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永劫回帰の鳥籠

 嬉しいことに、朝日は燦燦と昇ってきた。


 昨日の天気予報では、少し雲がかかると言っていた。しかし、今この空には、雲一つない快晴だ。久しぶりの学校の登校なのだから、曇っているよりも、晴れている方が気持ちが良い。まあ、暑すぎるのは嫌いだから、風が吹いていると完璧なのだけど。


 私は眩しい太陽で、まだ眠っていたい目と体を起こした。


 パジャマから久しぶりの制服に着替え、リビングに出た。リビングには、私の朝食を用意する母の姿があった。

「明日希、今日は登校日だったっけ?」

「そう、久しぶりだから楽しみね。」

「久しぶりったって、二週間くらいじゃないの。」

「高校生にとっては、二週間は長いのよ。」

「今、後ろにおばさんのお母さんと違ってって付け足そうとしたでしょ。」

「……そんなことないよ。」

「即答しなさいよ。」

「まあまあ、更年期障害やめて。」

「酷い。」

 私は母といつものように談笑しながら、用意された食パンにマーガリンを薄く塗った。




「いってきまーす。」

「いってらっしゃーい。」

 私はそう言うと、玄関を開けて、家を出て行った。私はマンションの五階に住んでいる。だから、下に降りるためには、エレベーターが必須なのだが、今日は壊れているので、階段で降りなければならなかった。


 しかし、夏が本格的になってきた。階段を二、三段下りるだけで、体から汗が噴き出してくるのが分かる。私は制服を摘まんで、体の中に風を入れた。


 そして、四階に着き、三階への階段は足を踏み出そうとした時だった。


「雄太、走っちゃ駄目よ。」

 それが聞こえた後、背中のあたりに何かが強くぶつかった。私は階段に片足を踏み出そうとしていたので、バランスがうまく取れなかった。


 気付くと、階段に自分の頭を打っていた。今まで感じたことのない激痛に襲われる。そのまま階段をコロコロと転がった。一段一段に頭や体等の全身をぶつけながら、踊り場まで落ちた。薄れゆく意識の中で、転げ落ちた踊り場に私の血がどんどんと広がっていく光景をゆっくりと見ていた。


 こんなことで私、死んじゃうんだ。


 私はゆっくりと目を閉じた。




 ピピピピピピピ


 私は目を覚ました。私は頭と体中の傷を確認する。傷どころか、血もついていなかった。さらに、ここは私の部屋の中だ。




 その後、私は自分がタイムリープをしていることに気が付いた。


 だが、そのタイムリープは、死の繰り返しの始まりだった。


 私は死を避け続ければ、いつかは生き残れる未来が来るはずだと信じていた。だから、私は何百回、何千回も死に続けた。一度死んだら、その死を避けるように立ち回る。その繰り返しを続けた。


 だが、私が今日を生き残ることはできなかった。


 数々の死を避け、ようやく家に帰った時、心臓に痛みを感じ、突然、今日の朝に戻った。私は何が起こったか分からずに、そこまで何度も繰り返した。結局、誰にも、何にも、私は殺されていなかった。


 おそらく心臓麻痺だ。


 これは何度繰り返しても避けることはできなかった。


 なのに、私は死に続けた。どうしようもない運命に抗うことも、諦めることもできなかった。


 ただ、死を繰り返した。


 この世界に神様なんていないと思っていたけれど、今は確実に神様はいると言える。それも、私だけをいじめる悪い神様が。


 私を時間の檻の中に閉じ込めたらどうなるのか試しているのだ。それだけじゃ面白くないから、死で怯えさせて、どう抗うか試したのだろう。檻の中から出すつもりもないのに。


 私は鳥籠の中の鳥のようだ。籠の中からは大きな空が見えるのに、その空で自由に飛べることはない。自由に飛ぶことのできる鳥たちに嫉妬しながら、どうしようもないものに永遠に抗い続ける。


 私が抗うことは無意味だ。どれだけ抗っても、明日を迎えることはできない。




  つまらないことに、また太陽が昇ったようだ。


 カーテンの隙間から薄暗い部屋に差し込む一筋の光を見て、そう思った。たまには、土星でも木星でも昇ってくれれば、日常に希望を感じて起きることができるのに。


 そう考えながら、いつものように眠い目を擦り、部屋を出る。のそのそと廊下を歩いていると、階段の手すりに差し掛かったくらいで嗅ぎ飽きた朝食の匂いがする。


明日希あすき、夏休みなのに朝に起きるなんて珍しいはねぇ」


 これも聞き飽きた。赤子がいないいないばあを喜ぶように、高校生もその様に褒めれば喜ぶと思っているのだろうか。実に腹が立つ。


「私のために用意したやつだけど、譲ってあげるわ」

 その親切の押し付けにもうんざりだ。早く食べさせないと、泣き出すとでも思っているのだろうか。そんな苛立ちを食欲にぶつけるかのように、トーストにたっぷりとマーガリンを塗りたくる。


「つけすぎたら、体に悪いわよ」

もういい。ありきたりな常識など知らない。こんなことでしか刺激を得ることができないのだ。口の中に運ばれたマーガリンの塊は、激しい塩味と不快な油の触感を感じさせる。だが、私はもう刺激は感じなくなっていた。


 繰り返される日常。これに出口などないのだろう。延々と続くループの中で時間に背中を押されながら、進むことしか許されないのだ。どれだけ退屈しようと、どれだけ絶望しようと、無常にも刻々と日常が止まることがない。


 いや、ある。日常から抜け出す方法が。そうだ。なぜ思いつかなかったんだ。とても簡単なことじゃないか。









 「死のう」




「ねえ、私達はもう今日にずっと閉じ込められたままなのかな」

「きっとそうだろうね。」

「あなたは私が自殺したから、あなたに繰り返しが移ったんだよね。あなたが自殺したら、私に繰り返しが移った。私が一回目の自殺をしてから、何回か今日を繰り返して、二回目の自殺をした。あなたにはその記憶がない。


 私達は自殺するたびに、今日を繰り返す役割を交代していた。


 ここまで分かった所でどうしようもないけどね。結局、私達は今日を繰り返し続けないといけない。」

「もう、やめましょう。そんなことを言っても、何も変わらないです。」

「そうね。もう行きましょう。」

 僕と彼女はマンションの屋上の柵の外で、互いに手を握り合った。


「あの、最後に一つ聞いていいですか?」

「何?」

「君の名前は何て言うの?」

「もしかして何度も繰り返して、私の名前を聞かなかったの?」

「そういえば、そうだったなと。」

「私は明日希、あしたの明日に、希望の希で明日希。」

「……皮肉ですね。」

「ふっ、確かに皮肉だね。」

 僕たちは少し笑顔になった。


「じゃあ、今度こそ行きましょう。」

「……ねえ、私も一つだけ。」

 明日希は僕とつないだ手を引き寄せて、顔を近づけた。僕は自然と目をつぶっていた。唇にそっと柔らかな感触が伝わってくる。


 なんだかずっとずっと忘れていたものを思い出した気がした。明日を当たり前に迎えられていた頃の感情、どうしようもないことで笑い合えたあのかけがえのない時間、微かに抱いていた未来への希望。


 ああ、気付いていないだけで、大切なものだったんだなあ。


 僕はそんなことを考えていると、もう既に屋上の縁から足は離れていた。明日希は僕の手をさっきより強く握っていた。僕はその手を強く握り返す。




 ドチャ 

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