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朝陽の優しさ

「じゃあ、一回、飛び降りるのやめてみる。」

 えっ、ノリ軽。


 彼女は鉄の柵から手を放し、笑顔でこちらに近づいてきた。

「君……初めて見たかも、名前は何て言うの?」

 なんだか拍子抜けであり、急展開ではあるが、とりあえず、最悪の事態は避けることはできたのだろうか。


「……朝陽って言います。」

「朝陽……、同じ学校の制服なのに知らなかったなあ。朝陽は私を助けてくれるの?」

「まあ、はい。死んでくれとは、思わないですけど……。」

「そう……。」

 彼女はそう相槌を打つと、彼女は目から涙をこぼした。その涙がひとたび落ちると、彼女の中で何かが壊れたかのように、彼女の目から大量の涙が噴き出している。


「ごめんね。私、嬉しくて、誰も助けてくれなかったから、ずっと一人で悩んでも、分かんなくて、……もう自分から死のうとしてた。」

 彼女はそこまで言葉を発すと、その場でうずくまった。僕はそんな彼女に、なんて声をかけていいか分からなかった。彼女が何を悩んで、何を思って、自殺をしようとしたのかは分からない。だが、きっと、僕自身には想像できないような苦悩があったのだろうと、うずくまる彼女を見て思った。


 僕はあの時の病院での姉の気遣いを思い出し、僕は彼女が落ち着くまで、しばらくそばにいることにした。彼女はうずくまったまま、涙をすするたびに小さく体を揺らしていた。彼女の涙は、屋上の硬いコンクリートの床に落ちて、シミを作るが、夏の暑さですぐに乾いてしまう。


 姉もこんな様子の僕を何時間も見守り続けていたのだろうか。今になってわかることだが、自身には感じえない相手の気持ちを癒すために、寄り添い続けることは、思っていた以上にしんどい。傷ついている人間のそばにいると、こちらも心を蝕まれていく。


 僕はうずくまった彼女と同じ高さになるように、屈んで、彼女の背中に手を当て、さすってあげた。彼女を一人で泣かせるわけにはいかないと思ったからだ。これが僕にできる最大の慰めだと思った。彼女は僕の触れた手のひらをどうするわけでもなく、ただ泣き続けていた。


 それからどれだけの時間が経っただろうか、もうすでに学校は始まっているだろう。彼女はまだ体を小刻みに揺らして、泣いている様子だったが、涙はもう枯れ果てており、床にはもう涙は落ちていなかった。


 それから少し経って、彼女は目元のあたりを擦って、深呼吸をした。

「ありがとう、ずっとそばにいてくれて、私、取り乱しちゃって……。」

 彼女は顔を上げて、僕の方に目を合わせた。彼女の顔は笑顔だったが、目元は赤く腫れていた。


「落ち着きましたか?……なら少し、場所を変えませんか?ここにいるのは、辛いでしょうし。」

 僕は立ち上がりながらそう言った。その後、まだうずくまっている彼女をしばらく見て、照れながら、彼女に手を差し出した。


「もっと堂々と手を差し出してくれたら、完璧だったわね。」

 彼女はからかうようにそう言った。僕は照れているであろう顔を引き締めた。


 彼女は僕の手のひらに、自分の手のひらを重ねた。僕は彼女の手を握って、力を入れて、彼女を引き上げる。僕の引き上げる力が強かったのか、彼女は上手く立ち上がることができず、その場でふらついた。


 彼女はバランスをとるために、僕とつないだ手と反対の手で、僕の肩を押さえた。


「そんなに私、軽かった?」

 彼女は僕の顔を見上げ、微笑みながら、そのように言った。

「あー、そうだね。体重軽いから、思わず強く引っ張り過ぎちゃったかなー。」

 僕は笑顔を作りながら、彼女に笑いかけた。彼女は僕の笑顔を見て、吹き出した。


「あんまり、女の子と話したことないでしょう?笑顔がぎこちないよ。」

 僕は笑った時に開けていた口を急いで閉じ、笑顔を作り直した。


「これでいいかい。」

「フッ、まだぎこちないかな。でも、面白いからそれでいいよ。」

 彼女はクスクスと笑いながら、そう言った。


 僕はそんな笑う彼女を見ていると、先ほどまで飛び降り自殺をしようとしていたとは思えなかった。

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