旅行の計画
とある国のホテルのラウンジ。そこに二人の男女がいた。
「この旅行も、もう終わりだな……」
「ふふふ、なに言ってるのよ。飛行機までまだ時間はあるじゃない」
「あー、うん……」
「どうしたの? 元気ないみたいだけど具合でも……
あ! まさかまだやり残したことが……」
「いや、さ……その逆なんだよ」
「逆?」
「……全部できてるんだよ! やりたかったことがさ!」
「え? じゃあ良かっ――」
「良くないんだよ! 怖いよ俺!」
「あの、そんなに叫ばれると怖いんだけど。ほら、他のお客さんも見てるよ……」
「あ、ああ、ごめん……でも怖いんだよ……だってそうだろ?
俺たち、この国に来る前に、色々と話し合ったよな?」
「ええそうね。あなたの部屋で旅行計画を立てて」
「ああ、でもさ。それが全部実行できてるんだよ」
「ん? 計画したんだからそうでしょ? そういうものじゃないの?」
「それがさ、え、覚えてない? あの、俺たち空港の前で話しかけられたじゃないか」
「んー? ああ、タクシー運転手?」
「そう。俺たち、旅行前にこう話したよね?
『観光客を狙った悪徳タクシーに狙われたりしてね。
でも、それを良いタクシー運転手が追い払ってくれたりしてね』ってさ」
「あー、したかもねぇ……」
「それがその通りになったじゃないか!
しかも君が言っていた『お二人さん、お似合いだね。
新婚旅行かい? なんて言われちゃうかもね』っていうのもその通り、言われたしさ!」
「ふふふ。そうだったね、夫婦に見られたねー、私たち」
「それだけじゃないぞ。勿論、事前に立てた計画通りに観光地に行ったりしたのは
いいんだけど、そこで会ったカップルの観光客が同郷の人だったり
ちょっと冒険しようかって裏路地に入ったら強盗に襲われ
そこをまた助けてくれた人が美味しいレストランを紹介してくれたりとか」
「ええ、あったわね。ふふふ、美味しくて雰囲気のいい店だったね。
あとあの時、相手は銃を持っていたけど、あなた、私のことを身を挺して守ってくれて
カッコよかったなぁ。胸がドキドキしてね……」
「んん、正直、君のほうが落ち着いていた気がするけど
ま、まあいいや、とにかくさ
老婦人が坂道で落とし、こっちに転がって来た果物を拾ってあげるとか
貧しそうな子にサッカーで遊んであげるとか
あの建物は昔、俺が建てたんだって、国の昔話をしてくれるベンチに座る老人。
それもこれもどれも全部、事前にこんなことが起きるかもねって
話していた通りじゃないか!」
「んー、まあ、そういうこともあるんじゃない?
非現実的な、まさか宇宙人が出て来るかもね、なんて話はしていないし
どれも現実に起こりうることよ。そんなに不思議なことじゃないわ」
「ま、まあ、そう言われればそうだけどさぁ……。
全部その通りになるのもなぁ……」
「あなただって望んでいたことよ? でもまあ、確かに色々とあったものね。
そうだ。ちょっと、散歩でもしてきたら? 外の空気を吸って、リラックスするの」
「う、うん。まあ、それは事前に計画していなかったからちょうどいいかもね……」
男がラウンジから出て行くと、女はスッと携帯電話を取り出した。
「……ターゲットが外に出るわ。フェーズシックスへ移行。
スリ係、準備は良い? 追いかけ、彼が財布を取り返す予定の地点にいる占い師は?
よし、いいわね。その先の指輪の露天商は? オーケーいいわよ。
ええ、よろしく。彼は予定外の出来事、ハプニングに飢えているわ。
さあ、この旅行で彼のやりたいことは全部叶えたし次は私の番。
計画通り、絶対にプロポーズさせてみせる……!」