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第二章 その7



ごおんごおんと緊急事態を知らせる鐘が鳴り響く。城内が慌ただしくなる中で、オフィーリアは恐怖とともに「それ」に近寄った。まだ若い肢体は真紅のドレスに包まれていて、中庭の暗黒にだらりと倒れている。その美しい赤髪はまた別の赤黒いものに染まり、瞳は大きく見開かれたまま動かない。オフィーリアはそれの傍らに膝をついて、心臓に手を当て顔を覗き込む。

「ああっ……」

無力感、喪失感、虚無、恐怖。言いようのない不安とやるせなさに襲われながら、オフィーリアは横たわる少女の頬に手をやる。スカーレットによく似た顔立ちのその少女の名はレシュア・メルーア。本来ならば、年明けの舞踏会で死ぬことになる、第一王子の婚約者にしてスカーレットの妹。雪の降りしきる白の中、レシュアは全身に赤を身に纏ったまま頭を強く打って死んでいた。オフィーリアはその手を握る。

「ごめんね、痛かったよね……」

そう声をかけることしかできなかった。もっと気がつくのが早ければ、救けることができたかもしれなかった。

レシュア・メルーアは殺された。恐らくは、スタラミー家の手の者によって屠られたのだ。レシュア・メルーアの存在はスタラミー家が王家を乗っ取るのに邪魔となる。だから騒動に乗じて殺されたのだ。こぼれ落ちそうな涙を必死に堪えながら、オフィーリアはレシュアから体を離し、振り向く。誰か呼ばねばと立ち上がり、会場へふらふらと戻っていくと、丁度ミヨが走って中庭に駆け込んでくるところだった。

「オフィーリアさん! ご無事でしたか」

「ミヨ、さん」

オフィーリアが震える手でレシュアの死体を指差すと、ミヨは一瞬でそれを視認し、死体に駆け寄る。

「もう、死んでます」

その声は自分でも驚くほど冷えていた。ミヨは眉をしかめ、死体を検分していく。

「検分の魔法インスペクシオン

ミヨの指先から湧き出た光がレシュアにまとわりつく。ミヨは明るくなったレシュアの顔を覗き込んで、声を上げた。

「レシュア・メルーア……第一王子殿下の元婚約者ですね」

「スカーレット様の妹様です」

「なるほど。どうやら殺されたようですね。背中に痣」

ミヨは目を閉じたままつぶやく。オフィーリアは衛兵を呼んでこようと、中庭を去る。会場まで戻ると、兵士や魔法士団員たちが慌ただしく右へ左へ駆けずり回っていた。突入してきた黒服たちは軒並み捉えられ、会場の中央に山積みになっている。その頂上ではミナミが足を組んで座っていた。

「……」

声を出せず立ち尽くしていると、近くを衛兵が「中庭に死体があるらしいぞ!」と叫びながら駆け抜けていった。ヴァイオレットやヨウナの姿は見えない。オフィーリアは踵を返し、王城を歩く。当てもなく彷徨ううち、グレンツィアを見下ろすことができるバルコニーにたどり着いた。人影なく、降り出してきた雪がぼろぼろと手すりに落ちてきた。

「はあ」

吐いた息が真っ白く視界を覆った。手すりに頬を付け、グレンツィアを見下ろしていると、後ろから声が聞こえた。

「オフィーリアさん」

「……ミヨ、副隊長」

振り向くと、ミヨがいつもより数段厳しい面持ちで近寄ってくるところだった。

「レシュア様のことを、調べなくていいんですか?」

「部下に任せて参りました。あなたに聞かなくてはならないことがありますので」

そのミヨの声色はいやに固い。オフィーリアが手すりから身を起こすと、ミヨはすぐ隣へとやってきた。

「……レシュア・メルーアが殺される直前。あなたは『妹』と口にしましたね」

「!」

聞かれていたのか。自らの迂闊さを咄嗟に呪う。おそらくは間者を疑われているのだろう。どう切り抜けようか考えていると、ミヨはさらに詰め寄ってくる。

「しかもその現場にあなたがいた。偶然で片付けるには出来すぎていますね?」

圧の強い端正なほほえみがオフィーリアの弱った心に伸し掛かる。何も言えずにいると、ミヨは体を一度離し、耳にかかった黒髪をかき上げる。小さな魔法陣が耳を覆うように回っていた。

