ニヒリズム
僕はまた病院に来ていた。
二度目の彼女の自殺を僕は止められなかった。そうなる未来を分かっていながら、僕は止めることができなかった。
僕は一度目の後悔とは違う後悔にさいなまれていた。どうしようもなく避けようもない悲劇ではなく、どうにかすれば避けることのできた悲劇。
僕があの時、カフェで無理やりにでも彼女を止めていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。でも、僕は彼女を止めることを迷ってしまった。彼女の言う生きることの無意味さを僕は自信を持って、否定することができなかった。
僕は何も変わるわけでもない繰り返す日常に満足している。ずっとこのままでいたいと思っている。でも、僕は彼女の言う人生の無意味さを理解してしまった。
心では、この日常が楽しいと感じていても、その日常が何か歴史に刻まれるわけでもない。日常は、一時の感情を刺激して、すぐに消え去っていく消耗品。僕はその消耗品を使い続けることの虚無感を分かってしまった。
僕が守りたい姉との日常だって、結局は無意味なのかもしれない。毎日毎日、僕たち二人が何の目的もなく喋り続けるだけで、僕たちが死ねば何も残らない。そう考えれば、生きること全ては無意味なのかもしれない。
だから、僕もほんの少し生きることの虚無感を感じてしまった。そのほんの少しの虚無感が僕の足を一瞬止めた。その一瞬の迷いによって、僕は彼女の自殺を止めることができなかった。
「朝陽、大丈夫?」
前回と全く同じ展開だ。
「大丈夫。ちょっと面喰っちゃったけどね。」
僕は二回目の余裕を見せ、ぎこちない笑顔を作った。一回目の青天の霹靂のような衝撃ではなく、二回目は予測できた衝撃だったことと慣れから外側の感情を取り繕う余裕が生まれた。だが、一回目よりも複雑な感情が心を深くえぐっていた。
「そう……。」
きっと、姉は僕が無理をして本当のことを隠していることを分かっている。流石に、僕がタイムリープしていることまで分かってはいないだろうが、姉が何も言わず、僕の横に座る姿を見ていると、全てを見透かされて、全てを受け入れてくれるような気がする。
「もう帰ろう。病院にずっと居座るのは、迷惑だろうし。」
僕は無理やり口角を上げ、横に座る姉にそう訴えかけた。
「……そう?」
姉は僕が内隠した感情で傷つかないか心配している。僕が心と行動の乖離に苦しまないかというかとだろう。
「確かに、今、僕は無理していると思う。でも、きっと大丈夫。」
僕はさっきよりも自然な笑顔を作れた。まだ、たった一回しか起こっていないが、きっと今日も寝れば、今日に戻っている。きっとこのタイムリープは、彼女の自殺を止めるために、起こっている。確信はできないが、きっとそうだ。
僕は何度も今日を繰り返して、絶対に彼女の自殺を止める。彼女の生きる意味を教えてやる。
確かに、生きることは無意味なのかもしれない。でも、だからって死ぬなんて馬鹿げてる。無意味と分かっていても、生きるべきだ。押しつけがましくてもいい。僕は絶対に彼女を救うんだ。
僕は病院から家に帰り、夜になった。
僕は目覚ましのアラームを消して、ベットの中に入り、目を閉じた。きっとまた時間が戻る。僕は気づかないうちに、ぐっすりと寝てしまっていた。
ピピピピピピピ
僕を夢の世界から引き釣り出したのは、聞き慣れた機械音だった。
……戻ったのか?
僕は重いまぶたを無理やり開け、欠伸をした。まだ目覚め切らない頭に鞭打つように、布団を引き剥がし、体を起こした。急いで部屋を出て、コーンフレークを用意しているであろう姉に向かって、質問する。
「今日、何日?」
「朝陽、起きたの?今日は八月の二日、朝陽の学校の登校日よ~。朝ご飯作ってあげたから、早くきなさーい。」
やはり、時間が戻っている。
僕はそれを確認すると、部屋に戻り、制服に着替えた。そして、リュックを持って、リビングに着くと、姉が何か言う前に、コーンフレークを飲み干した。
「今日、急いでるから。」
「せっかく、一夜漬けで作った朝ご飯をそんなにあっさりと……。味わって食べなさいよ、朝陽。」
僕は姉の怒りを無視して、玄関に直行した。
「ちょっと、折り畳み傘を持っていきなさい。」
姉はいつものように、折り畳み傘を投げてきた。僕はそれを受け取ると、すぐに家を出て行った。
僕はあのマンションまで直行し、屋上を見上げた。屋上にはやはり人影があった。僕はそれを見ると、階段を上がっていった。
僕が今からしようとすることは、普通の僕なら恥ずかしくてできない行動かもしれない。でも、僕はやる。
僕は屋上の扉の前まで行くと、思いっきりドアノブをひねった。そして、彼女に向かって走り出す。彼女が気付く前に、彼女の腕を掴む。
彼女は何かが起こったのか分からない驚きの顔に、僕はさらに驚きの言葉をかける。
「今から、僕とデートしてください。」




