第二章 その2
「オフィーリアさん、外出ですか? よろしければお供しても?」
ヴァイオレットからのお使いを頼まれたオフィーリアに、ミヨはそう声をかけてきた。あいも変わらず人当たりの良い、でも何を考えているかわからない微笑みをしていた。
「………………はい、大丈夫ですよ」
オフィーリアはたっぷり考えた後、渋々頷いた。
(ミヨのことは、敵に回したくない)
なんせ東隊の副隊長。王立魔法師団きっての切れ者で、貴族でもある。敵に回せば革命の成功率はぐっと下がるだろう。ヴァイオレットはあれだけ真剣なのだ。オフィーリアが無碍にする訳にいかなかった。二人で北館の外に出ると、風で舞い上がった雪とともにミヨがサーコートのフードを被った。
「目的地は?」
「グレンツィアです。ヴァーミリオン様に、王宮までお使いを頼まれておりまして」
「そうですか。お使いというのは、その小包ですか?」
ミヨはオフィーリアが持っていた、布にくるまれた小包に視線を落とす。中に何が入っているかは知らないが、クラウンまで届けてくれというお使いだった。ついでとばかりにヴァイオレットからクラウンへの手紙も持たされたが、側近である以上文句は言えない。
「ええ、まあ。人に任せられないものらしくて」
「人に任せられないもの……賄賂、とかでしょうか?」
ミヨが悪い笑顔で微笑んできた。オフィーリアはなんてかえせばいいかわからずに黙る。
「賄賂なら、私ではなく、ヴァーミリオン様の側近に頼むと思います」
そしてようやくその言葉をひねり出した。
「それもそうですね。そういえば、オフィーリアさんはなぜヴァイオレット様にお仕えしているのですか?」
ミヨは真意の読めない瞳でオフィーリアの顔を覗き込む。
「……もともとお仕えしていた家に、売られまして」
たぶん。そう心のなかで付け加える。クレイヤー家はオフィーリアを差し出す変わりに大金と別荘二棟を得たと言うし、ヴァイオレット自身もオフィーリアを買ったといっていた。間違ってはいないはずだ。
「それは、お気の毒に。でも相当悲しかったでしょう、ヴァイオレット様は悪評も多いでしょうし」
「たしかに、そうですけど。悪評の殆どは、前の側近の方の話でしたし。ヴァイオレット様は、そんな方じゃありませんよ」
トワイライト邸に来て数日でゴンザレスに鞭で叩かれ、その勢いで側近になったことを思い出す。我ながら恐ろしい幸運だと思う。
「ああ、ゴンザレス……という、側近の方がいましたね。」
「今はどうしているんですか? 確か、王立魔法師団に拘束されましたよね」
「今は王城の地下に囚われていますよ。あと、三年は出てこないでしょうね」
「そんなに罪が重いんですか?」
思わずオフィーリアは聞き返した。
「貴族、それも公爵家の令嬢を、噂で貶めようとした。重い罪です」
ミヨはなんでもないことのように言う。オフィーリアは、それが信じられなかった。
「信じられない、という顔をしていますね。でも、貴族というのはそれが普通です」
「……そうですか」
オフィーリアの背中についた赤い跡は、いまだ消えず、かすかに存在を主張していた。
ぽつぽつと、会話が途切れる汽車をなんとかやり過ごし、グレンツィアに降り立ったときには、オフィーリアの気力は既に半分ほど減っていた。中央駅から王城に向かう道すがら、ミヨが大通りの綺羅びやかな光を見て言った。
「そういえば、もうすぐ聖夜祭ですね」
「聖夜祭……?」
「あら、知らないんですか? 12月25日の夜、聖夜と呼ばれる日に行われるパーティのことを指しますね」
「……舞踏会ではなく?」
「ええ。平民も参加できて、王国や教会からプレゼントが貰えるんですよ。個人同士でもプレゼントのやりとりをしたりしますね」
「あ、クリスマスのことですか」
