第二章 その6
聖夜祭が始まると、ヴァイオレットはクラウンの横で、ご機嫌取りの挨拶の対応に追われていた。一方オフィーリアは着慣れぬドレスに動くのも億劫になりながら、護衛として残ってくれたミヨとともに歓迎のカクテルを傾けていた。社交界に出るのが初めてのオフィーリアにとって、気のおけない仲の人間といえば、クレイヤー夫妻に付き添っている可能性のあるダリアくらいなものだった。ミヨに悟られないよう肩を落としながら、カクテルを喉に流す。北の国々では縁起の良い花と言われるムスリムをイメージしたそのカクテルは、甘すぎず飲みやすい。
「お味はどうですか?」
「美味しいです」
ミヨはこのパーティー会場に入ってからというもの認識阻害魔法を幾重にも重ね掛けており、トワイライト家の証として渡したネックレスがなければミヨだとわからなくなっていた。ミヨがいるはずなのに、その人間の顔はミヨの顔と一致しない。狐に化かされたような気分で、オフィーリアは壁の花に徹していた。下手なことをして注目されれば、目的の遂行が困難になる。だからこそその場から一歩も動かず、ミヨをこの場に引き留めていたのだ。
スカーレットの提案はこう。パーティーの後半、ノーザン王がアンリとミナミを連れて登壇し、演説する時を狙い、一芝居打つというのだ。やり方は簡単。ノーザン王がヴァイオレットを目に入れた状態で、スカーレットが幻を作り出し、ヴァイオレットを襲わせる。それをヨウナが撃退し、ヴァイオレットが狙われているという事実をアンリとミナミに認識させる。この時、ミヨが幻を退治してしまうと、認識阻害魔法のせいでアンリやミナミの認識に影響が及ぶ可能性がある。だからオフィーリアはここにいるのだ。ヴァイオレットがオフィーリアの目付役としてミヨを指名したことで、今ミヨはオフィーリアの側から離れることが難しい。つまり、ヨウナだけが動ける状況を作れるのだ。ヴァイオレットは扇で口元を隠しながら、上品に笑っていた。あれはかなり面倒だと思っている表情だ。いい加減壁の花も飽きてきたとひとつ伸びをし、ぼんやりしていると、人の壁をかき分けて、誰かがオフィーリアの方へ近づいてくるのが見えた。
「おや、スラト卿」
ミヨが呟く。オフィーリアは「どなたですか?」と小声で聞いた。
「第一王子の側近、ベオラ・マルサ・スラト卿です。第一王子をお探しかしら」
第一王子……! オフィーリアの心臓はドキリと跳ねる。スラトは会場を我が物顔で闊歩し、睨むように貴族たちを見回す。その圧にオフィーリアが後ずさっていると、スラトはオフィーリアを見るなりずんずん近づいてきた。
「!」
「そこのお嬢さん。少し、来ていただけますかな」
スラトは巨体を突き出してオフィーリアの顔を覗き込んだ。驚いて肩を跳ねさせる。
「失礼、スラト卿。どういうことでございましょう」
すかさずミヨが間に割り込む。
「おや、これは失敬。わたくし第一王子の側近をしております、ベオラ・マルサ・スラトです。少々事情がありまして、あなたにやっていただきたいことが____」
「オフィーリアさん、下がって」
スラトが手を伸ばしてきたのを察知し、ミヨは片手でスラトの手首を掴む。そしてスラトを睨みながら、「お引き取りください」とだけ吐き捨てた。
「しかし」
「お引き取りください。これ以上は実力行使に出ますよ」
ミヨはさらに掴む手に力を込めた。スラトは仏頂面を歪めて手を戻し、にへらと軽く笑った。
「これは申し訳ありません。不躾なことを。失礼いたします」
スラトは丁寧なお辞儀をして戻っていった。ミヨは暫くオフィーリアを庇うように立っていたが、スラトの姿が見えなくなると同時に緊張を解いた。
「大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫、です。」
「まさかスラト卿に声をかけられるなんて。やはり気を抜いてはいけませんね」
あえて軽い調子でか、ミヨは笑った。オフィーリアはなぜ、スラトに声をかけられたかを考える。
「ゲーム」では聖夜祭はナレーションのみで済まされるイベントだ。判断材料が足りない。しかしその後のシナリオを思い描くと、一つ、心当たりがあった。本来ならば年が明けてから動き出すはずだったスタラミー家が既に動き出している。そして、「ゲーム」では年明けの舞踏会の最中、スカーレットにとって最悪の事件が起きる。
「妹」
思わずそう口から出ていた。
(そうだ、スカーレットは、舞踏会であの側近に声をかけられた。「ゲーム」ではシルエットだったけど、間違いない)
そしてこのイベントは、ある条件を満たさないと見ることができず、しかし回収しないとエンディングに大きな影響を及ぼす大切なイベントだった。その条件とは、「会場にいること」だ。小鳥イベントではスカーレットは会場外にいるため、この条件を満たさない。そしてそれを回収したのは、オフィーリア。
パーティーは後半になり、壇上に国王が登壇した。でもそれすらも気にならない。
「まさか」
ダンッ! 激しい音が響いた。扉が荒々しく開けられて、フードを被った黒服の集団が会場になだれ込んでくる。
「アンリ! ミナミ!」
国王は目を丸くし、両側に控えていた隊長二人に指示を飛ばす。アンリとミナミは一歩前に出ると、凄まじい勢いで集団に近付いた。轟音とともに魔力が迸り、会場に悲鳴が上がる。ヴァイオレットは、と視線を彷徨わせると、スカーレットとヨウナに守られているのが見えた。
(スカーレットがいるってことは、これはスカーレットの幻じゃない!)
オフィーリアは咄嗟にそう判断し、ヴァイオレットに見つからないよう混乱の会場を抜け出す。ミヨの呼ぶ声を振り切って、中庭へ。バクバクと鳴る心臓をなんとか沈め、はやる気持ちを抑えて中庭への扉を開けた、その刹那。
「あ」
空から降ってきた「それ」と目があって、オフィーリアは全てを悟ってしまった。




