアンバランスに見えた。
「……ヨウナ副隊長は、たしかに。いつも、お金の話が先ですね」
「ええ。あの子は思いの外素直ですから。いつも、お金の話を先にします。私の話はどうでもいいかのように」
「ということは、ヨウナ副隊長は、ミヨ副隊長の代弁者ということですか?」
ミヨはふふっと笑い声を漏らした。可笑しくてたまらないというような表情で、でも瞳の黒曜はそこかしこに闇をたたえているような気分になる。
「代弁者。まあ、言ってしまえばそうです。私はヨウナに判断を任せ、彼女の影に隠れています。理由はおわかりですね?」
「穢れた魔導士だと、知られたくないから」
ぱちんっ、ミヨが指を鳴らす。冷たい風が二人の髪をさらった。風のせいか心のせいか、オフィーリアは底冷えするような感覚がする。ドレスの保温魔法は解けずにかかり続けていた。
「私の顔が周囲に知れ渡るのは、あまりにリスクが高すぎる。だからヨウナに全てを背負わせ、私は彼女の影に隠れ続ける」
「じゃあ、ヨウナ副隊長は、『ミヨ副隊長が面白いと思うだろうから』という理由で私たちの提案に頷いたんですね」
「それが二割、残りの八割はお金、という具合ですね。まったく、行動原理がわかりやすくて何よりです」
何よりとはまったく思っていなさそうな顔で、ミヨはぺろ、と舌を出した。オフィーリアはふと、ミヨの顔が先程よりも緩くなっているように見える。
「……ミヨ副隊長」
「はい、なんですか?」
「もし、ミヨ副隊長が私の秘密をばらしたら、私はミヨ副隊長を刺すんですよね」
「ええ。刺すでも、捨てるでも、燃やすでも。契約により、可能です」
人の死が、ぐっと近づいたような気がする。オフィーリアは手汗のにじむ掌をぐっと握り込んだ。
「では、ミヨ副隊長。お願いです。もし私の秘密が露呈してしまったら、私を殺してください」
「……………は?」
ミヨが口をあんぐりと開けて、ぽかんとしている。オフィーリアはそんなミヨに詰め寄った。
「私のこの身は、ヴァイオレット様のためにあります。私の秘密がバレてヴァイオレット様が不利益を被る前に、私を殺してください」
「オフィーリアさん。あなた、何を言っているかわかっているんですか? それは、あなたがこの契約においてへりくだると言っているのと同じことですよ?」
ミヨが至極当然な言葉で諌めてくる。それでもオフィーリアは負けじと頭を下げた。
「それでもです。お願いします。私がヴァイオレット様の邪魔になるのなら、殺してくれても構わない。お願いします」
「……どうして、そこまで?」
「私の悲願は、この計画の成功」
すなわち、ヴァイオレットの生存。それだけを糧にしオフィーリアは進んできたのだ。
「ミヨ副隊長が協力してくださるのなら、この命、投げても惜しくはありません」
顔を上げて、ミヨの目をしっかりと見据える。ミヨは眦を歪ませながら、大きくひとつため息を付いた。
「……わかりました。では、ミヨさん。私からもひとつ」
「はい」
「オフィーリアさんにとって私が邪魔だと感じたら、私を殺してくれても構いませんよ」
それが対等というものです、とだけ言って、ミヨは踵を返し去っていった。オフィーリアは呆然としていたが、やがて我に返り、空に浮かぶ満月を見上げる。
「本番は、ここから。」
「レシュアは始末したか」
薄暗い部屋の中に、カウル・ノーザンの声が響く。豪奢な椅子の上でふんぞり返るカウルの目線の先には、スラトが恭しく跪いていた。
「それで、ヴァイオレット・トワイライトの側近だという娘はどうした?」
「オフィーリア・スフィーは、護衛をつけておりました。穏便に連れてくるのは、難しいかと」
スラトがそう述べると、カウルはちっと舌打ちをした。
「なら、攫ってしまえばいい。トワイライト公爵家の人間といえど、まだ成人も迎えていない世間知らずな娘に過ぎない。前任のときもそうだったんだ、側近一人消えたところで構うはずない」
「かしこまりました」
「取引先がお怒りだ。早くしろよ」
スラトは立ち上がり、部屋の外へ消えていく。カウルはその背中を見送ってから、もう一度ゆっくりと舌打ちした。