ミヨが怪訝な顔をした。クリスマス、はこの世界にはないのだろうか。冷や汗が背中を伝うのを感じる。
「確かに、南の方ではクリスマスと呼ぶこともありますね」
そう肯定され、オフィーリアは胸を撫で下ろした。怪しまれはしただろうが、とりあえずは取り繕えたのでよしとする。改めて大通りの店を見渡すと、どこも聖夜祭という文字が店頭の看板に書いてある。
「オフィーリアさんはなにか買ったりしますか?」
「プレゼント、ですか? そうですね、友人には贈るかもしれません」
「いいですね。私も、ヨウナとは毎年渡し合っているのですが……ヨウナったら、変なものばかり贈ってくるんですよ。」
「変なものって?」
「例えば、惚れ薬とか、動物に変身する魔法薬とか、魔力を放出する魔道具とか……まあ、そんなものです」
何を贈っているんだ、何を貰っているんだ。そんな言葉を飲み込む。やっとの思いで王城まで辿り着き、正門を潜って中へ入る。
「リアラド副隊長、お疲れ様です!」
「ええ、お疲れ様」
正門の両側を守る二人の衛兵がばっと敬礼をした。ミヨは我が物顔に城内に足を踏み入れ、オフィーリアを先導する。
「クラウン第二王子殿下の執務室はこちらです。私は待っていますので、ごゆっくり」
ミヨに見送られ、クラウンの執務室の扉を叩く。返事が返ってきたのを確認して、中へ入った。
「失礼致します、クラウン殿下。トワイライト家より、使いに参りました」
「ああ、オフィーリア。ヴァーミリオンのかな?」
「はい」
小包を差し出すと、クラウンはそれを受け取り中身を開封した。中には青い液体が閉じ込められた小瓶が厳重に包まれていた。小瓶の中身を振って確認し、匂いをかぎ、しばらくそうして検品していたクラウンは、やがてその瓶を小包に戻した。
「おや、何か知りたいって顔だね。これはヴァーミリオン特製の魔法薬だよ」
「魔法薬、ですか」
「ああ。例の件について、彼の力を借りたいと思ってね。君ならバレても問題ないだろう?」
クラウンは食えない微笑みをした。そこでようやく、自身が使いにだされた理由がわかった。革命のための品を、革命を知らない人間に任せるわけにいかない。しかしそうまでしてヴァーミリオンが魔法薬を届けた理由はわからない。そんなに大事なものなのだろうか。いや、大事なのはわかるが、どんな効果なのだろうか。そんなことを考えていると、腕がポケットの中の手紙に当たった。はっとして手紙を引っ張り出す。
「こちら、ヴァイオレット様よりクラウン様へお手紙です」
「ありがとう。少し待っていてくれ、読むから」
そう言ってクラウンは手紙を読み始める。退屈しのぎにオフィーリアはクラウンの向こう側の窓に視線を向けた。赤い小鳥が、こちらを覗いている。オフィーリアは扉に向かって叫んだ。
「ミヨ副隊長!小鳥が!」
すぐに扉が開き、ミヨが飛び込んでくる。クラウンが窓を開けると、小鳥は部屋の中へ潜り込んできた。ミヨは咄嗟に両手で魔法を構築する。
「雷魔法!」
魔力とともに雷が走り、小鳥に直撃する。小鳥はぱたぱたと飛んでいたが、やがて床に転がり落ち、跡形もなく消滅していた。ミヨはふうと息を吐いて眼鏡を押し上げる。それからクラウンに頭を下げた。
「許しのない入室、申し訳ありません。緊急事態でしたので」
「いや、大丈夫だ。しかし、ヴァイオレットだけでなく、私の元にも来るとはな」
「何が目的なのでしょうか」
ミヨは窓の外に目を向ける。オフィーリアもそちらを見た。小鳥がやってきた方には、ベルタ街が見えている。
「では私たちは失礼いたします」
オフィーリアは頭を下げて、執務室を出ようとする。
「ああ、待ってくれ」
クラウンはそんなオフィーリアを呼び止めた。ミヨは気を使ったのか何も言わずに出ていった。
「何でしょうか?」
