第一章その7(終)
詰所を出て一息つくと、ようやくオフィーリアは肩の力を抜いた。ヴァイオレットは自信満々、といった言葉が似合う笑い方をしている。帰宅するため、馬車の準備をしていると、ヴァイオレットがオフィーリアの肩を叩いた。
「オフィーリア、あなたにおつかいを頼んでもよろしくて?」
「はい。どちらに?」
「この先の通りの時計屋から時計を受け取ってきてくださる? お兄様のものなの」
「承知いたしました」
オフィーリアは頭を下げると、ヴァイオレットから帰りの汽車の代金を受け取って時計屋へと歩を進めた。途中オフィーリアが振り返ると、馬車は先程来た道と別の方向へと去っていくところだった。
(あとで、ラトゥナに何をしたか聞かなくちゃ)
王都グレンツィアは王城を中心とした同心円状の都市で、ノーザン国の中でも魔法産業が盛んな街だ。雪の中でも人々は活気よく動き回っている。曇り空で少し暗い街は、魔道具のランタンを使って明るく照らされている。ランタンの中に灯る火は風で消えることがなく、燃料効率もいいことから多数の国で使用されていると聞いたことがある。設定資料集を買って読んでおけばよかったな、とどこか見当違いな考えを巡らせながら、大通りを下った。
しばらく歩くと時計屋と思われる小さな家屋が見えた。扉横の硝子に遮られたショーウィンドウには、摩訶不思議な形の時計がいくつも飾られている。靴についた雪を払って中へ入ると、初老の男が静かにオフィーリアを迎えた。
「いらっしゃい」
「トワイライト家のものですが、依頼していた時計を受け取りに参りました」
「ああ……少し待て」
男は店の奥へと入っていく。オフィーリアは手持ち無沙汰に時計を眺めていた。アンティークのような錆びた鉄の時計や、懐中時計、秒針が不思議な形をした時計などいろいろなものが並んでいる。現代とはまた違う時計にオフィーリアは好奇心がくすぐられた。そのまま眺めていると、男が時計を持ってきた。
「部品が壊れていたから、交換しておいた」
「ありがとうございます。……あの、この時計は売り物ですか?」
「ああ、そうだよ。気になるのかい」
「ええ、まあ……こういう時計はなかなか見ないもので」
「外国から入荷したものが多いからな。好きに見るといい」
男はそういうとカウンターで時計をいじりはじめた。その言葉に甘えて並べられた時計を眺める。ある一つの時計が、オフィーリアの目に止まった。天使をかたどった置き時計。天使が持つ、体ほどもある大きな天秤の片方には時計が、もう片方には水晶玉が乗っていて、その天秤は時計に傾いている。オフィーリアがその時計に魅入っていると、店主が不意に声をかけてきた。
「その時計が気になるのか」
「……綺麗だな、と」
「それは厄除けも兼ねているからな。天使の置物の意味を知っているか」
「いえ、知りません」
天使の持つ水晶玉が太陽の光につやつやと輝く。
「天使は嘘を嫌うと言われていてな。天使の置物は、そういう嘘から守ってくれると言われている」
「嘘から……?」
「要は騙されない、ってことだ。真実を見抜く水晶玉と合わせて、まじないの時計だ」
まあいまはそんな話眉唾扱いで、売れないがね。店主はそう言ってまた押し黙った。オフィーリアは指先で優しく天使の頭を撫で、店主に礼を言って店を出た。ベルタ街まで戻ろうと汽車が出入りする中央駅まで歩いていく途中、とある店の前が騒がしいことに気がついた。大衆食堂のようで、店先でがたいのいい男と見覚えのある後ろ姿の少女が言い合いをしていた。
オフィーリアは少女の後ろまで近づくと声を上げた。
「ダリア?」
ダリアは振り返ると、オフィーリアの姿を見て栗色の瞳を丸くする。
「オフィーリア! 助けて! この人たち、私を泥棒だって言うのよ!」
「ど、泥棒?」
ダリアが目に涙をためながら悲鳴のようにすがりついてきた。オフィーリアが怪訝な顔をすると、がたいのいい男がうなりながら声を荒げた。
