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第一章 その2

スカーレットの登場にオフィーリアが呆然としていると、ヴァイオレットからイスを出すよう指示があった。あわててイスをもう一つ用意し、スカーレットの分の紅茶とケーキを机において、2歩さがる。オフィーリアはスカーレットの顔を盗み見た。

「暁の淑女」の正ヒロインにして主人公、スカーレット・メルーア。ゲームでは8人のイケメンを選び放題という贅沢な環境でありながら、謙虚な姿勢をくずさないまさにヒロインそのものである。ヴァイオレットとは姿も名前も対になっていて、ヴァイオレットが紫の長髪なのに対してスカーレットは深紅の短髪。ヴァイオレットが貴族ならば、スカーレットは平民。なにもかもが正反対なライバル、とゲームの煽りに書かれているほど、二人に共通点はない。そして、二人の行く末も、共通点はない。

スカーレットは女王になったり王妃になったりしてハッピーエンドを掴むが、ヴァイオレットは没落やら死刑やら幽閉やら死亡やら、とにかくバッドエンドなのだ。ゲームのストーリー上でも相容れなかった二人がクラウンとともに茶会をしている一枚絵など、ゲームには存在しない。なぜここに。そう思っていると、クラウンが重々しく口を開いた。

「スカーレットさん……君はたしか、自警団ネパラーゼの?」

「はい。僭越ながら、第3分隊の隊長を務めさせていただいております。」

スカーレットもヴァイオレットもお互いにこれといった敵意を向けていない。かといって、スカーレットはクラウンになにか特別な感情を持っている素振りもない。「ゲーム」に由来した印象とまったく違う状況に、オフィーリアは自身の足元が揺らぐ気分になる。

「彼女を通じて、王立魔法師団を抱き込みます。そして、守る者のいなくなった王宮を叩く」

「たしかに、ネパラーゼは王立魔法師団と強いコネクションがあるけれど……魔法師団の二人の団長はその……個性的だろう。こちらの提案に頷いてくれるのか?」

「頷いてくれる、ではございません。頷かせるのですわ。ね、オフィーリア?」

「……は、はい!」

突然ヴァイオレットに話を振られ、咄嗟に返事をしたが正直正解かわからない。困惑していると、スカーレットが口を開いた。

「ヴァイオレットお嬢様ほどではありませんが、私にも交渉術の覚えがございます。できる限りのことはいたします」

オフィーリアは目眩がした。「ゲーム」でのスカーレットと、このスカーレットは、ヴァイオレットへの対応が違う。「ゲーム」のスカーレットがヴァイオレットのことをお嬢様呼びしたことは一つたりともない。それどころか呼び捨ての時もある。この世界は「ゲーム」の世界だとばかり思っていたが、まさかよく似た人物ばかりの別の世界かとすら思ってしまう。

「その、一つ聞いていいかな。スカーレットさんが私を支持するのはなんでだい? 別に兄上でも良いと思うのだが……」

「カウル殿下のことでしたら、私はあの方が王など世も末だと思っておりますが」

スカーレットがカウルのことをばっさりと切り捨てた。潔さに驚いていると、スカーレットは微笑を浮かべた。……ただし、目は笑っていない。

「カウル殿下と私の妹は婚約をしていたのですが、殿下は私とお会いになってからその……私に、贈り物を沢山してくるようになりまして。妹は婚約破棄をされ大変傷心しておりました。あのようなお方が王になったところで、このノーザン国をよくできるとは思いません」

「確かに、兄上の女性関係はかなり悪いね。しかし、レシュア様はスカーレットさんの妹様だったんだね。彼女は素晴らしい女性だったけど……そうか、婚約破棄か……」

クラウンは紅茶を見つめながら長考する。オフィーリアは脳内の片隅で、レシュアという名前を引っ張り出した。スカーレットの妹、レシュア・メルーア。家を支えるためネパラーゼに入団した姉に変わり、婚約者を探している最中にカウルと出会い婚約する。……のだが、スカーレットがカウルルートを選んだ場合は婚約破棄の末非業の死を遂げる。そして酷いのが、スカーレットがカウル以外を選んでもレシュアは死んでしまうのだ。スカーレットの覚醒の要因として、死は避けられないが、それでもあまりに酷な話だ。できることならば、この記憶と立場を駆使し、救ってやりたいとも思う。

「ねえ、わたくしのクラウン殿下。わたくし、スカーレットさんの力になりたいんですの。わたくしたちのため、王になってくださりませんこと?」

「殿下、どうか協力してくださいませんか?」

スカーレットは机に額がつくほど頭を下げる。ヴァイオレットは真意の読めない瞳でクラウンを見ていた。クラウンはしばし逡巡したあと、両手を上げた。

「わかったよ、降参だ。ヴァイオレット。君の企みに協力しよう」

「流石は殿下ですわ」







ヴァイオレットのためにブランケットを持ってきたラトゥナにここぞとばかりに給仕を押し付け、庭園を抜け出したオフィーリアは、混乱の勢いで北館を走り抜けて自身の部屋へ飛び込んだ。窓を開けて大きく息を吸い込むと、その場にへたり込む。

