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前日譚その2

「それじゃあ、ダリア。また」

薄い外套を羽織ったオフィーリアは、見送りに来てくれたダリアに手を振った。ダリアは栗色の瞳に心配を滲ませながらも、手を振り返す。オフィーリアはそんな様子のダリアに、困り顔で近づいた。

「ダリア、大丈夫。いくら傲慢と噂のヴァイオレット様だって、私のような侍女の端くれを相手なんかしないわ」

安心させるつもりで言ったのだが、ダリアはその発言でさらに不安になってしまったらしい。上がっていた口角がみるみるうちに戻っていく。

「そんな顔しないで、ついたら手紙を送るから」

「そうよね……ごめん、オフィーリア。どうしても心配で……」

ダリアはもう一度笑顔を作り直し、手を振る。オフィーリアはその様子に胸を撫で下ろし、それからトワイライト家の領地へ向かう汽車に乗る。開いていたソファは座り心地が良かった。テーブルの上に先程買った新聞を広げる。

今がゲームのストーリーが進行している最中なら、エピソードを捻じ曲げることができるかもしれない。でも、今手元にある情報はゲームの設定と物語だけ。なにか小さな情報でもいい。イベントの手がかりがほしい。

「町工場に野盗出現…大物貴族、まさかのスキャンダル…ノーザン王家の呪いか? 赤い小鳥出現…」

どこにでもありそうなタイトルの記事がつらつらと並んでいる中で、ある記事が目についた。

『自警隊ネパラーゼ期待の新人 異常な活躍を見せる』

『11月の終わりに入隊試験を終え、今期も複数の新人を獲得したネパラーゼ。今期の新人は今までとは一味違うようだ。今期入隊のスカーレット・メルーア隊員(16)が、異例の昇進を果たした。同隊員は入隊してから一週間で王国周辺に発生した盗賊団を単独で討伐し、ファドリー隊長からその功績を認められ昇進することに…』

「ということは、まだ序盤……」

スカーレットが隊内で異例の昇進を果たすのは、攻略対象と出会う前のことだ。ネパラーゼに入団してすぐ、スカーレットは王国で盗みを繰り返す盗賊団を討伐する。それをきっかけに昇進し、スカーレットは隊長ファドリーの専属隊に最速で入隊。それをきっかけに、個性豊かな攻略対象、そして悪役令嬢と出会い、物語が進んでいく。その裏でヴァイオレットは、婚約者であり攻略対象のクラウンを従えて、ノーザン王国を手中に治める企てをしている筈だ。

ストーリーの分岐によって発生するエンディングは大きく分けて3種類。

1つ目は王国第一王子のカウルを選んだ場合。カウルとともにヴァイオレットとクラウンの企みを白日の下に晒し、ノーザン王を引きずり降ろし、王妃となるエンディング。

2つ目はクラウンを選んだ場合。クラウンの好感度を上げることでヴァイオレットを裏切らせ、ついでに無能王子のカウルを罠にはめ、ノーザン王を引きずり降ろし、クラウンとともに国を治めるエンディング。

3つ目はその二人以外を選んだ場合。無能王子カウルを罠にはめ、クラウンとヴァイオレットを倒し、ノーザン王を引きずり降ろし、治める者のいなくなったノーザン王国を新たに女王として治めるエンディング。

どのルートにしろこれから仕える主は破滅しかないのだが…この分岐で重要なのは、オフィーリアが処分されるか否かという事実だ。3つ目のルートではヴァイオレットの側近、侍女その他諸々トワイライト家に関わった者は全員処刑されてしまう。他のルートなら別に捻じ曲げる必要はないが、3つ目のルートに入るというのなら捻じ曲げるしかない。せっかくゲームの世界に転生するなんておとぎ話のような事が起きたのだ、寿命いっぱいまでこの幸せを満喫したい。そして、オフィーリアにもう一つ、ヴァイオレットに味方する理由がある。

「ヴァイオレット・トワイライトが、ゲームの裏でどんな行動をしていたか……そんなの、気にならないわけないわ」

思わずそんな独り言がこぼれてしまうほど、オフィーリアは内々で興奮していた。もともとオフィーリアが暁の淑女を買った理由は、ヴァイオレットのビジュアルに惹かれたからだ。プレイ中も言動や行動の一挙手一投足に注視し、その自分の欲望に真っ直ぐな、ある意味芯のある生き方がオフィーリアは気に入っていた。それを間近で見られるチャンスをみすみす逃すほど、オフィーリアは阿呆な人間ではなかった。汽車がトンネルに差し掛かり、車内はランタンに照らされる。

「ヴァイオレット・トワイライトの、あの生き方が現実になった……!」

歓喜の声を絞るように吐き出し、新聞の文字を眺める。汽車はもうまもなくトワイライト家の治める地、ベルタ街へと到着する。汽車が暗いトンネルを抜けて、外は再び銀世界に。その銀世界の向こう側に、石造りの町並みが見えてきた。

「あれがベルタ街……」

汽車は煙を上げながら雪景色の中を突き進み、ベルタ街へと突入する。石煉瓦が積み上がってできた城のような駅舎に停止した。オフィーリアは荷物をまとめ、外套を羽織って汽車を降りる。扉の側で待機していた駅員に切符を渡し、待っている人々の横をすり抜けた。クレイヤー領とは比べ物にならない人が、オフィーリアが乗ってきた王都行きの汽車に吸い込まれていく。ぶつからないよう慎重に人混みを通って、駅舎を出る。駅前広場は厚い雪雲のせいか昼間であるにもかかわらず明かりが灯されていた。