クラウンはヴァイオレットの手紙を机の上に置き、一度大きく深呼吸した。そして口を開きかけ、また閉じる。臆病に開いては閉じ、そして言葉を押し出した。
「君は……ヴァイオレットの、真意を知っているかい?」
「ヴァイオレット様の真意、ですか……?」
「ああ。ヴァイオレットが、革命を起こそうとしている理由は何なんだ?」
「スカーレット様の妹様の件、それからクラウン殿下を、王にしたい。それだけではないのですか?」
純粋な疑問だった。スカーレットの妹が婚約破棄されたこと、クラウンを王としたいこと。それしかオフィーリアは知らない。クラウンは首を力なく振った。
「そうか。わからないならいい。呼び止めてすまなかった」
「いえ……それでは、失礼いたします」
オフィーリアは釈然としないまま外へ出た。ミヨは扉の前で待っていた。
「お待たせしました」
「大丈夫ですよ。では、戻りましょうか」
王城を出て、大通りまで戻る。雪が降り出していた。ふと通りの時計屋のことを思い出した。
「ミヨ副隊長。寄りたいところがありますので、お先に戻っていただいて大丈夫です」
「あら、そうですか? では、ここで。ああ、オフィーリアさん」
「はい?」
ミヨはオフィーリアのお仕着せに手を伸ばす。首元に手をやり、何かを取る仕草をした。
「ゴミがついていました。それでは」
「はい……」
ミヨは駅の方へと歩いていく。オフィーリアは時計屋に足を向けた。
(ダリアに貰った香水のお礼に、何か買いましょう)
どこもかしこも聖夜祭、クリスマスムードだった。おすすめのプレゼントだとか聖夜祭の料理だとか、今は商売時なのだろう、時計屋の通りも以前来た時より賑わっている。ようやく慣れてきた雪道をしばらく歩き、時計屋の小屋に辿り着く。ブーツについた雪を払って中に入った。
「いらっしゃい」
しわがれた声の初老の男がオフィーリアを迎える。男はオフィーリアを見て、「ああ、トワイライトの」と呟いた。オフィーリアのことを覚えていたようだ。
「こんにちわ。聖夜祭のプレゼントを、買いにきたのですけど」
「うちにかい。物好きだね、君も……」
そういったきり、また新聞に目を落とす。オフィーリアが買うものは決まっていた。以前に目にした、天秤を持った天使の置き時計。それを手に取り、もう一つ、その近くにあった銀色の懐中時計も手に取る。
「これでお願いします」
2つ合わせると決して安くない金額となったが、ヴァイオレットから差し出された金額はそれをゆうに上回る。余裕を持って支払えた。店員の男が時計を包んでいる間、オフィーリアは手持ち無沙汰に外に目を向けた。
「君は、トワイライト家の人間だっただろう?」
ふと男がそう言った。
「ええ、そうです」
とオフィーリアは返答した。男はラッピングの手を止めないままポツポツと呟くように語る。
「できるだけ早く。ノーザン国から出たほうがいい」
「え?」
オフィーリアは驚いて男に視線を戻す。オフィーリアに目もくれないまま、新聞を突き出した。見出しに大きく「ノーザン国王への不信」と書かれている。ノーザン国王と第一王子カウル・ノーザンが税の横領の疑惑で告発されている記事だった。
「市民たちは王に不満を抱き始めてる。このままじゃ、国の治安がさらに悪くなる」
「だから出たほうがいい?」
「そうだ。君のような若い娘ならば、働き口もあるだろう」
「……お気遣いは嬉しいですけど、私はトワイライト家を離れるつもりはありませんよ」
オフィーリアは苦笑交じりに答えた。男は一度手を止めた後、オフィーリアを見る。
「そうか。じゃあ、余計な世話だったな」
「いえ。……店主さんは、王様のことはお嫌いですか?」
「どうも思っていない。ただ……あの王の、商売を軽んじるところは嫌いだがね」
男はそういったきり、また口を閉ざした。