「それは?」

「あなたの経歴を少々調べさせていただきました。クレイヤー家で働く財政の傾いた男爵家の一人娘。それ以上でも以下でもない、ただの国民です。まだ年端もいかぬ少女。にもかかわらずあなたは、嫌に場慣れしている」

「……え?」

「元からそうだったといえばそうだったで済みますが、それで説明できないほどの不可解。だから、盗聴させていただきました」

どくり。心臓が嫌な音を立てる。どこまで聞かれていた? そんな思考が一瞬で指先から脳まで体の全てに駆け巡る。

「全て知ってしまいましたわ、革命のことも、私達を呼んだ理由もね」

「ぁ……」

自分の迂闊さが嫌になる。魔法をかけられたことにも気が付かないなんて。もう、トワイライト家は終わりだ___。

「その全てを聞いたうえで、貴方に聞きます」

冷えた声色がオフィーリアの肌を撫でる。ミヨの顔を直視できず、俯いたまま「……はい」と答えた。

「あなたは、いったい何を知っているんです?」

「……え?」

予想外の問いに顔を上げる。ミヨは想像したよりずっと穏やかな顔をしていた。

「ずっと考えていました。あなたの正体を。何度も探らせましたが、結果は真っ白。オフィーリアさん、あなたはクレイヤーにいた時代、なにも怪しいところがなかった」

「……どういうことですか」

「あなたは恐らく、この国にまつわる『何か』を知ってしまったのでしょう。そしてその『何か』を回避するため、密かに動いている……そう考えれば、辻褄が合わなくもないんです」

ねえ、あなたは何を知っているんですか?

再度ミヨにそう問われ、オフィーリアは慄く。『記憶』を言い当てられると思わなかった。どうする、言うか、言わないか。オフィーリアは心中でしたすら頭を回した。

このまま言ってしまって、信じてもらえなければ、今度こそトワイライト家は没落。でも言わなければヴァイオレットは革命を企てた反逆者として、捕らえられる。縋るべき光が見つからず、オフィーリアは狼狽える。ミヨは、オフィーリアに確信を持って接している。このまま答えず逃げても悪手。かといってだんまりも悪手。先程の事件で弱る心はオフィーリアに吐露を求める。それに最後の忠誠心で抗う。やがて、双方どちらの肩にも雪が積もり始めたころ。オフィーリアは重々しく口を開いた。

「………………私は、この世界の行く末を『物語』として見たことがあります」

「『物語』?」

いちど大きく深呼吸をして、怪訝な顔をするミヨを真正面から見据える。オフィーリアは一歩、大きな賭けへと踏み出した。

(もはや形振り構っていられない……ミヨを、捕る!)

「その『物語』は、まさしくこの世界を、この国を舞台に繰り広げられました。『物語』の主人公はスカーレット様で、ヴァイオレット様やアンリ隊長たち、たくさんの方たちが群像劇のように鮮烈な『物語』を繰り広げていました」

「では、あなたもその『物語』のキャラクターであると?」

「いえ、違います。私はその『物語』の中では、名も場面もない、ただの群衆でした」

ミヨは普段よりいくらか困惑を表に出した顔で、それでも否定せずオフィーリアの話を聞いていた。

「その『物語』のヴァイオレット・トワイライトに、私は惚れ込みました。『物語』の中でヴァイオレット・トワイライトが辿る、悲劇の結末を変えたかった」

「悲劇の結末?」

「『物語』でヴァイオレット・トワイライトは死にます」

ミヨは絶句した。オフィーリアも、到底信じられないことを言っているのはわかっていた。それでもこの賭けに勝たねばと、只管口を動かす。

「この世界のヴァイオレット様を、『物語』のヴァイオレット様とは違う最期にするため。私は、『物語』を捻じ曲げているのです。ミヨ副隊長、貴方もそれに協力してもらえませんか」