「お前しかいないだろ、俺の財布を盗んだのは!」
「違います! ただぶつかっただけで疑わないでください!」
二人の話を要約するとこうだ。ダリアと男はすれ違いざまにぶつかってしまった。その直後、男は財布がないことに気が付き、ダリアが盗んだと決めつけたらしい。オフィーリアはダリアを庇った。
「ただぶつかっただけで泥棒だなんで決めつけないでください! ダリアはそんなことしません!」
「なんだと!? お前もグルだろ、おれの財布を返せ!」
しかし言い返したことで怒らせてしまったのか、男が拳を振り上げた。殴られる、そう思ってオフィーリアは目を瞑ったが、その衝撃はいっさいこなかった。不思議に思って、目を開けると。
「女性に手を出すのは良くないですよ、お兄さん」
紺色の髪の青年が、男の腕を掴んでいた。
「なんだよ、お前!邪魔すんじゃねえ!」
男が青年に向かって怒鳴る。青年は男の腕を捻り上げた。
「自分よりも弱い存在に見栄を張って楽しいですか? 不愉快です、消えなさい」
青年がそう言うと、男は言い返そうと口を開いた。青年は先手を打って革製品らしき財布を男の口に突っ込んだ。
「その財布、貴方のでしょう。落ちていました」
「むぐっ…!?」
「財布泥棒なんて存在しませんよ。もう少し視野を広げたほうがよろしいかと」
「んぐ……………チイッ」
男は舌打ちをすると、人混みへと紛れていった。ダリアが胸を撫で下ろす。
「あの、助けて頂いてありがとうございます」
「いえ。当然のことです。それでは」
青年は踵を返し消えていった。ダリアがほうと息を吐く。
「かっこよかったわね、今の人」
「そうね……それよりダリア、なんで王都に? 旦那様と奥様はお元気?」
「ええ、もちろん。奥様がご懐妊でね、悪阻が酷くて、食べられるものが少ないの。だから調達しにきたのよ」
「まあ、ご懐妊?お子様が生まれるのね」
「ええ。今、三ヶ月だったかしら」
「めでたいわね。がんばって、ダリア」
「もちろん。オフィーリアこそ、トワイライト家での生活はどう?」
「ああ……順調よ。ヴァイオレット様にお茶を気に入っていただいたの」
オフィーリアは言葉を濁す。ダリアに側近のことや革命のことを知られたくなかった。ダリアは純粋や色の栗色をぱあっと見開かせる。花が開くような笑顔だった。
「そうなのね!オフィーリアのお茶はとっても美味しいから……よかったわ、酷いことはされていないのね」
ダリアは笑う。オフィーリアの身を案じてくれていたようだ。久しぶりに話す彼女は、なんだか少し大人びて見えた。別の汽車に乗るため、中央駅で別れることになる。ダリアとオフィーリアは手を振り合い、それからオフィーリアはベルタ街行きの汽車に乗った。なんだか色々あったとおもっていると、困り顔の青年が話しかけてきた。
「すみません。ここに座っても?」
「はい、大丈夫ですよ。……って、あれ? さっきのお方」
オフィーリアに話しかけてきたのは、紺色の髪の先程の青年だった。向こうもおどろいたように声を上げて、その後礼をした。
「さっきは大丈夫でしたか?」
「はい、もちろん。ありがとうございました」
「それだったら、良かったのですが。あの去り方で再会してしまうというのは、ちょっと恥ずかしいですね」
青年が恥ずかしげに頬をかく。オフィーリアはふふ、と声を漏らした。
「あ、そうだ。私、トワイライト家に仕えているオフィーリア・スフィーと申します。名前を聞かせていただいても?」
「あ、これは失礼。私はラピスです。」
ラピスと名乗った青年は、紺色の髪に深い青の瞳を持っていた。オフィーリアの好きな色だ。じっと見つめていると、ラピスが半笑いで首を傾げた。
「そんなに見られると、恥ずかしいです」
「あ、すみません、つい……」
見ていたことを恥ずかしがっていると、ラピスはふっと微笑んだ。
「大丈夫ですよ。オフィーリアさんはトワイライト家に仕えているんですよね? 出身はどこなんですか?」
「ゴルゴットです」
