遊園地デート
「デート、どこ行きます?」
「あんな強引に連れ出した割には、ノープランなのね。」
彼女は赤く腫れた両目で、ツッコむようににらんできた。僕は照れるように、頭の後ろに手を当てた。
時間を遡って、何があったか解説する。
彼女は僕の強引なナンパに、泣き出した。これは前回と同じように救われたことの喜びの涙なのか、不審者に襲われた恐怖からの涙なのか分からなかった。彼女は抵抗していなかったので、どうやら前者の涙のようだと安心した。
それから前回と同じように、マンションの屋上を離れ、さっきのような会話に帰着した。しかし、彼女をデートに誘うことまでは考えていたが、どこへ行くかなんて考えていなかった。
「遊園地とか? 確かこの近くに遊園地が新しくできたでしょう。そことかが、デートっぽいんじゃない?」
「そう、それです。遊園地!あの最近できたあの遊園地、僕も行ったことなかったので、行きたかったんです。そこにしましょう。」
僕はあたかも最初から知っていたように、言葉を焦って口から吐いた。
「……」
「よし、そうと決まったら、レッツゴー!」
僕は彼女の腕を掴んで、その腕を引っ張っていった。
「大人二人で、1600円になります。」
僕は財布の中を見ると、百円以下の小銭が少々しか入っていなかった。僕は彼女の方をちらちらと見る。彼女をため息をついた。
「バーコード決済で行けますか?」
「大丈夫ですよ。」
彼女はスマホを取り出し、係員に差し出した。僕はそれを見てゆっくりと、財布をしまう。
「いやー、お金持ちですな。ハハハ。」
僕は彼女から目を逸らし、おちゃらけてみせた。見えてはいないが、彼女から焼けきるような視線を感じる。
それからも僕は、男らしさを見せる場面もなく、ある程度の時間を過ごした。苦手なジェットコースターでは、ひたすら悲鳴を上げ、お化け屋敷では、彼女を盾にして進んだ。最終的には、財布を無くしてしまう無能をさらした。
「で、忘れ物センターに行って、来た道を探しても財布がなくて、小一時間探した結果、最終的に、財布はカバンの中に入っていたと。確か、こういう時に、骨折り損のくたびれ儲けっていうことわざを使うのだったかしら?」
彼女は怒りをにじみ出しながら、微笑んだ。僕たちは財布を探し回り続け、疲れたので、三階建ての屋上にある休憩スペースで休んでいた。
「そうですな、お手本のようなくたびれ儲けですな。ハハハ。」
「……君とは、初めて会ったけど、どういう人間かよく分かったわ。」
「あまりいい人間とは思われていなそうですね。」
「ご想像にお任せするわ。
……本当に生きることが楽しそうね。」
彼女は小さな声で、最後に言葉を付け足した。
「楽しいですよ。」
「それが例え、意味がないことだとしても?」
「意味がない。まあ、そうかもしれないですね。でも、本当に今日は意味がなかったですか?」
「……ないわよ。今、起きたことも突き詰めれば、結局、無意味なのよ。」
「無意味だから、楽しくなかったんですか?」
「そう。」
「その割に、無意味に小一時間も財布を探してくれるんですね。」
「……。」
「財布を探している最中、いつだって解散してもよかったのに、君はそうしなかった。君が本当に生きることに意味を感じていないなら、そんなことはしないはずだ。
なあ、他に何か自殺しようとした理由があるんじゃないですか?」
「……。」
彼女は黙っている。本当のことを言おうか言わまいか迷うように、唇がこわばっている。
僕は彼女がこうなるだろうと思っていた。生きることに意味はないと言いながら、僕が屋上で自殺を止めようとすると、抵抗することはない。さらに、彼女はこの状況を救ってほしそうなことまで言っている。
彼女の言っていることは矛盾している。僕には彼女が生きることは意味がないと言いながら、生きることに意味を求めようとしているように見える。
ただ、僕には彼女の根底にある本当の理由が分からない。
「……あの、実は私……」
彼女がきつく縛った口を開き、何かを言おうとした時だった。僕の後ろ側から甲高い女性の悲鳴が聞こえた。僕は何事だと思い、悲鳴の聞こえる方を向くと、腕を抑え地面に力なく倒れこむ女性と血の滴る包丁を持った男がいた。
男は包丁を持ち換え、倒れこむ女性に向かって、包丁を振り下ろす。女性は間一髪で包丁をよけると、急いで立ち上がり、そそくさと逃げていった。男はその女性を追いかけることなく、周りを見渡した。
すると、僕とその男は目が合ってしまった。男はゆっくりと包丁を持ち換え、こちらに近づいてきた。
「に、逃げましょう。」
僕は恐怖しながら、彼女の方に振り返って、そう言った。
彼女は血の気の引いた真っ青な顔で、呼吸を荒くしていた。
「嫌だ。……死にたくない……。」
彼女は後ずさりするように、椅子から立ち上がると、後ろに走り出した。
「そっちは行き止まりだ。」
彼女が走っていった方向は、この屋上の出口がなく、逃げ場のない場所だった。僕は彼女を連れ戻すために、彼女の方に走った。
僕が彼女を追いかけ始めた時、もう既に飛び降り防止の柵に手をかけていた。まさかと思いながら、僕は彼女の方へ走っていた。
彼女は一度深く深呼吸して、柵を持つ手に力を入れ、体を持ち上げ、足をかけた。そして、柵にかけた足を思いっきり蹴り上げた。
僕はその彼女の姿を目で追いかけながら、手を伸ばす。すると、宙に浮く彼女の足の甲の靴を掴むことができた。僕はそれを理解すると、その握った手を強く握りしめた。
すると、握りしめた靴からするりと中身が抜けていった。
その光景を呆然としていると、いつもより遠くで、聞き覚えのある音が聞こえる。僕は見つめていた彼女の靴から下の方に視線を落とす。
彼女は関節をあり得ない方向に曲げ、じわじわと血だまりを広げていた。
「また、救えッ……。」
僕はそう言おうとしたところで、背中の方から燃えるような痛みを感じた。その痛みを感じる部分からドクドクと激しく脈打っている。
「キャハハハハハハハハハハ」
耳元で聞こえる狂った笑い声が聞こえた。ゆっくりと後ろを振り向くと、先ほど包丁を持っていた男の顔が目の前にあった。そして、痛みを感じる部分に手を当て、その手を見ると、鮮やかな血が手のひらにべっとりと付いていた。さらに、喉の奥から口いっぱいに何かが込み上げてくる。それを吐き出すと、全て血だった。
僕を刺した男は僕の体から包丁を抜き出した。包丁を抜き出すと、今までよりも激しい痛みと熱さが体を襲う。僕はその痛みに気を取られて、柵の向こう側へバランスを崩してしまった。
空気が体中を突き刺してくる。音は激しい風の音しかしない。見える地面は、ものすごいスピードで近づいてくる。
僕は地面にぶつかる前に、目を閉じた。
バチャ