「凄い、凄いわ! ゲームと同じ景色……」

オフィーリアは感嘆のため息を漏らしつつ、長靴で雪を踏みしめながら一歩一歩進む。

ノーザン国の北、クレイヤー領の南にあるこのベルタ街は、ノーザン国の二つの公爵家のうちトワイライト公爵家が治めるノーザン国三大都の一つだ。魔法技術や産業、観光業も発達しており、三大都である王都グレンツィア、ベルタ街、賢都ロマシュカの中では最も住みやすいとも言われている。石煉瓦の建物が並ぶ大通りを進み、飲食店の立ち並ぶ街道を抜けると、街一番の教会と広場が現れる。その更に奥に坂があり、登りきった先には。

「これがトワイライト邸……」

ベルタ街で1、2を争う巨大な屋敷が東西南北、そしてそれを一回り上回る邸宅が中央に位置している。窓枠の向こうに見える侍女たちは慌ただしく働いており、庭では庭師たちが魔法や道具を使って身長の何倍もある針葉樹の葉を手入れしていた。オフィーリアがそれを呆然と眺めていると、北側の建物の入り口が開いて、初老の侍女が現れた。侍女は玄関門の前でまごつくオフィーリアを見つけると、早足でかけつけた。

「あなたが新たな侍女?」

話しかけられ、オフィーリアはせわしなく姿勢を正した。

「はい。オフィーリア・スフィーと申します」

「私はダーラ・ポラリス。北館の侍女頭をしています。あなたの部屋を案内しますから、入って」

ダーラに連れられて、オフィーリアは北館の中へと足を踏み入れた。

トワイライト低は当主の住む本館、使用人たちの住む別館、長男ヴァーミリオンが住む東館、次男シーシェルの住む南館、長女オリーブの住む西館、そして末っ子にして次女ヴァイオレットが住む北館に別れている。オフィーリアの住む別館は華美すぎない、しかし上品な装飾がされている。いわゆるシックというやつだろうか。

「ここがあなたの部屋よ」

ダーラに案内されたのは、一人用には些か広い部屋。左右に大きな窓が設置されていて、ベッドと机と棚が2つずつ置かれている。

「誰かと相部屋なのですか?」

「ええ。あなたと同じような立場の侍女がもう一人。お陰で部屋が足りないわ」

眉間にしわを寄せたダーラはオフィーリアに身支度なさいと指示すると次の仕事に取り掛かるため部屋を出ていった。鞄から服を取り出してクローゼットにかけると、机の上の新品のお仕着せに着替える。裾にフリルがこれでもかとあしらわれた少し派手目なメイド服。クレイヤー家のものとは段違いに上質だ。手鏡で身だしなみを整えていると、扉が開いた。ダーラと、灰銀色の長髪の少女が入ってきた。

「オフィーリア。彼女があなたと相部屋になるものです。あなた、自己紹介なさい」

「はじめまして。ラトゥナと申します」

「はじめまして。オフィーリア・スフィーです」

ラトゥナは優雅に頭を下げてオフィーリアに微笑んできた。オフィーリアも頭を下げる。ダーラは二人の様子を確認すると、またせわしなく出ていく。とびらを閉める前に「支度が終わったら中庭へいらっしゃい」と言うのも忘れない。

「こっちのスペースが私でもいい?」

ラトゥナはオフィーリアとは反対のクローゼットを開けながら言った。オフィーリアは「いいよ」と返答し、残った荷物を適当に収納し始めた。

「オフィーリアはどこから来たの?」

ラトゥナが話しかけてきたので、手を止めて振り返る。その表情にどこか既視感があった。

「私はここより北のクレイヤー領から。ラトゥナは?」

「私は南のキャベンディッシュ領から来たの。ここは寒いね」

ラトゥナはオフィーリアのものよりも更に薄い外套をクローゼットにしまうところだった。

「南は雪が少ないものね」

「そう、びっくりしちゃったわ! 私の肩まで雪が積もっているんだもの」

ラトゥナは身振り手振り大げさに雪の大きさを表現していた。その動きにもなんだか見覚えがある。思い出せないかラトゥナの顔をじっと見ていると、ラトゥナは不思議に思ったのかエプロンの紐を結ぶ手を止めてオフィーリアを見返してきた。

「どうしたの?」

「いや……、ラトゥナ、私達どこかであったことない?」

そんな風に聞いてみると、ラトゥナは渋い顔で考え込む。手が止まってしまったので促すと、先程より鈍い動きで片付けを再開した。

「会ったことはないと思うわ。私、人の顔を覚えるのが得意なんだけど、オフィーリアは初めて見るし」

「そっか。変なこと言ってごめん」

ラトゥナの手をすっかり止めてしまった。オフィーリアは自分の片付けがあらかた終わったのを見て、ラトゥナの鞄の直ぐ側にしゃがみこんだ。

「手伝おうか?」

「大丈夫、もう終わるから」

ラトゥナはそう言って鞄を持ち上げ、机の後ろ側に押し込んだ。そしてオフィーリアを振り返り、「中庭に行こう」と立ち上がった。


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