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終章

「その腕じゃジュース一本持てやしないだろうしねえ」

 紫苑が残念そうに言った。

「まあ一応、これで使いっ走りは勘弁してあげますよ」

 瑠璃がそう言うと由宇が大きな目を更に大きくして言う。

「そんな事させてたんですか?」

「当ったり前じゃないの。何せ陸軍広しと言えども、たった一人の3等陸士だったんだからね」

 駿は2等陸士に昇任していた。

 もっともその理由は作戦を成功に導いた功績が評価された、という訳では無いのかもしれない。


 水島にも神酒にも、褒められたよりも怒られた時間の方が長かった。

 由宇に至っては襟元を掴み、ほとんど殴りかかりそうな剣幕だった。

「最初からそのつもりだったんですね!」

 囮になったことを咎められたのだ。

「言ったら止めただろ」

「当たり前です」

 顔は怒っていたが、涙を目一杯ためた由宇は怖いというより愛おしかった。

「だから黙ってたんだ……」

「でも出来ると思った。実際出来たよ。土煙で見えなくなったのは誤算だったけど、そこまでは巧くやれた。目視によるグレネードの回避は戦術として通用するよ」

 由宇は襟元を掴んだまま上目遣いに駿を睨んでいた。そして由宇らしくない低い声で脅すように言った。

「そういう事を内緒でやるのはこれを最後にして下さい。ちゃんとシミュレータで検証するとか、裏付けを取ってからやるようにして下さい」

「分かったよ。今度はそうする」

「兎の時とか今回の事とか……いきなり無茶をする人だとは思ってなかったのに…… そう言うのは裏切りみたいなモノです。本当にこれを最後にして下さいね」

「約束するよ」

『時と場所次第だよな』という言葉は飲み込んだ。口にしたら、更に怒られる事は目に見えている。


 由宇が厳しい目を向けてきたのはその時だけだった。後は負傷した駿を労ってくれた。

 今もそうだ。

「はい」

 駿は由宇が差し出したスプーンにパク付いた。

 殴った左手は甲の骨が折れ、手首から先が団子のように包帯で固められている。グレネードの破片で負傷した右手は三角巾で吊られている。

 破片は骨に食い込んでいた。切開手術で破片を取り出した神酒は、もし骨に当たっていなければ肉ごと抉られていたと怖いことを言っていた。思った以上に重傷だったらしい。

 おかげで、食事は食べさせて貰わなければならなかった。

 衆人環視の隊員食堂では恥ずかしい事この上ない。

 しかし鹿山に手伝ってもらうよりもこの方が良い。四十一普連の連中はあからさまに白眼視していたが、妬まれることはイイ気分でもあった。

 問題なのは分遣隊の二人だった。

「私も食べさせてあげようか?」

 心にもない事を言うのは紫苑だった。

「ヒメまでしてくれなくれいいよ」

「ヒメは、の間違いでしょ」

 カラカラと笑い声を上げる姿は完全に遊んでいるそれだった。

「嬉しいですか?」

 駿が首を伸ばしてカレーライスの乗ったスプーンを咥えると、瑠璃は身を乗り出して思わせぶりな笑顔を向けてくる。

「あのな!」

「二人ともからかわないで下さい。食べ終わったなら先に戻って良いんですよ」

「部隊の仲間としては付き合わないと悪いだろ?」

「そうそう。私たちそんな冷たい人間じゃありませんよ」

 由宇は二人を相手にすることを止め、スプーンにカレーライスをすくう。

「でも上司に食べさせてもらうなんていい身分だよねえ」

 駿は視線を合わせず完全無視を決め込んだ。

「ホントですよね。上司と部下には見えないよね」

 それでも駿は無視したが、堪えきれなくなったのか由宇が真っ赤な顔で言い返した。

「同じ部隊の仲間なんですよ! 家族も同然じゃないですか」

 紫苑と瑠璃は食堂内にも関わらず腹を抱えて笑っていた。

「家族同然だって……シュン、どう思う?」

 由宇が仲間を大切にすることは分かっている。だからこそ、嬉しくもあったが残念でもあった。味が変るはずもなかったが、カレーライスはちょっと塩味がきつくなったような気がした。

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