白い息とともに言葉を押し出して、すぐ黙りこくる。ミヨは暫く黙っていたが、やがて大きくため息を吐いたあと、その顔にとても端正でうつくしい微笑みを浮かべた。

「それが、あなたの秘密?」

「……ええ」

オフィーリアが明確に頷くと、ミヨは突然、ふふ、と笑い出した。悪魔のような笑いにも聞こえるそれが止んでから、ミヨは、ああと感嘆の息を吐く。

「では、秘密を教えてくれたお礼に、私の秘密も教えましょうか」

「……は?」

「私はね、穢れた魔法士リンズ・マジコなんです」

「……リンズ・マジコ?」

知らない言葉をオウム返しすると、ええ、とミヨは頷き、その顔にかかった認識阻害魔法を解く。包まれていたベールが剥がれるように、ミヨの顔が明確に現れた。雪景色の中に突然現れた色のように、ミヨが世界を染める。ミヨはその掌を右目に当てた。その右目が外れたその瞬間_______眼鏡に隠れた黒曜の瞳が、息を呑むほどの美しい銀色に成り代わった。

「銀色……?」

「先天的に人に備わる魔力は、古来より神聖なものとして扱われています。反対に後天的に人に備わる魔力は、神から与えられるものでない紛い物、つまり穢れた魔力と言われます」

「その、穢れた魔力を持っているのが、穢れた魔法士リンズ・マジコ?」

その通り、とミヨは笑った。銀の瞳が愉しげに揺れる。

「では、ここで問題です。この不確かな言い伝えが蔓延るこの世の中で、この国で。それを守るものが、穢れた魔法士リンズ・マジコであったら?」

「……国の信用は失墜する?」

「ふふ、正解です」

銀色という奇抜なはずの瞳はその容姿も相まって、ミヨに馴染んでいる。その瞳が鋭く、オフィーリアを射抜く。

「エミール・レガート・ヨハネ・リアラドは国を守る清廉潔白な魔法士。ですがその正体は、誰からも忌み嫌われる穢れた魔法士リンズ・マジコ。それが私の秘密です」

「それを私に教えてどうするんですか?」

「契約をいたしましょう」

「契約?」

ミヨは頷き、城内に続くバルコニーの扉を一瞥してから、いっそう声を潜めてオフィーリアに囁きかける。

「あなたは私の秘密を守り、私はあなたの秘密を守る。あなたが望めば私はあなたに協力し、私が望めばあなたは私に協力する」

「それって」

「あなたは私の協力を欲しているのでしょう?」

なにかの罠か、と感じたオフィーリアは咄嗟に右腕をミヨと自分の間に捩じ込み距離を取る。ミヨは不敵な笑みでオフィーリアを観るばかりだった。

「罠じゃありません。私の秘密が国民に露呈すれば、この国の瓦解は必定ですよ?」

悪魔のような囁き。

(たとえ何かの罠だったとしても、こんなに旨い話はない。どちらにせよ、乗らなければヴァイオレットは死ぬ)

「わかりました、契約に乗りましょう」

「良い判断です。では、右手を出して」

握手でもするのかと大人しく差し出すと、ミヨはその右手を自分の手で包み込み、魔力を迸らせる。

「契約の魔法コントラート

どくん、と再びオフィーリアの心臓が跳ねた。魔力が雪の上をはね回り、魔法陣が幾重にも展開される。

「今ここに、私たちは契約する」

ミヨがそう簡潔に言うと、パンっと魔法陣が弾けて、光の粒子がオフィーリアの手の上に集まり形を形成していく。そのままじっと見つめているとやがて光は実体となり、金色に輝く二対のナイフへと姿形を変え、オフィーリアの手に収まった。

「それが契約の証。この世で我々しか持ちうることのない、魔法の媒体です。決して肌身放さず、持ち歩くよう」

それから、とミヨはオフィーリアの手の中にある片方のナイフを手に取り、オフィーリアの首筋に当てた。

「契約を反故にした場合、反故にした方は反故にされた方に殺される」

「!」

「どうかお忘れなきように」

ミヨの瞳が再び黒曜へと戻っていく。オフィーリアは生唾を飲み込みつつ頷き、残っていたナイフをドレスの下に隠した。ミヨは圧を潜めてオフィーリアに笑いかける。

「では、戻りましょうか」

踵を返し戻っていくその背中に、オフィーリアは声をかけた。

「ミヨ副隊長。どうして?」

そう問いかけると、ミヨは立ち止まり振り返る。黒曜の瞳が銀になることはなく、ミヨは笑った。

「ヨウナの好奇心は、私の好奇心ですから」


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