領地に思いを馳せるが、これといって思い入れがあるわけではないのを思い出して心の中で苦笑した。ラピスはオフィーリアの苦笑ににこやかに応える。
「ゴルゴットですか。私はカルドレアの出身なので、北に行ったことがないんです」
「カルドレアって、南の……海沿いの街ですか?」
「はい。グロウポートに比べたら、全然小さいですけど」
「でもいいですよね、海。好きですよ、私」
グロウポートはノーザン国最大の港がある別荘地で、カルドレアはグロウポートと隣り合った真珠が名産の街だ。ゲームには名前だけで出てこなかったのだから、ラピスはゲームのキャラクターではない。オフィーリアはそう断定し、僅かに張っていた緊張を解いた。うかつな発言をしたくはないのだ。ヴァイオレットの敵を作ることになるやも知れない。そう考えると、先程トワイライト家に仕えていると言ったのもあまりよろしくない。オフィーリアは気持ちを新たに、今はこの会話を楽しもうとラピスに意識を向けた。
「そういえば……オフィーリアさんはスフィー男爵家のご令嬢ですかね?」
「あ、わかるんですね? 令嬢ではありますけど、平民に近いですよ。なんせ家の経済状況がよくなくて。」
「経済状況がよくない?」
「父が浪費家なんです。領地のこともろくに手を付けてくれなくて。今は母が最低限のことだけ」
「それは……酷いですね」
ラピスは渋面になる。オフィーリアは首を横に振った。
「もう、領民も愛想を尽かして出ていってしまいましたし。失うものといったら、父にしかありませんから」
「そうですか……」
ラピスはさらに眉根を寄せた。あまり話してボロが出るのを恐れ、オフィーリアは話題を変える。
「あの、カルドレアはどんなところなんですか?」
「美しい場所ですよ。グロウポートに近く冬でも暖かいので、別荘地でもあります。トワイライト家も、確か別荘を持っていましたよね?」
「そう…なんですか?働き始めたのが最近なので、知りませんでした」
「カルドレアで1番高い場所に、一番大きな屋敷を建てていて。普段はホテルとして貸し出しもしているんですよ」
「ホテルとして?随分大盤振る舞いですね」
「まあ、一種の財力の誇示でもありますからね」
「勉強になります」
トワイライト家は国1番の公爵家で、それこそ財力も王家に次ぐ。そんなトワイライト家が貧乏だと思われてはいけないのだろう。やはり貴族、そういうものは必須なのだろう。オフィーリアは麗しい主人を思い返した。
「ラピスさんは、どうして北に?」
「姪が5歳の誕生日なんですが、プレゼントにドレスが欲しいといい出しまして……ベルタ街は、宝飾品で有名でしょう?」
「確かにそうですけど……結構お高いものが多いですよ?」
ラピスは話を聞く限り平民だろう。ベルタ街の宝飾品は平民にはやや手が出ない値段のような気もするが。ラピスはそれを聞くとはは、と声を上げた。
「ご心配なく。姪の父親が私の兄でして。お貴族様に婿入りしたのですよ」
「ああ、なるほど。では姪御さんは社交界デビューが近いんですね」
「そうなんです。やんちゃなので、やっていけるかどうか」
「そういうのはある程度流れ任せといいますし」
「確かにそうですね。ちなみに、オフィーリアさんはパーティに出たことはありますか?」
オフィーリアは首を振る。
「いえ、ないですね。何ならドレスも持ってませんでした」
「そうですか。それは、なんだかすみません」
「謝ることじゃないですよ。悪いのは私の父ですから」
頭を下げるラピスに、オフィーリアは辟易した。汽車がベルタ街の中央駅に到着した。オフィーリアはラピスに頭を下げると、荷物を持って汽車を降りる。
「では、ここで。お話に付き合っていただきありがとうございました」
ラピスはオフィーリアと同じように頭を下げると、帽子を深く被った。
「いえいえ、私も楽しかったです。では、またどこかで」
去っていくラピスの背中を見送り、オフィーリアも反対方向へ歩き出した。




