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オーバードーズ

「コーヒー二つお待たせしました。」

 カフェの店員が僕たちの前に、小皿に乗ったコーヒーを置いた。


「ごゆっくり。」

 店員は透明な筒に、伝票を入れ、僕らの席から離れていった。僕はコーヒーに手を付ける前に、彼女の方をちらりと見る。彼女は砂糖の入った小瓶から砂糖をすくって、一杯、二杯と入れていく。

 

 三、四、五、六、七、八……


「いくら何でも入れ過ぎじゃないですか?」

 僕がそう声をかけても、彼女は砂糖をすくう手を止めなかった。


「このくらい入れないと、生きてる感じがしないのよ。」

 僕はそれを聞くと、彼女の行動を止めることができなかった。彼女は大量の砂糖を入れ終わると、小鬢の蓋を閉め、コーヒーのスプーンで、コーヒーを混ぜ始めた。彼女がコーヒーを混ぜる音は、コーヒーカップと溶けきれなかった砂糖が擦れるじゃりじゃりした音がした。僕はそのコーヒーの甘さを想像しただけで、胸やけを起こしそうだった。


 彼女はその甘ったるいであろうコーヒーに口を付けた。彼女は口の中にコーヒーを含むと、舌の上で転がすように味わっていた。そして、その口の中のコーヒーは、飲み込まれて、彼女の小さな喉元を動かした。


「やっぱり、まだ、足りないわね。」

 彼女はそう言って、砂糖の小瓶をもう一度開け、砂糖を一杯、二杯とすくっていく。


「もう、砂糖舐めたほうがいいんじゃないですか?」

 僕は彼女の行動を茶化すように、提案してみた。


「そうね。……でも、それをしたら、私はコーヒーを飲んでいないわよね。」

 彼女は砂糖をすくう手を止めて、砂糖の小瓶を閉めた。彼女は砂糖を足したコーヒーをもう一度混ぜて、一口だけ口に含んだ。それを先ほどと同じように、舌で転がし、飲み込む。


「……もう、私はコーヒーを飲めないのかもね。」

 彼女はなんだか寂しそうにそう言って、コーヒーをすすった。


「ねえ、朝陽はコーヒーに砂糖入れないの?」

「僕は何も入れずに、ブラックコーヒーで飲みますね。」

「そうなんだ。……私もそうだったんだけどね……。」

 彼女は悲しそうに、コーヒーカップの中を見つめていた。


「ねえ、朝陽は一日、一日を生きるの楽しい?」

 彼女は以前として、コーヒーカップの中を見ながら、カップの縁を親指でなぞり、僕に質問してきた。


「楽しいと思いますよ。ずっと、このままでいいと思うくらいは、楽しいですね。」

 僕はこのタイムリープで、今の日常の重要さを身に染みて実感していたので、きっぱりとそう言った。


 それを聞いた彼女は、コーヒーカップをなぞる親指を止め、目線をコーヒーカップの中から僕の顔に移す。


「ずっとかあ、朝陽は毎日が楽しいんだね。


 ……でも、朝陽はその日常に意味があると思う?」


「……それはどういう意味ですか?」

「朝起きて、顔を洗って、朝ご飯を食べて、家を出る。そんな代り映えのしない繰り返しに、何か意味はあると思う?」

「……」

「分からないよね。そんなつまらない日常を繰り返したって、最後に待っているのは、死なの。


 どれだけその日常を変えようとして、何かを成し遂げようとしたり、刺激を求めようとしても、最後に死が待っているって考えると、結局全ては無意味に思えてくるの。」

「……そんなに深く考えなくても、今日とりあえずを生きればいいじゃないですか。死ぬとか怖いですから、それよりはとりあえず生きていればいいんじゃないですか。」

「それができていれば、死のうとしないわよ!」

 彼女は席を立ちあがり、机に両手を叩き、怒ったように声を張り上げた。


「……ごめん。」

 彼女は正気を取り戻し、ゆっくりと席に座る。


「私はね。もう、死ぬ恐怖よりも無意味に今日を生きることが怖いの。」

 彼女は残ったコーヒーを飲み干し、コーヒーの小皿にコーヒーカップを置いた。彼女の飲み干したコーヒーカップには、溶け切らなかった砂糖の塊が、底にたまっていた。彼女が砂糖をあんなに入れるのは、つまらない日常に刺激を求めているのだろうか?


「私、もう行くね。朝陽の分のコーヒーの代金も払っておくから、ゆっくりしてね。」

 彼女はそう言うと、席を立って、そそくさと会計に向かっていった。僕はそれを追いかけるために、まだ熱いコーヒーを一気に飲み干した。飲み干した頃には、彼女はもうカフェを出ていた。僕は彼女を追って、カフェを飛び出すが、カフェを出た道路を見渡しても、彼女の姿は見当たらなかった。




 僕は彼女をカフェの近くでしばらく探したが、どこにも彼女を見つけることはできなかった。あのままの彼女を放置すれば、もう一度自殺してしまうかもしれない。


 彼女は生きる意味を失って、死ぬことに意味を見出している。僕がどうすれば、彼女を止めることができるか分からないが、とりあえず止めなくちゃいけない。


 やはり、あの屋上に向かったのだろうか。


 そう思い立つと、僕はあのマンションに向かった。


 僕は走って、あのマンションの前に着いた。全力で走ったので、息を切らし、膝に手をついて荒々しく呼吸をする。


 僕は息を整えながら、恐る恐るマンションの屋上を見てみる。


 


 僕の眼前を覆ったのは、飛び降りる彼女の姿だった。


 聞き覚えのある耳をつんざく衝撃音と肉と血の破裂音。足にかかる生暖かい液体の感触、そして、激しい血の匂い。僕はゆっくりと地面を見てみる。


 すると、先ほどまで一緒にいた彼女の血みどろの姿がそこにあった。

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