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前日譚

ある晴れた昼下がりのことだった。

いつものように婦人の大量の宝飾品の手入れをしていたオフィーリアのもとへ、ダリアが飛びこんできた。

「オフィーリア、ご主人さまがお呼びだわ。何をしたのよ」

「ご主人さまが? 私、何もしていないわよ?」

手に持っていたサファイアのブローチをアクセサリー箱の中にしまい込んで、部屋を出る。長い廊下をお仕着せの裾を持ち上げて小走りに通り抜け、主人のいる部屋の扉を叩く。

「失礼いたします」

扉を開けると、中にはこの屋敷の主人のバロット・クレイヤーとその妻のベトリー・クレイヤーが立っていた。バロットは険しい顔をして、オフィーリアを見ていた。

「お呼びでしょうか」

「ああ、呼んだ。しかし呼んでから半刻立っている。どこにいた」

「奥様のアクセサリーを磨いておりました」

「まあ、殊勝な心がけなことで。ところでオフィーリア、あなたにとてもいいお話が来たの」

「お話、ですか」

「あの公爵家、トワイライト家が我が家から召使いを所望でね。君を推薦した」

「えっ、トワイライト家……?」

バロットが差し出した羊皮紙には手紙が綴られている。内容を要約するとこうだ。


クレイヤー家の侍女一人をトワイライト家に差し出せ。かわりに、大金と別荘二棟を授ける。


最悪だ。トワイライト公爵家といえば、あまりにも悪名高い令嬢、ヴァイオレットがいるではないか。社交界とは無縁のオフィーリアも、ヴァイオレットの悪評は星の数ほど聞いたことがある。例えば針子に作らせたドレスが気に食わないから針子の工房を爆破させたとか、出すお茶を間違えた侍女を鞭で叩いたとか。嫌だ、絶対嫌だ。行きたくない。

「明日にでもトワイライト家へ出立してくれ。」

「あのヴァイオレット様に仕えられるなんて、お前は幸せものですわ」

絶対に嫌だ。“悪役令嬢”に仕えるなんて_____

二人の声がだんだん遠くなっていく。薄れ行く意識の中、ヴァイオレットへの嫌悪感と、その嫌悪感への取っ掛かりがオフィーリアに生まれる。ふらり、気がつけば身体が沈んでいた。




「…るわ、オフィーリア…」

遠くから声が聞こえる。沈んでいた意識が引っ張り上げられるように浮上した。重たいまぶたを開けると、ダリアが心配そうにこちらを見ていた。

「ああ起きたのねオフィーリア」

「…? オフィーリア、って……」

「しかし大変だね、あのトワイライト家に仕えることになったんでしょ? ショックで気絶するのも無理ないよー。今お茶持ってくるね」

オフィーリアとはなんのことだろう。もしや自分は、夢を見ているのだろうか。先程の少女だって、直感的に名前は出たが見覚えがない。ベッドを降りて床に立つと、自分がいわゆるメイド服を着ているとわかる。部屋の家具や壁にもいまいち現実みがなく、夢としか思えない。ふと備え付けの洗面台の鏡を覗き込んだ。

「…!そうだ…」

十六年間付き合ってきた顔を見たことで、今までのことを思い出す。どうやら、前世を思い出したショックで記憶が飛んでいたようだ。オフィーリアは気絶する前の記憶を手繰り寄せる。

「そうだ、ヴァイオレット・トワイライト……」

「おまたせー。ごめんね、オフィーリアほど上手く淹れられないけど……って、どうしたの?」

トレイにティーポットとカップを乗せたダリアが戻ってくる。鏡に手をついて呆然とするオフィーリアを見て、ダリアは不思議そうに首を傾げた。

「ねえダリア、今の日付は?」

「え?…たしか、12月3日よ。あなたが倒れて一日経ってる。」

ダリアは紅茶を注ぎ、オフィーリアにカップを差し出す。カップを受け取るとアールグレイの香りが広がった。オフィーリアはベッドに腰掛け、冷静になってきた頭を回す。


これは夢などではない、現実だ。

そしてこの世界は、オフィーリアの前世で大流行したゲーム______サスペンス乙女ゲーム「暁の淑女」の世界だ。


逆になぜ思い出さなかったのだろう。今までそれを彷彿とさせる固有名詞はたくさんあった。

ゲーム「暁の淑女」。恋愛と一つの王国を舞台としたミステリーが合わさった「新感覚サスペンス乙女ゲーム」。オフィーリアは前世、この暁の淑女の悪役令嬢、ヴァイオレット・トワイライトを気に入っていて、ゲームもそれなりにプレイした。

主人公・スカーレットがノーザン王国の自警団ネラパーゼに入隊し、王国を巡る事件を解決するため攻略対象とともに奔走するというストーリーだ。このスカーレットが選ぶ攻略対象によって、ゲームの結末、王国の行く末が決まる。そして、ヴァイオレットの処遇もまた例外ではない。

「…わたし、ヴァイオレット様のところへいかなくちゃ…」

「そう? 荷物は用意しておいたよ、いってらっしゃい。あと、これは私からプレゼント」

「あ…ありがとう」

ダリアから差し出されたのは、彼女がいつもつけているムスカリの香水。渡された鞄には最低限しか持たなかった私の荷物が押し込められていた。隙間に香水を入れて、紅茶を飲み干した。

「行ってくる」



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