「何なの……?」

この世界は、乙女ゲーム「暁の淑女」であることに間違いはない。ヴァイオレットとスカーレットが対立し、二人はやがて別々の道を歩む。スカーレットが誰を選んだか、なんてそんな話ではない。ゲームの正規ストーリーに、こんな要素はない。ならばなぜか。気が動転しているが、脳内の冷静な部分で以前買った新聞を取り出す。そして、一つの記事を見つけた。


「ノーザン王国の呪いか?赤い小鳥出現」


どうして今の今まで忘れていたのだろうか。記事を読んでも思い出せなかったのか。この赤い小鳥こそが、今の状況を説明する手立てとなる。

赤い小鳥のイベントは、「ゲーム」の隠し要素だ。それも、正規ストーリーから大きく外れる可能性すらある重大な。ヴァイオレットとスカーレットの初邂逅は、正規ストーリーでは攻略対象全員と出会ってからとなる。しかしこの赤い小鳥のイベントは、スカーレットが攻略対象と出会う前。つまり、ゲームが始まって一番最初に行われるイベントだ。全ての攻略対象のルートをクリアし、その上で一定の条件を満たすと、そのイベントは現れる。なんとスカーレットが攻略対象のようにヴァイオレットと出会い、二人が友になるというイベントなのだ。自分の周囲に出現する赤い小鳥に悩まされていたヴァイオレットは、その小鳥を魔法で浄化したスカーレットに協力を要請し、二人は良き友として、度々現れる小鳥について調査し、黒幕キャラクターがいることを突き止める。そして黒幕と繋がっている可能性のある王宮を乗っ取ろうと、革命を企てるのだ。それから、スカーレットと攻略対象との恋が始まる。先程の茶会も、イベントの一つ。

「そうか……このルート、は」

主人公がスカーレットのため、ヴァイオレットの動きは詳細に描かれていない。しかし、小鳥イベント後のストーリーは正規ストーリーとは全くの別物なのだ。エンディングまで到達すると、ヴァイオレットは処刑されず、幸せを掴む。ゲームオーバーになると、ヴァイオレット、スカーレット、クラウンは反逆の罪で処刑される。ハイリスクハイリターンという言葉が似合う。

「でも、どうして……? 小鳥のイベントが、なぜ発生しているの?」

オフィーリアはあまりの驚きに呆然としていた。小鳥のイベントは現実で起こりうる可能性は少ない。オフィーリアはつばを呑み込んだ。

「何なの……?」

言い知れぬ不安を抱えながら、オフィーリアは新聞を引き出しにしまった。




その夜、オフィーリアはヴァイオレットに呼び出され、北館最上階の主の寝室へと入った。

「お呼びでしょうか、ヴァイオレット様」

「ええ。座りなさい、オフィーリア」

促されるままヴァイオレットの向かいのソファに座る。ヴァイオレットは澄ました顔だった。

「先程は驚いたでしょう。すみませんでしたわね、黙っていて」

ヴァイオレットはちっともすまないと思っていなさそうだった。ソファの上で悠然と組まれた足が、部屋着のフレアスカートから覗いている。

「オフィーリア。わたくしは今から、貴方に残酷な選択を迫ります。それをどうか許してくださいまし」

ヴァイオレットはそう言って、羊皮紙をオフィーリアに見せてきた。

「この革命を知ってしまった以上、あなたが取れる選択肢は二つ。わたくしの革命に協力するか、拒否してこの先の人生を暗闇に染めるか」

そんな発言とともに目に飛び込んできた羊皮紙。そこには、オフィーリアの実家、スフィー家の取り潰し要請。

「それって」

「ええ。この羊皮紙をクラウン様に渡せば、あなたの実家は取り潰し。財は全て取り上げて、地下牢行きですわ」

「そんなの」

できるわけがない、と言おうとして。オフィーリアは脳の奥底に眠る記憶を思い出した。

「あなたの父親、スフィー男爵は税を横領、領地を放置しての贅沢三昧。彼の地は我らの大事な場所です、国王もさぞお怒りになるでしょう」

オフィーリアはショックで口が動かなかった。つまりこの悪役令嬢は、オフィーリアが拒否すれば父親ともども地下牢に送るつもりなのだ。口封じとして。

「さあ、選んで。」

「……承知しました。私は、ヴァイオレット様にお仕えいたします」

掠れた声で返答すると、ヴァイオレットは満足げに微笑み、羊皮紙を破り捨てた。

「よかったわ、あなたが快い返事をしてくれて」

そう返事させたのは貴方であろう、とは言えなかった。やはり、この者は悪役令嬢だったのだ。



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