飽くる日を、僕は
ピピピピピピピ
僕はその目覚ましを聞いて、飛び起きた。目の前には僕が叩きつけられた遊園地の地面ではなく、見慣れた自分の部屋の景色だった。僕は息を激しくして、額に汗をびっしょりとかいていた。僕は思い出すように、刺されたはずの背中をさすってみる。
背中は汗で濡れていたが、血も傷跡もついていなかった。体中を確認してみるが、地面に叩きつけられた跡もなかった。
どうやらいつも通り時間が戻ったようだ。
僕はほっとして、胸をなでおろし、とりあえず鳴り響く目覚まし時計を止めた。まさか、自分までも死んでしまうとは思わなかった。
だが、これで分かったことがある。このタイムリープで未来が変わるということだ。こういうタイムリープでありがちなのが、大きな結果が変わらないという展開だ。確かに、彼女が自殺するという結果は変わらなかったが、僕が生きるという結果は変わった。
つまり、僕の行動次第で、あらゆる結果が変えられるということだ。おそらく彼女の自殺する場所を変えたために、僕の生き死にの結果が変わったのだろう。ならば、場所を変えれば、彼女の自殺を止めることができるだろうか。
まあ、色々と試してみればいいか。どうせ、何度でもやり直せるのだから。
しかし、どれだけ繰り返しても、彼女は自殺した。
カフェ、遊園地、学校、あらゆる場所に彼女を連れて行ったが、何回繰り返しても、彼女は自殺した。高い場所に行かないで、飛び降り自殺を避けたとしても、爪で首をひっかいて、自殺してしまう。首元から赤くにじむ程度だった血が強くかきむしる程、どろどろと血が溢れ出し、最後には噴水のように血が噴き出す。
あんな痛覚を無視した死に方をするなんて、自殺する覚悟が相当ないとできるものではない。彼女を自殺に追い込む本当の理由とは何なのだろうか?
彼女の自殺する本当の理由を聞くために、彼女にかける言葉もいろいろなものを試した。彼女が自殺する本当の理由を言おうとする瞬間に、必ず死を脅かす事態が起きる。通り魔、交通事故、工事現場の事故など。世界が彼女に死ぬことをせかしているような出来事ばかりが起こった。
しかし、なぜ彼女は死を恐れて、死のうとするのだろうか?
そんなことを考えながら、何百回、いや、何千回だろうか今日を繰り返してきた。何百、何千もの彼女の死体を見てきた。僕はもう彼女が死ぬことに何も思わなくなっていた。足にかかる彼女の血にも、血の匂いにも何も感じることはなくなった。
慣れてしまった。いや、飽きてしまった。彼女の死に、そして、自身の死にも。彼女と一緒にいれば、僕自身も必ず死ぬ。死も繰り返せば、慣れて、飽きてくる。最初の頃は、このタイムリープに苛立ちを覚えていたが、もう怒りもなくなった。
なんというのだろうか。絶望してしまったのだ。
希望も、未来も、明日すら見えない今に。
僕は今、あの屋上の柵に手をかけている。下には、血だまりと彼女の死体が見える。
もう、彼女を助けることに何かを求めることができなくなっていた。僕は彼女が飛び降りたことを確認して、彼女が飛び降りた場所の柵に手をかけた。果たして、彼女は何を思い、なぜ死んでしまったのだろうか?
もう分からない。
僕は柵をまたいで、屋上の縁に足をかけた。そして、一度深呼吸をして、空中に一歩を踏み出した。
ドチャ
ピピピピピピピ
そうか、またやってくるんだな。
僕は目覚ましを止め、ベットから立ち上がり、制服に着替えた。
「コーンフレークできてるわよ。」
僕はそれに答えることもせずに、キッチンの方に向かう。食パンをオーブンの中に入れて、冷蔵庫からマーガリンを取り出す。
「ちょっと、冷たくない? せっかく、お姉ちゃんが朝から料理を作ってあげているのに~。」
僕はパンが焼き終わるまで、皿やバターナイフの用意をした。パンを焼き終わると、それを皿に乗せ、机に持っていった。
「おーい、聞こえてる~。何か怒らせること言った?」
この姉の行動も飽きて、何も思うことが無くなってしまった。僕は気にせず、パンにマーガリンを塗る。
「ねえ、朝陽……。」
怒っているなら、ちゃんと言ってよだろ。こっちは何千回もその言葉を聞いているんだよ。
「……マーガリン、塗り過ぎじゃないかしら。」
僕は予想外の返答に、はっとする。手に持った食パンに塗られたマーガリンは、指の爪を超えるくらいの厚さにまで塗られていた。
僕は家の玄関を出て、少し歩いたところで、僕は気が付く。いつものように姉が折り畳み傘を持たせようとしていないことに。
なぜかいつもと少し姉の言動、行動が変わっている。
これはなぜだろう。前回の今日で、僕が自殺をしたからだろうか。でもなんで前回の行動が時間の戻った今回に影響するのだろうか。
……まさか。
僕は気が付くと、彼女の飛び降りるはずのマンションの前にいた。そして、そのマンションの屋上を見上げてみる。すると、その屋上には、いつものような彼女の人影はなかった。
僕はとある仮説が思い浮かんだ。
僕は茫然と屋上の方を見上げていると、横の方から誰かがぶつかってきた。
「ごめんなさい。前をよく見てなくて。」
僕はぶつかられた方向に顔を向けると、生きている彼女の姿があった。